第35話 佐和山城

「ちゅん、ちゅん」


と、小鳥のさえずりで、津久見は目を覚ました。


「う、朝か…。」


不意に隣を見ると、女が寝ていた。


その寝顔はあどけなさを残す少女のような寝顔であった。


「美しい…。」


と、津久見は呟く。そして静かに布団から出ようと、布団をめくると、自分が全裸であるのに気づいた。


「え、…。これって…。まさか…。」


と、また鼻血が出て来た。


(落ち着け…。落ち着け…。)


呼吸を整えながらゆっくり立ち上がると、近くにあった自分の着物にすぐに着替えた。


を起こさないように、忍び足で外に出ると、心地の良い風が吹き抜けていった。


(これが佐和山城か…。俺の城…なんだよな…)


と、城下町や、周りの山々を見渡しながらそう思った。


(でも、一晩寝ても、石田三成のままっていうのは…。いよいよ、抜け出せなくなってしまったのかな…)


改めて自分が石田三成の身に転生していることを実感していた。


(俺はこのまま、石田三成として、人生を全うしていくのか…)


と考えながら、津久見は天守閣の部屋から階段を降りていく。


階段の下で掃除をしていた近習達は、急な三成の登場に驚き、すぐさまひれ伏した。


「いやいや、大丈夫ですよ。」


と、津久見は近習達の側に片膝を落としながら言う。


「三成様…?」


「ささ、続けてください。」


「はあ…。」


近習は困惑しながら、掃除を再開した。


「あ、そうだ!お名前は?」


「え、私でございますか??」


「そうです。」




「はあ。私めは、石田家近習筆頭皆川小太郎みながわこたろうと申しまする。」




「皆川ちゃんね。付いてきてください。城の案内をしてくれますか?」


「ちゃん?…え、わたくしがですか?」



「嫌なの?」


津久見はわざと、冷たい視線を皆川に送る。



「滅相もございません。」



「じゃあ、行きましょう。」



津久見はそこから、城内の至る所を回った。


子供の様にきゃっきゃと、城の備品を見ては


「本物だ~」


と、笑っていた。


元々が日本史の教師である。


歴史的な物に造詣ぞうけいが深いところがある。



「皆川ちゃん。ちょっと城下町も見に行こう。」



「え、城下町でございますか。」


「うん。私の城の街がどんな感じなのか見てみたいんです。」


「左様でございますか。では。」


と、皆川は先を歩き、馬を用意しに行くと、シップの近くに平岡がいた。


「お、平岡ではないか。」


「皆川か?お主そんな所で何をしておる。」


「いや、殿がな…。」


「殿?」


津久見が、遅れて来ると


「あ!平岡ちゃん!」



「殿。おはようございます。して何故こんな所に?出発は朝餉《あさげ

》終わりと左近様が仰っておりましたが?」



「皆川ちゃんにお願いして、城内を案内してもらってるところです。平岡ちゃんも行きましょう。」



「え、あ、はい。」


津久見はシップに跨り、平岡はシップの綱を持つ。皆川は、平岡の反対側に立ち、歩いている。



城門を出て、少し歩くと街らしきものが広がって来た。


朝だというのに、活気がある。


街のそこら中に人が溢れている。



近江という街は商人の街である。


朝市が開かれ、至る所で物売りが行われている。



「三成様じゃ!!!」


と、町人の一人が気付くと言う。


皆の視線が一気に集まる。


そして一同、ひれ伏す。



「あ、皆さん…。大丈夫ですよ。続けてください。」


と、言うが皆、ひれ伏せたままであった。



「なんか気まずいな…。」



津久見は少し困った顔を見せる。



そんな中、赤子を抱えた女がいた。女は子を抱えたまま、腰を落としていたため、子供が苦しくなって泣き始めてしまった。



津久見は馬を降りると、その女に近づく。



「殿?」


皆川は心配そうに言う。



津久見は気にせず、その女の前に立つと、


「ちょっと良いですか?」


と、女の腕から赤子を受け取ると、抱えてやりあやしだした。



「…???」



「三成様???」


一同狐につままれたような表情で、それを見ている。


「ほれ、高い高い。」


と、子供を高く、押し上げ言うと、子供はきゃっきゃと笑いだした。



自然と群衆の中にも笑顔が広まる。



「子供は国の宝です。皆の子です。大切に育てていきましょう。」


と、言いながら赤子を母親の元に返した。



「おお…。」


と、感嘆の声が響く。


「皆でこの街を、この国を作って行きましょうね。あの言葉の様に皆で支え合いながら…。」




と、街の至る所に掲げられている旗を指さし言った。


そこには、


「大一大万大吉」


の旗が朝陽に光って、聳え立っていた。




街は歓声に包まれた。




第35話 佐和山城 完

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