第34話 うたちゃん

皎月院こうげついん様、良いですか。」


「は、はい。」


左近ともう一人、か細い女の声がする。


「ここをですな、こう…えい!!」


「ぐふ!!!…やっぱり…。」


「三成様!!大丈夫でございますか??」


女が心配そうに言う。


「え、うん。はい…。」


(誰だろう、この綺麗な人…皎月院様と呼ばれてたけど…。)


「良かった~。お城に着くや否や、お父様に会われたら、急に気絶なされたと聞いたもので、この心配になって駆け付けたのですよ…。」


泣きそうな声で言う。


さん??」


「お忘れでございますか?ひどい!」


女はそっぽを向く。


「皎月院様、殿は少し、お疲れの様でしてな…。お許しくださいませ。」


「許すも何も…。」


と、女は振り向くと、泣きながら三成に抱き着いてきた。


「ちょっ。え!?」


津久見の顔がみるみる赤く染まる。


「こりゃいかん。お邪魔でしたな…。」


と、津久見以上に左近は顔を赤らめながら立つ。


「では、明朝お迎えに上がります。」


左近の目は、二人を見れず、そばの机の方を見ている。


「えっ、行っちゃうんですか??」


「いや、久しぶりの夫婦水入らずをお邪魔しては悪いので…。」


と言うと、左近は振り向き襖をあける。


緊張しているのか、はばきに躓つまづいたが、すぐに身を起こし、出て行った。


(夫婦…?)


「三成様。うたはもう三成様とお会いできないと、思っておりました故、嬉しくて嬉しくて…。」


また、津久見の胸で泣き始めた。


「そ、そ、そうか…。」


と、津久見は女の頭を軽く撫でてやった。


複雑な気分である。


この女性は、歴史上の人物だが、赤の他人の女房である。


それに現実世界に、津久見には瑞穂みずほという、彼女もいる。


貞操観念が揺らぎながら、この場を上手くやり過ごそうと考えていた。


ちゃん?」


「ちゃん?」


「うん。これからうたちゃんって呼ぶね。」


「うたちゃん…。うたちゃん…。中々良いですな。」


と、うたは目をキラキラさせながら、言う。


「うたちゃん。ちょっと聞いていい?」


「はい。何でも仰ってくださいませ。」


「わしが、佐和山を出るとき、うたちゃんに何か言っていたか?」


「三成様がですか?」


「うん。何でもいい。」


「う~ん。『重家を始め子供達を頼む。佐和山城は父上にお守り頂く。』とかですかねえ。」


(重家…子供か。で、さっきの城門で会ったのは、石田三成の父親か…)


津久見は頭の中で、現れた人間たちの相関図を描き出していた。


「それに…。」


「それに??どうしたのですか?」


「『わが軍が破れもしたら、すぐに支度をして、子を連れて、父上と遠くに逃げよ。行く果ては、米沢の直江兼続なおえかねつぐを頼れ』とも、仰ってましたわ。」


(直江兼続か…。)


「うたは、何かもう、三成様ともうお会いできない物だと思って、三成様が出陣して以来、毎日母堂でお経を読んでは、泣いての日々でございました…。」


また、うたは泣きそうになる。


「そうですか、そうですか。でも、大丈夫ですよ。こうして戻ってきましたから。」


と、津久見は気丈に振舞う。


「もう、どこにも行かないでくださいませ。」


と、うたは津久見の肩を強く握る。


「うん。大丈夫だよ。うたちゃん。もう、戦の世は無くす。」


「本当にござりますか。」


「うん。だから、今日も帰って来たのです。本来家族とは、同じ屋根の下、つつましく生きていくことこそ本来の姿であると、私は思います。」


「ほんに、三成様?」


「あ、うん。」


「三成様…。」


「はい。」


「一生慕ってまいりまする…。」


と、うたは三成を押し倒してきた。


津久見は、顔を赤らめ鼻血を出して、気絶した。




第34話 完

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