第21話 戦場の真ん中を行く

南宮山の麓近くに位置する、真禅院の前身は天平11年(739年)行基により創建された象背山宮処寺《ぞうはいさんぐうしょじ》であるとされる。




この寺院は静かに関ヶ原の戦いの行方を見守っていた。




先程、東軍の浅野や、池田隊などが、本多信正の下知により、この真禅院の前を通過し、関ヶ原へ向かって行った。




津久見等はその真禅院を目指している。




津久見ら4人はゆっくりと、関ヶ原を横断する。


見てみると、鍋を出し何かを煮たり、陣笠を使って汁を飲んでいる者もいた。


時には、武功自慢の話をしているのか、笑い声が聞こえて来た。


(やっぱり、人の笑顔はいいもんだなあ…)


と、津久見は笑顔で見ていたが、ふと地面を見ると、至る所に死骸が横たわっている。


津久見は目を背けるように、空を見た。


いくさ程悲惨なものは無い…。なんかそんな事を聞いたことがあるけど、本当にそうだ。この死んだ者達にも家族がいたんだろうな…。)




そんな事を考えていると、宇喜多隊の陣を超え、いよいよ敵方の陣の中を通る事になる。




一同緊張が走る。


自然と、平岡・喜内は津久見の前を馬で歩いている。


「殿。一応、油断されぬように…。」


と、左近が後ろから忠告してきた。


「はい。そのつもりです。」




行く陣、行く陣でざわめきが起こる。


「あれは!」


「石田三成ではないか!」


と。


その目は皆どこかぎらついている。


この男の首を取れば、家康からの恩賞は計り知れない…。


だがそれは許されない。先程東軍の陣内にも同じく一時停戦の触れは届いている。


「ちっ。」


東軍の兵は舌打ちをしながら、馬で通る三成の後姿を見ていた。


津久見はそんな声には意にもかけず進む。


そこに、一人仁王立ちする者が現れた。




「おう。治部。何しに来た。」


男は、今にもとってかかりそうな目つきで言う。




平岡・喜内はキリっと睨みつける。


すると、左近が前に出て来た。




正則まさのり殿。ここをどきなされ。」


「なんじゃと。左近。この戦の真っ最中に敵中を歩かせるものがあるか。」


「内府殿との決め事でござる。」


「…。しかし、お主も分かっておろう。治部は、我らが朝鮮…」


「今は関係ござらん」


「なんじゃと!!」




福島正則は石田三成らと朝鮮出兵を契機としてその仲が一気に険悪になり、慶長4年(1599年)の前田利家の死後、朋友の加藤清正らと共に三成を襲撃するなどの事件も起こしていた。この時は徳川家康に慰留され襲撃を翻意した過去がある因縁の仲である。




正則は持っていた自慢の槍を構え始めた。


咄嗟に平岡・喜内も刀に手を駆ける。




人が集まりだす。


福島隊の者は、もう刀を抜いている者もいた。




緊迫した空気が流れる。




すると群衆の後ろの一人の兵の肩に何か棒が当たった。



その男は振り向くと、その棒が横に移動する。


その棒に押され男は道を開けた。


(なんちゅう力じゃ…。…この方は…!!!)


群衆を掻き分けるように一人の男が馬に乗って津久見達に近づいて来る。


群衆の中からでも分かる。その兜。


津久見にも分かった。


それじゃ、手に持っている物は…。




「正則殿。内府様からの命令ぞ。そのままそこにいれば軍令違反で処罰するぞ。」


不意に後ろから声をかけられた正則は、


「何!!??」


と、振り向くが、すぐに顔が青ざめた。




そうそこには黒糸威胴丸具足《くろいどおどしどまるぐそく》に身を纏い、頭には鹿角脇立兜かづのわきたてかぶと、手には天下の名槍、蜻蛉切とんぼぎりを握りしめている。




本多忠勝ほんだただかつである。


「の~。正則殿。分かったか。」


小さい声だが、芯があり、太かった。




「むむむ…。」


渋々正則は道を開ける。




忠勝は一歩進んで津久見を見ると、


「石田治部少殿。ここからは私がご案内いたしますので。安心して付いてきてくだされますよう。」


と、だけ言うと、馬を返し、群衆を掻き分け歩いて行く。


さすがは戦で傷一つ負うことの無かった猛将。


何も喋らずとも分かるその威圧感。


喜内・平岡は、その威圧に負けそうになりながら、津久見の方を見て


「殿…。では、行きますか…。」




…。


……。




「殿~~~~~!」




馬上で津久見は泡を吹いて横たわっていた。




第21話 完

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