第22話 真禅院

「おう。治部殿はまた気絶なされておるのか。」


 声が薄っすらと聞こえた。


「は。今起こします故…。少々お待ちを…。」


 左近の声だ。


「ふん!」


「ぐえ!」



 背中を勢いよく叩かれ、津久見は目を覚ました。


「痛たたた…。」



 もやもやした視界をまばたきで晴らす。



 そこは綺麗な竹林に囲まれた、そよ風の通る居心地の良い場所だった。



「綺麗だな…。」


 津久見は辺りを見ながら呟く。



「治部殿。よくお越しになられました。」



 声の方に目をやると、井伊直政が立っている。


 気絶している津久見を見ていたのだろうか、その口元は少し緩い。



「あ。井伊さん。…。じゃあここは…。」


「はい。真禅院にございます。」


 左近が答える。


 津久見はシップを降りながら


「凄い…。神妙な…。」


 シップの手綱を平岡に渡しながら、目を閉じた。


 一時の静寂の中に、戦の面影など感じられない。


 風が通り抜ける。


 何かこのままここにいれば、詩の一つでも書けそうであった。


 しかし、ふと津久見の第六感のようなものが働いた。


(ここにいる。…家康が。)


 目を開ける。



「行こう左近ちゃん。」


「は。」


「平岡ちゃんも来るかい?」


「何を!!!!こんな私めが!恐れ多い…。」


 と、身を固めてかしこまる。


 確かにそうだ。何も知らない平岡でさえ、感じていた。


 


ここに敵の総大将、徳川家康がいることを。



「井伊さん。馬引きはご用意できますか?」


「さん?はあ。ではこちらで預かっておきまする。」


 と、井伊は近くの従者に言うと、津久見達の馬を引いて行った。



「さ。平岡ちゃん行こう。ここまで来たんだから。最後まで私を守ってください。」



「と、と、殿…。は!」



 4人は真禅院の門をくぐった。


 本当にここから少しの所で、あの大戦をしているのかという位の静寂。


 綺麗な砂利の庭。松の木。



 綺麗な一本道が本地堂に続いている。



 その奥には三重塔がそびえ立っている。



 遠くの方には小さな池も見える。


 井伊を先頭に、4人が続く。


 一番後ろには本多忠勝がいる。


 誰も何も喋らない。


 本地堂に近づくと二人の人影が見えて来た。


 誰かは分からない。


 津久見はゆっくりと呼吸をしながら、その足を進める。



 やがて本地堂に前に着いた。



 すると一人は坊主頭に袈裟姿。


 もう一人は袴姿の、初老の男であった。



「おお。これはこれは治部殿。」



 初老の男が話しかけてきた。


「はあ。どちら様で。」



「ああ。申し遅れた。手前、徳川家家臣・本多正信と申しまする。」


 と、軽く頭を落とすと、早々に隣の坊主を手で指し


「こちらは当院の住職・彩里さいり様でございます。」


 彩里と呼ばれた坊主は手を合わせ


「彩里にございまする。」


「石田治部三成にございます。」


 と、津久見は言った。


(三成役も慣れて来たな…_)


 と、自分を褒めていると、正信が


「ささ。時間がございません故、中に。」


「はい。」


 と、本地堂に入ろうとすると、井伊は振り向き言った。


「お腰の物を。」


「何!?」


 喜内が憤って言う。


「丸腰で敵の懐に入れと!?」


「はい。我々も。」


 と、井伊と本多忠勝も刀を近くの者に渡す。


「中に忍しのびの類がおっては…。」


 と言う喜内を津久見は手で制すると、自ら刀を取り、渡す。



「皆さん。渡してください。ここまで来てそんな事しませんよ。きっと。」


「…。」


 3人は刀を渋々渡す。


「では。」


 と、正信が言い、奥の間に案内する。


 一番奥の間に着いた。


「ではそちらにお掛けになってお待ちに。」


 と、十畳程の間を指さし言うと、どこかに消えてしまった。



「ふう。」


 と、左近や喜内は座り込む。


 平岡は天井や、襖などをチラチラ確認している。



「平岡よ。大丈夫じゃ。」


「左近様?」


せんだって儂のしのびに確認させておる。誰もおらん。」



「左様でございましたか…。」


平岡は安心して、胸をなでおろした。



 5分程待っただろうか。


 奥から声が聞こえた。



「ささ殿。こちらでございます。」


 正信の声である。



(来たか…。)



 すると廊下から



「ズドン!」


 と、音がした。



 誰かがこけたような音であった。



「殿大丈夫でございまするか。」


 正信の心配そうな声が聞こえた。



(殿?家康か?)


 津久見は襟を正し、座りなおした。



「…。」


 テクテクテクテク。


 足音が聞こえた。


「ガラ!」


 襖が開いた。



 そこには、ふくよかな、これまた初老の男が立っていた。



 津久見達はすぐに分かった。



 これが家康だと。


 さっ、と井伊が中に入り片膝を付き、津久見達に向かい


「わが殿。入られまする。」


 緊張感が増す。


 殿と呼ばれた男は、部屋にその一歩を踏み入れる。


 と、思いきや、部屋のほんの少しの段差に躓き、転びかけ


「あかん!」


 と言う。


 咄嗟に井伊と忠勝に支えられ、事なきえた。


 津久見を始め西軍の四人は口を開け呆れたように見ていた。


(ここここれが家康????)


 第22話 完

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