第20話 宰相の空弁当

「いや!私が!」


「いや、俺にやらせてくれ!」


 声が聞こえる。


「いやいや、お主ら。当たり所が悪いと…。」


(これは左近の声だ。)


「大丈夫でございますよ。やらせてください!」


(これは平岡ちゃん?)


「手前に任せよ!」


(これは喜内きうちさん?)


「では一緒に…。」


「ふん!」


 パッ!!!パシ!!!


 津久見の目が開くと、平岡と喜内の手を制した。



「殿!!!」


 二人が言う。


 津久見は二人の手を少し乱暴に払う。


「ちょっとさ。僕で遊ばないでくれる?」


 と、むくっと起き上がる。



「いや。小便をしていたら、急に倒れましたので…。」


 喜内が分が悪そうに言う。


「直政さんは!?」


「は。『ではしかとお願いいたします。』とだけ言って帰られましたぞ。」


 左近が今までのやり取りを楽しみながら言う。


「そうですか…。」


(左近ちゃん…絶対楽しんでる…。)


____________________


 四人は陣幕に戻る。


「いい。聞いて。」


 と、津久見は三人に向かって言う。


「いいですか。伝令を各部隊に走らせてください。」


「何と!」


「いかような!?」


 三者三様の答えが返ってくる。



「『一旦攻撃を中止。二時間休憩。両軍承諾。』で。」


「え?攻撃を中止?」


 喜内が言う。


「うん。威嚇も無し。ご飯休憩。」


「何と。それを直政殿と話されていたのですか?」


 今度は左近が言う。


「うん。それに…。」


 津久見は小さな声で続けて何か言った。




「え~~~!!!!」


 それを聞いた三人は大声で叫んだ。


「分かった?時間無いよ!」


「殿。でもそんな…。」


 喜内が困ったように言う。


「命令です。」


 きっぱりと、津久見は言う。




「仕方ない。走らせましょう。」


 左近は、椅子から立ち上がりながら言う。


「おい!伝令係り!!!全員集まれ!!!」


 大声で左近は叫ぶ。


 すぐに20数人の伝令が集まり、また散った。




「本当によろしいのですか…。」


 喜内は困惑顔である。


「うん。あっちも大博打打って来たよ…。」


 と、桃配山に居るであろう家康の方をを見つめる。



「殿。お味方勢、静かに聞いてくれるか…。特に…第一線で戦っていた、宇喜多殿は怒ってくるかもしれませんぞ…。」


 と、左近は言う。


「うん。のるかそるかの大博打だよ…。」




 伝令は走る。






 15分程したであろうか。


 小西行長こにしゆきなが隊・島津隊・小早川隊・明石隊…


 続々とそれぞれの陣から煙が立つ。




 飯を食べている証拠であった。


 すると、敵軍の黒田隊・細川隊・田中隊と東軍も続々と飯を取っているようであった。




(なんか、こう見ると、遠足みたいだな…)


 と、津久見は不意に笑顔になる。




 東軍最後の煙は、福島正則ふくしままさのり隊であった。


(福島さんも納得してくれたか…。)


「殿!敵方はほぼほぼ休憩に入った様子でございますぞ!宇喜多勢も渋々今煙が上がりましたぞ!!!」


 左近は嬉しそうに言う。


「ふう~。そうですか。良かった。」


 津久見は胸を撫でおろしたその時であった。


「どういう事じゃ!!」


 ズカズカと男が叫びながら入って来た。


 平岡はスッと、津久見の前に立つ。




「今が好機と言う時に!!!!治部殿!!!」


 怒り狂っている。


 今にも、津久見の胸を掴んで来そうな勢いである。




 そこに、左近と喜内が割って入る。


「落ち着かれよ。広家殿。」


 と、左近と喜内の怪力で抑えられる。




 広家殿と言われた、男の怒りは収まらない。



「南宮山の麓の敵方は関ヶ原へ向かったぞ!今ぞという時に何故じゃ!」


 と、男は言う。



 吉川広家きっかわひろいえ 南宮山の下方に陣取る、毛利両川もうりりょうせん(小早川・吉川)として、毛利家を支える吉川家の当主である。


 関ヶ原の戦で時局が動く中、吉川隊は動かなかった。


(この人、結局終始動かなくて、南宮山の上の軍が降りてこれなかったんじゃなかったっけ…。)




 津久見は、頭の教科書をめくる。


(この期に及んで都合の良い…。)




「治部殿!ここに来て臆病風にでも吹かれたか!!」


 左近と喜内の太い腕の間から、広家は叫ぶ。


「…。」


「何か言うてみい!!なんでこんな時に飯じゃ!!!」


広家に叫ばれ津久見は困惑した。


手のひらはまだ見せる事はできない。


かと言って、こんな激しく迫る広家を止める一言が出てこなかった。


その時だった。陣幕の外から声が聞こえて来たのは。


 懐かしい声だった。









宰相の空弁当さいしょうのからべんとう。」






 陣幕が上がり、その声の主は従者に支えられながら入って来た。




「あ!!!!大谷さん!!!!」


 大谷吉継であった。




「さん?」


 津久見は駆け付け、手を取る。


「どうしたのですか!?わざわざ!さ、座ってください。」


「ああ。ありがとう。」


 と、大谷は腰を掛ける。


「いや。例の伝令でな。お主が気になってな。ごほんごほん」


 と、吉継は少し咳き込みながら言う。


「無理しないで下さい!」


「大丈夫じゃ。」


 と、津久見の目を見ると、一言




「『時間』が必要なのじゃろ。」






 と言った。



 津久見はハッとしながらも、吉継の目をマジマジと見ながら


「はい!」


 と答えた。


「うむ。」


そんな二人のやり取りを見ていた広家はまたもや激しく迫ってきた。


「何をやっておる!!!治部殿に、刑部殿!わが軍だけでも攻めまするぞ!失礼!」


 と、歩き出しそうになる。すると、大谷が口を開いた。




「宰相の空弁当。」


と、また繰り返した。

今度はしっかりと広家に届くよう力強く。


「ん?」



 と、広家は振り向く。




「南宮山の頂上に陣する、毛利秀元殿の軍は、広家殿が邪魔をして山を降りれないそうじゃて。」




「ん…。」




「『霧が晴れぬし、飯を食うから』と、動かなかったようで…。それで今、治部から昼飯の伝令が来たら、この様か?」


「…。」


「ぐうの音も出んじゃろう。お主、東軍と図ったか!!!!?」


「そんな…。」


 広家は膝から崩れ落ちた。


(何もかも見抜かれておる…。)




 左近・喜内・平岡は厳しく広家を見る。




「さあ。治部よ。行って参れ。ここは儂がおるでな」


 吉継は、優しく津久見を見て言う。




「はい!!」


 そう答えると、津久見は左近・平岡・喜内を連れて陣幕を出て行った。




(治部よ。お主に託すぞ…)


 吉継は、心でそう言い、空を見上げた。




 第20話  完

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