第19話 単騎直政の思惑

「あ、あ、あれは…。」


喜内きうちは、驚いたような声で言う。


「あの真紅の甲冑に、金の前立て…。」


左近も言う。


「井伊直政!」


二人は同時に言う。


「え!?」


津久見と平岡は驚いたように言う。


「ばっ!」


と、喜内は走り出し、


「殿!少し見てきまする!」


と、その好奇心を前面に出し出て行ってしまった。


と、思っていると、喜内はすぐに戻って来た。


「これ!一応置いて行きまする!」


と、平岡に刀を渡すと、また出て行ってしまった。


「何故、井伊直政が…。」


津久見は不思議そうな顔で、喜内の行方を目で追う。



井伊・喜内は石田軍本陣より500m程の所で合流した。


「井伊直政殿と、お見受けした。」


「いかにも。」


「井伊殿、帯刀せんと見えましたので、私も丸腰でござる。」


と、両手を広げながら言う。


「ふむ。して何者で?」


と、直政は言う。


「あいや、お伝え遅れました。私、石田家家臣、横山喜内またの名を蒲生頼郷と申しまする。」


「おう。氏郷様の…。」


「左様でございます。して、徳川四天王の一人と言われる、井伊直政殿が何故単騎敵陣へ!?しかも、帯刀もせずに。」


「…。」


一時の沈黙が流れる。


その沈黙を破るように直政は叫ぶ。


「西軍大将、石田三成殿と直にお話がしたい!我殿からの使者でござりまする!」


その声は、本陣の津久見や左近にも聞こえた。


「ぬ??殿と!?」


と、喜内は呆気にとられながら、三成たちがいる陣に振り向く。


「殿。いかがいたしましょう。」


左近が問う。


「…。」


(こんなシーン関ヶ原の戦には無いぞ…。どうすれば…。でも、帯刀せずに話を。しかも家康からの使者とは…。)


関ヶ原の地は不気味な程静寂が流れる。


(会うしかないな…。)


津久見は左近に向かってコクっと頷いて見せた。


「は!」


と左近は言うと、一歩前に出ると、


「喜内殿!!!!!」


と、叫び両手で合図をする。


喜内はそれを見ると、


「では、ご案内いたします。こちらへ。」


「かたじけない。」


と、二頭の馬は並び歩き始めた。


「殿。何かの罠かもしれませぬぞ。」


「…。」


左近の問いに、津久見は黙りこける。


そして、平岡に向かって


「椅子の用意を。」


「は!」


と、陣幕に戻って行ってしまった。


(今日の家康の動きは鈍い。それに、井伊単騎の使者…。これは話してみる価値はありそうだな…。)


程なくすると、


「こちらでございます。」


と、喜内の声がした。


「御免。」


と、真紅の甲冑を纏まとった男が入って来た。


津久見は座りながら見ていた。


いや、そのオーラに圧倒されかけていて、声が出ない。


代わりに左近が言う。


「石田家家臣、島勝猛かつたけでござる。」


「おお。左近殿か。」


と、直政は言う。


「ご存じか。」


「三成に過ぎたるものが二つあり 島の左近と 佐和山の城…」


「お主!!!!」


「御免。御免。噂に違わぬ猛将のようでござるな。」


「左近。」


興奮する左近を津久見は制する。


「して、井伊さん。こんな戦中にどうされたのですか?合戦中に敵将が単騎丸腰で敵の大将を訪れるなと、聞いたことありませんよ?」


「…。」


「それに、家康さんの使者という事ですが。家康さんはなんと?」


「…。」




直政はその言葉を聞くと、周りを気にした。


陣幕内には、左近・平岡・喜内がいる。


それを察知した津久見は


「左近ちゃん。平岡ちゃん。喜内さん…。」


と、外へ出る様に合図を出す。


「ちゃん…?」


と、直政は訝しめな顔をするが、三人は渋々心配そうに外に出て行った。



直政はこの陣幕内に誰もいない事を再度確認すると、


「では。…。」


と、直政は津久見に近づき、耳元で囁く。




陣幕の入り口の幕の外で、喜内は耳を当てながらどうにか会話を聞こうとしている。


「井伊直政…。聞きしに勝る男じゃな。」


と、左近は言う。


「殿は大丈夫でございますでしょうか…。」


と、平岡は左近を見ながら言う。


「かのもの闇討ちするような男には見えんかったわ。」


「左様にございますが…。」


「それに、この大戦の最中なのに、この静けさ…。」


と、戦場を見ながら言う。


島津・小早川も空気を察知してか、静かにしていた。




「う~ん。何も聞こえぬ。」



しばらく耳を当てている喜内が言うと、陣幕がするっと開き、喜内は前のめりに転んびそうになるのを一人の男が片手支えた。


「大丈夫でござりますか。」


直政であった。


その後ろには、津久見が立っている。




「あ!これは失敬!」


と、喜内は改まる。




「では。」


と、直政は歩き出した。




「ふ~~~~~。」


と、津久見は腰が砕ける程ため息をついた。


「緊張した~。」


「殿!大丈夫でございますか!?」


と三人が近付いて来る。


「うん!その前に小便させて!ちびりそうだったよ…。」


と、そそくさと、陣の裏の、今朝左近と小便をした木の元に向かい小便をし始めた。




「バチバチバチバチバチ」


「バチバチバチバチバチ」


「バチバチバチバチバチ」


と、三つの音がする。そこには左近・喜内・平岡の姿があった。


津久見はなれたように笑顔で見ている。




すると更に


「バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ」


と、音がした。


「え!?」


と、見てみると。


「三成殿!私も小便したくてな!!!!」


と、直政が勢いよく小便していた。




「赤鬼の小便…。」


と、津久見は言いながら白目をむいた。




第19話 完

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