第18話 氏郷の想いを継ぐもの

その頃、石田陣営はまたも白目気絶三成の対応に当たっていた。


「殿!!!!」


平岡が心配そうに声をかける。


「どいておれ。」




 左近が言う。




「ほう!!!!!!」


 と、一撃三成の頬を平手打ちする。


「ぺチン!」




 と、音が響く。


 平岡の顔は青ざめた。




「左近様…。」


「今日の殿は少しおかしいのじゃ。これで1,2…何発殴ったか…。」


と、指を折って数え始めた。


「え~…。そんなに…。」


 平岡は尚も三成の身体を揺さぶる。




「ん?うっ…。」


「おっ!殿気付かれましたか!!!」


 平岡は顔を崩して喜ぶ。




「ん~。またか…。」


 と、体を起こす。




「あ!大筒は!!!??」


 と、大筒に目をやる。




「殿。ご安心くだされ。誰にも当たらぬ所に落ちたようでござります。」


 左近が答える。


「そっか。良かった。」


そこに喜内きないが話しかける。


「殿。申し訳ございませんでした。殿の意も知らず…。でも、何故あのような事を?」


 と、喜内が聞く。


「いや。まあ。」


 と、三成は立ち上がりながら言う。


「犠牲者を増やしたくないので。」


「ん?」


 喜内は、はてな顔になり


「しかし、状況はこちらが優勢でございますぞ?」


「うん。それはね…。ちょっとまだ解決策は見えないけど。」


「…。左様でございますか…。」


 喜内は尚も不思議がる。




 この横山喜内よこやまきないという男は、かの名将・蒲生氏郷がもううじさとに仕え、主君・蒲生氏郷より「蒲生」の姓と「郷」の一字を与えられ蒲生頼郷がもうよりさとと名乗った。


 氏郷が会津に移った時には塩川城代を務め、1万3,000石を知行し、後に梁川城代を務める程の男であった。


 名将氏郷から受け継いだその清廉潔白な性格と、好奇心旺盛で活発なこの男を皆慕っていた。




「喜内さん?でしたか。」


「は!」


「皆さんには、はたはた混乱させてしまう物でございますが、私、少々戦が苦手でございまして…。」


「殿の戦下手は今に始まった…」


「ごつん!」


 喜内の頭に左近のげんこつが降り注いだ。


「はははは。大丈夫ですよ。」


 津久見は笑いながら、続ける。


「左近ちゃんや、平岡ちゃんには言ったんだけどね…。」


「ちゃん?とは?」



喜内は更にはてな顔になるが津久見は続ける。




「人が死ぬのをもう見たくないんです。」


 と。



「えっ?」


喜内はまさかの三成の答えに驚いた。




 最初は我が身の保身の為に奔走していたが、今は本当に戦の悲惨さを、憎しみの連鎖を断ち切りたい、という大義が自分自身を奔らせていた。




「殿…。」


 喜内は顔を下に降ろしながら言う。その頭には前主君・蒲生氏郷がもううじさとの顔がよぎっていた。


「左様でございましたか……。そう言えば、氏郷様も、往年はその様に仰っておりました…。」


 喜内は津久見を見直すと言った。


「しかし、どのように?」


「それは…。まだ…。」


「左様でございますか。」


「一度陣に戻ろう。」


 と、津久見は言うと左近と平岡と歩き出した。




 喜内は立ち留まっていた。


 そんな喜内に気付くと津久見は言う。


「喜内さん?」


「…。」


「ささ。行きましょう。」


 と、促す。



「殿!!」


「はい。」


「…。私も、その殿の描く戦の無い天下を見とうございます。亡き氏郷様もきっと、そう望まれたはず!!」


 と、叫んだ。




 津久見は、何も言わず満面の笑みで、頷いた。


 豪放磊落・天真爛漫な横山喜内の目には涙がこみあげていた。

その涙の先には三成の姿の先に氏郷を重ねていた。


______



 4人が陣幕に着き、さあこれからどうするかと話し合いをしようとした時であった。


 何やら戦地から法螺貝の音が鳴り響いてきた。


「何じゃ!?」


 と、左近は戦地を見つめる。


陣内の緊張感が増す。


 戦場を見てみると、東軍の前線部隊が、体の向きはそのまま西軍に向けたまま、ゆっくりと後退していた。


「なんと!!!!」


 左近は、驚く。


 津久見達も見に来た。


「敵がゆっくりと、後退しておりますぞ!」


 と、喜内は言う。




 4人とも目を凝らす。


 そこに、次は陣太鼓の音が聞こえ始めた。


「次はなんじゃ!?」


 平岡は咄嗟に、津久見守るように前に立つ。




 すると、後退していく軍勢の中から、ゆっくりと一人の男が馬に乗ってこちらに歩いてきている。男の横には、馬の口を持つ従者が一人いるだけであった。


 しかも、その従者は何かを手に持っている。




 退いて行く徳川軍の砂塵が徐々に晴れ、


 その全貌が明らかになって来る。




 なんと、その男は従者に兜を持たせた状態で、しかも見た感じ帯刀していない。


 ゆっくり、ゆっくりと西軍の本陣に近づく。




 西軍の者は何故か近づけなかった。


 いや、恐れていた。




 何故なら、その従者が持つ兜は、赤に金の前立て。


 馬上の男は、真っ赤の甲冑を身に着け、赤い頬当てだけをしている。





 そう、井伊直政である。




 第18話 完

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