第17話 大筒の効果

「ズドーン!!」


轟音が鳴り響く。


徳川陣営の本多正信またも、崩れるように、手を耳に当て身をかがめた。


「な、な、なんじゃ。」


家康の周りにまたも護衛の兵が取り囲む。


「も、も、物見を出せ~!」


と、正信は指示を出す。


「殿。大丈夫でございますか?」


と、よろめきながら正信は家康に近づく。


「どけ!」


と、護衛の兵に手を振りながら、這う這うの体で、家康の元にたどり着く。


「殿?」


「…。」


家康は喋らない。しかし、家康と旧知の正信には、家康の焦りが目に見える。


(爪を噛まんな?)


と、訝しめに家康を見ていた。


家康は爪をよく噛む癖がある。


今のこの状況下では、爪を噛んで、叱咤激励を送っている様なものだが、


それがない。むしろ、この戦に嫌気がさしているようにも見える。


(それにわしは確かに見た。西軍の攻めが緩んできたことに対して、眉を上げた所を。あれはなんだったのだろうか)


「報告!先程の轟音!石田三成本陣より発射された南蛮筒と思われます!」


「何!?南蛮筒?三成め、そんな物を持ってきておったか。して、被害は!?」


「は!着弾は、誰もおらぬ黒田長政隊の横の池に!」


「なんと!ははははは!」


と、正信は笑う。


「三成め!さすがは噂に違わぬ戦下手じゃ。大筒の使い方も分からぬと見えるわ。」


と、さらに笑う。


そこに、また伝令が走る。


「報告!黒田長政隊徐々に後退。それに伴い加藤嘉明隊も後退を始めました。」


「なんと!あのヒョロヒョロ弾に怖気付いたか!!!」


と、怒りを露わにする。


「…。」


家康は、戦況を見極めるように、目を細めている。


何を考えているのかは分からない。




しばらくすると、


「御免!」


と、突如威勢の良い声が響いき、一人の男が入って来た。


全身真紅の甲冑。脇には、金色に輝く前立てが二本そびえたつ兜を携えている。


所謂、朱漆塗紺糸威桶側二枚胴具足しゅうるしぬりこんいとおどしおけがわにまいどうぐそくを身に纏った、井伊直政であった。


「殿!」


家康を見つけると、近づきながら言う。


「殿!恐れ多くもこの直政、前線を離れまして、お伝えしたき事が。」


「直政!いかがした!」


正信が答える。


(このおじきは好かんなあ)


と、直政は思いながら家康に向かって言う。


「殿!三成めでございますが。あれは戦を止めたいように見えまする。」


「なんじゃと!」


正信が言う。


「島津・小早川両隊のあの威嚇にしろ、先程の大筒にしろ。何か、かの者たち…。」


「なんじゃ!」


正信は威勢を張る。


「戦を望んでおらぬような…。我らにここを引けとの、意思の様な…。」


「馬鹿な!そもそもこの戦は…。」


「おじきは黙っててくだされ!」


「…。」


正信は、直政の威に怯え、黙りこけた。


「先程の大筒。照準を合わせるのは、その手の者であれば、容易なもの。わざと何もいない所へ、撃たれたものかと…。」


「…。」


家康は喋らない。


「現に、私が、ここに来ていても、我が隊は、睨み合いが続いております。躍起に戦っておるのは、福島隊位かと…。」


「…。」


「殿。そこで…。」


直政は家康の耳元で、呟く。


正信には何を言っているか分からない。


直政が言い終わると、


「コクっ」


と、だけ頭を動かす。


その眼は、直政に全てを託すように真っすぐ見つめていた。


「では。」


と、直政は出て行く。


「直政はなんと!!?」


と、正信は家康に詰め寄るが、家康は何も言わず、空を見上げていた。


曇り空に、一筋の陽ひかりが差し込めていた。

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