第12話 小早川秀秋

「おっと。治部殿。」


津久見の身体をその美青年が支える。


「うっ。」


津久見は何とか気を保つ。


「あ、ありがとうございます。」


と、改めてその男を見る。


高身長に鼻が高く、細く切れた目。


街を歩けば一瞬で人だかりができてしまいそうなイケメンである。


(こ、この人が小早川秀秋???)


意外な容姿に見惚れていると、


「治部殿?」


と、良い声でこの男は問いかけてきた。


「あ、はい。」


我を取り戻し、津久見は答える。


「少し歩きましょう。治部殿。」


「え。はい。」


と、二人は歩き出した。


道中無言のまま、二人は松尾山から関ヶ原全体が見渡せるような丘に着いた。


「ふう。歩きましたな。」


「そうですね。ここは全体が見えますね。金吾さん。」


「はい。ここはこの戦の要所も要所。東軍が本隊に深入りすればするほど、我が軍が横を突けば、袋の鼠でございますからな…。」


と、その秀秋は言う。


「そうですね…。」


津久見は複雑な面持ちで言う。


歴史ではこの青年の裏切りにより、大谷隊は敗走。遂には自刃。


脇腹を突かれる形で石田本隊も打撃を受け、結局は敗走する事となる。




津久見の心境は複雑だった。


(この青年の葛藤は計り知れない。多分先程平岡ちゃんが言ってた、徳川の伝令は裏切りの催促…。そこに俺が来たんだから…。)


平野へいやでは今も激突が繰り返され、爆発音や叫び声が聞こえる。まさに地獄絵図・阿鼻叫喚である。


その音を消すように秀秋は口を開いた。


「先程の伝言…。心に刺さりましたぞ。」


「そうですか。」


「知っておられるのですね?治部殿は。」


「はい。」


津久見は隠さず言った。


「でしたら何故、あのような伝言を?」


「…。」


「わたしはてっきり、早く家康公へ攻め入れ、との催促かと思っていましたので、伝言を聞いたとき、驚きました。そして、あの言葉は貴方が、全てをご存じで、何か優しささえも感じました…。」


「…。」


「重臣たちの意見はほとんど、家康公につくようにと進めてまいりました。」


「そうですか…。」


「治部様へ付くように進言して来た者もおりましたが、その者達は重臣たちに連れていかれました。多分殺されました。」


「それは、なんとも…。」


「そんな中、治部殿のあの伝言。それまで私は自分の意志がありませんでした。あの時までは。」


と言うと、その精悍な顔を津久見に向ける。


「私は…」


と、その時である。


「パンパーン!」


と、銃声が聞こえた。


二人とも、銃声の方を見る。


「パンパーン!!」


また撃ってくる。


そこは、東軍・家康の部隊からのものであった。


(始まったか…。)


と、津久見は思った。


(秀ちゃん。どう出るかな…。)


しかし、その瞬間である。



その銃声をも遥かに超える声が遠くの西軍側から聞こえて来た。


「きえ~~~~!!!」


「きえ~~~~!!!きえ~~~~!!!」


異常な程気合の入った声が、戦場に鳴り響く。




…。」


津久見は笑顔になる。



小早川の目を優しく見る。



「金吾殿…歴史が始めましたぞ。」


「ん?」


「誠実さは届くもののようです。」


津久見は歩き出した。




小早川はまだその声の方を見ている。


目を細め、遠くその部隊を見てみると、


丸坊主の髭男が大声で笑っているようだ。


その周りの約1500の兵が太鼓に合わせて、叫んでいる。


手には何も持っていないが、今にも突撃していきそうなほどな勢いである。





「あれは薩摩の…。」






第12話 完

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