第11話 この戦のキーパーソンを訪ねる
立ち眩みから椅子に座りなおした津久見を左近は支える。
津久見は起きない。
「治部?大丈夫か?」
吉継は心配そうに、声をかける。
「今日は殿少し様子が変でございまして…。」
と左近は言うと、津久見を
「よいしょ」
と、肩に背負うと、
「刑部様。では、少し金吾様の所に行って参りまする。」
「う、うむ。」
と吉継は困惑した顔で応える。
「それ。」
と、シップの上に津久見を乗せる。それを平岡が支える。
自然とシップは体を動かし、津久見が落ちないような態勢を取らせていた。
「この馬は…賢いな。」
と、左近は言う。
「仰る通りでございます。」
と、平岡はおそろおそろ言う。
「おぬしは?」
「は。石田家馬回りの平岡と申しまする。殿には…平岡ちゃんと…。」
「平岡ちゃん?おぬしも『ちゃん』とな?」
「は。意味は分かりませぬが…。」
「…。うむ。今から松尾山を登る。付いてまいれ。」
「はっ!」
と、平岡は嬉しそうに答える。
3人の男は松尾山を馬で駆け上がる。
ふと左近は考えた。
(徳川の首の討ち捨て令。それは東軍としては、逆に士気の下がる様な話だ。そのせいかその下知依頼東軍の攻勢が心なしか緩くなってきている…。)
前方に小早川隊と思われる陣旗が多く見えてきた。
「う…。」
と、津久見は小早川の陣の前でやっと気が付いた。
「ここは?」
「小早川金吾様の陣でございまする。」
と、平岡が少し安心したように言う。
「そうですか。大谷さんは何か言ってましたか?」
「は。『そち(三成)に託したこの命じゃ。自分の思うように戦え』と。」
「そうですか…。」
(大谷さん…。死なせない。)
津久見はそう思うと、左近が叫ぶ
「金吾中納言様とお目通りを願いまする!」
と、小早川隊に向かって言う。
すぐさま4.5人の小早川の兵が出てきた。
「なんと左近様。この戦時に!…殿は今体調が悪うございまして…。」
と、どこか分が悪そうに言った。
「なに?」
「お会いできないと…。」
「なんと、この大戦中に…!」
左近は憤る。
するとその時、一陣の風がひゅ~っと吹き、一瞬陣幕の布がめくれた。
平岡はその瞬間身を身をかがめ中を覗いた。
「あっ!」
と、何かを見つけ声を出した。
慌てて小早川隊の兵が布を下ろし、
「と、と、殿とはお会いできませんのでお引き取り願います。」
と、慌てながら言う。
「ぬぬぬ。」
左近は苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「左近様…」
平岡が近付いてきた。
「何じゃ。」
「お伝えしたき事が…。一旦離れませぬか。」
「ん~。そうするか。」
やむなく三人は、小早川隊の陣から離れ、林に身を隠した。
「して平岡。どうしたのじゃ。」
「いや。私一瞬でございますが、金吾様の陣の中、見えまして…。」
「うむ。何かあったか?」
「はい。それが…。」
「どうしたのじゃ?」
左近が問い詰める。すると、それまで黙っていた津久見が口を開いた。
「徳川方の伝令がいた。」
「はい。徳川方の…って、え、殿!何で?」
「なんとなくね。」
と、津久見は答えると、立ち上がる。左近と平岡も続くように立つ。
左近は驚いたように
「何故、徳川方の兵が…。」
(ここがこの戦の大転機だ…。小早川隊をどうにか…。)
と、津久見は思う。
すると、一人で歩き出した。
「殿どちらに?」
左近は聞く。
「ちょっと行って来ます。二人は待っていて下さい。」
「なんと?どちらへ?」
「大丈夫ですから。小早川さんに会いたくて。」
と、爽やかに言う。
「え?」
「大丈夫ですから、待っててください。」
と言うとまた一人シップに乗り、走り出してしまった。
「全く…。」
と、左近は呆れながら、馬上の津久見を見届けた。
(小早川秀秋…。どんな人だろう…。教科書の肖像とか本だと、何か小さくて気弱なイメージだな~…。)
シップを走らせながら考える。
(小早川秀秋は関ヶ原で裏切った後、数年後突如死んじゃうんだよな…可哀そうに…)
小早川隊の陣幕に着く。
「すみませ~ん。石田です~」
「ん?」
と、不思議そうに小早川隊の兵は見ると、中に報告に行く。
しばらくすると兵は戻ってくると、
「治部様。やはり殿はお会いできないとの事です。お引き取りくださいませ。」
「そうですか…。悩んでるんですね…。」
「ん?」
「でしたら伝言をお願いできますか?」
「はあ。」
と、兵は答える。
「『最後は自分の行きたい所に行けばいいです。できたら、人があまり死なない選択を』とでも、伝えて頂けますか?」
「はあ。では伝えてまいります。」
「お願いします。」
兵は中に入って行く。
(ちょっと待ってみるか。)
と、津久見は考えていると、伝言を託した兵が戻って来た。
「お伝えいたしました。」
「小早川さんは何と?」
「何も。」
「そうですか…。」
「ただ、聞いて涙をこぼされておりました…。」
「優しい人なんですね。では。」
と、津久見は陣を離れようとしたが、尿意を催し、近くの木を見つけて、小便をする。
(そうだよな~この大戦で、こんな大任を…。)
すると横から、
「バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ」
と、左近とも義弘とも違う勢いのある音が聞こえた。
「え?誰?」
と、振り向くとそこには身長185㎝位の恵まれた体格に、精悍な顔立ちの青年が立って小便をしていた。泣いたあとだろうか、目は赤い。
その男は、
「治部殿!!!伝言受けたまりましたぞ!気が晴れましたわあ!」
(え、このイケメンが小早川秀秋~????)
津久見は白目を向いて後ろに倒れた。
第11話 完
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