第10話 変わりつつある戦況

「えい!!!!」


 と、白目を向いて倒れかける津久見の背中を左近は思いっきり叩いた。


「痛っ。」


「もう慣れましたぞ、殿。」


「いや、もう少し…。」


 二人のやり取りを吉継は最初は不思議そうに見てたが、今は微笑ましく見ている。


 先程三成に


「死ぬな。」


 と、言われてから、吉継は胸の高揚が止まらなかった。


 三成の為に死ぬ気なのに、その三成に死ぬなと…。



「して、左近殿。おかしいとは?」


 吉継が言う。


 左近は津久見の背中を摩りながら喋りだした。


「いや、殿の命で刑部様の部隊に援軍に行っていた部隊から、伝令がありましてな。」


「うむ。」


「こう言ったのです『朽木・脇坂隊に徳川本陣から伝令あり。』と。その報に触れた朽木・脇坂隊は困惑しておったそうです。」



「なんと!それはおかしい。」



 吉継が驚いたように言う。


「はい。なので、ご報告にと。」


 背中の痛みがやっと治った津久見は、二人の顔を交互に見た。


 二人とも考えている様子だった。


「ん?それがどうしたのですか?」


 と、きょとんと聞いた。



 …。……。



 二人とも考えているようで、答えない。


「いや、左近ちゃん。どうしたの?何がおかしいの?」


「え?殿。お分かりになりませぬか?」


「え。何その言い方。」


「いや…。」


「教えてよ。」


「小便行きまするか?」


「行かない。」



 左近は、何かと様子のおかしい三成にいつも以上に親近感が湧いてきたようである。



「いや。殿。よくお考えくださいませ。徳川軍は徳川家の直参だけが、参戦しているわけではございませぬ。」


「そうだね。」


「豊臣恩顧の大名も多数徳川軍に加わっておりまする。」


「福島正則とかね。」


「ともなれば、この戦、元豊臣家にいた様な大名は何が必要でございますか?」


「ん~。」


「何が必要でございますか?」


「ん~。」



「小便行きまするか?」


「行かない。」








「首じゃ。治部よ。」


 吉継が静かに言う。


「左様でございます。」


 左近が吉継の方を見て答えると、吉継が続ける


「奴らめは、次に天下を制するであろう、家康に恭順の意を示すために、その功績として、我らの首を一つでも多く取りたいのじゃ。」


「なるほど。」


「では何故、『首は討ち捨て』の命が出たのか。という事じゃろう左近殿。」


「いかにも。」


「朽木・脇坂隊の困惑はそこにあったんですね。」


 津久見は感心したように言う。


(確かに。首を討ち捨てにしてでも、西軍にかかる程、徳川軍は劣勢でもなければ、士気を落としているわけでもない)


 津久見はまた自分の頭の教科書をめくりだした。


(関ヶ原の戦いの際、家康が取った行動…)


 津久見は必死にページをめくる。


「あっ!!」



の前進と、だ!)




「左近ちゃん!徳川本陣の動きは!?なんかあった?」


(一進一退の攻防で、桃配山に陣を敷いた家康は、その本隊を前に出してるはずだ!)


「いえ。何も。ちゃん、とは?」




(何だと!もうとっくにそんな時間になってるはずなのに!)




 すると、吉継が口を開いた。


「治部よ。ちと行って来てもらえぬか?」


「ん?どこに?」






「金吾中納言のとこよ。」




「…。そうだね。なんかおかしいもんね。」




 と、津久見は勢いよく立ち上がる。


 すると、立ち眩みから、白目を向いてしまった。


 第10話 完

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