第18話 凛花の過去

やれやれ、と思いながらの感じだった。

だけどまあこういうドタバタも嫌いでは無い。

俺は思いながらりーちゃんの手を握りつつ。

そのまま水族館の中を巡っていた。


小さな水槽の中に.....クラゲ。

そしてちょっと小さな水槽には小魚。

俺は必死に生きているその姿に.....何だか懐かしい気持ちを抱きながら歩いていた。

するとりーちゃんの足が止まる。


「見て回るだけで私の過去を.....話してないね。全然」


「.....りーちゃん」


「?」


「.....無理に話そうとしなくて良いよ。俺はこれで十分に楽しめているから」


「でもそれじゃ呼び出した理由が無くなっちゃう。デートもどきの意味も.....あ。あそこにベンチがあるね」


りーちゃんが指差す方角。

そこには確かにベンチがあった。

目の前にスクリーンがある様な、だ。


俺は、じゃあそこで話そうか、と笑みを浮かべる。

そうだね、とりーちゃんは頷く。

そして腰掛ける。


「.....私ね。さーちゃんに.....返事を書きたかった。.....だけど書けなかった。鬱病にもなっていたからね」


「俺もうつ状態だったからな。.....だからお前の気持ちは心底分かるつもりだ。まあ失語症にはなってないからよく分からないがな」


「.....そうだね。経緯を話すと.....アジア人という事でイジメを受けた.....というのにも理由があってね。私は英語が苦手だったからだから水をかけられたりとかされちゃってね」


「.....俺が側に居たら殺しているだろうな。ソイツら」


ギュッと俺は拳を握る。

そして真剣な顔になって目の前のスクリーンを見た。

さーちゃんは優しいよね、と笑顔を浮かべる.....りーちゃん。

そして更に語り始めた。

お金とかもせびられてね、と言いながら。


「.....いつしか私って何で生きているんだろうって思い始めて.....何も考えれなくなっちゃった。だから手紙の返事とかも出来なかったんだよね」


「.....そうか」


「.....手紙って何で送らなくちゃいけないんだろうとか.....うつ状態になって.....もう絶望的だった」


「それで塞ぎ込んで心の防衛の為に失語症になったんだな」


「小学校は辞めざるかな。そんな感じを得なかった。だけどその次の小学校は幸せだったよ。でも2年間何も言えなかった分.....その分のストレスが酷くて」


いつしか.....休みがちになったね、と苦笑する。

そして卒業したんだ小学校。

それから中学に上がってまたイジメに遭ってね。


今度は前の学校の人達に再会しちゃって、と。

学校に最初から行けなくなっちゃったの、と言う。

怒りが湧いてきた。


「多少はマシな人生かと思ったのに。.....ご両親とかは。凛子とかは」


「.....うん。一生懸命にやってくれた。.....だけど変わらなかった。学校はもう行かなくて良いって言われて気が楽になったけどね」


「.....」


「.....さーちゃん.....?」


涙が止まらなくなっていた。

あまりに悲惨な人生で.....泣きたくなる。

俺なんかは惨めじゃ無いんだ。

マシな方なんだ、と。

何でりーちゃんがそんな目に。


「さーちゃん。泣かないで。お願い。泣かないで.....」


「悔しいよ俺。お前がイジメられたのが。こんなに良い子なのに」


「.....君は本当に優しいから。日本に戻って来て正解だったね」


「.....俺は.....優しくなんかない。.....ただロボットの様に日々を生きているだけだよ」


本気で怒りを覚えた。

りーちゃんをイジメた奴らに、だ。

大変申し訳ないが俺だったらぶっ殺している。

りーちゃんがどれだけ大切かという事を分からせる為に。

思っているとりーちゃんは、ねえ。さーちゃん、と言ってくる。


「治療の為に帰って来られなくてゴメンね。さーちゃん」


「.....うん」


「.....だから.....ゴメン。.....本当にそれしか言葉が見つからなくて」


「.....良いんだ。お前はお前らしく強く生きてほしい」


俺は思いながらりーちゃんを見る。

りーちゃんは笑みを浮かべながら.....俺の手を優しく和菓子を包む様に握っていた。

その姿を見ながら、頑張ったよ私、と言ってくる。

ここまで話せる様になったから、と。


「当時のホームビデオを観たくないぐらいだった.....でも」


「.....りーちゃん.....」


俺は力強く抱き締めた。

りーちゃんを、だ。

それから頬に手を添える。

その姿にりーちゃんはボッと赤面する。

な、何?、と向いてくる。


「.....ゴメンな。気付いてやれなくて」


「.....8年間はアメリカだった。だから気付かなくて当然だと思う。.....私こそ今謝るべきは.....手紙を送れなかった事だよ」


「役立つだよな。こういう時が俺は」


「.....何言ってるの?私の希望だったよ。君は」


「.....ゴメン。情けないけど涙が止まらないや」


そんな感じで俯いて泣いていると。

俺の顔を持ち上げた。

何をする気か、と思ったのだが。

俺の唇が唇で塞がれた。

丁度.....俺の頬を持つ様な感じで、だ。


「.....!?!?!」


「.....涙が消えるおまじない」


「.....え?」


「涙が止まる様に、ね?」


真っ赤のりーちゃん。

そのキスの味は。

俺にとっては桃の味がした。


真っ赤になる俺。

それから、付き合っても無いのに駄目だよねこういうの。でも何だか我慢が出来なかった、と向いてくるりーちゃん。


「これ全部、報告しないとね。瀬奈ちゃんに。共有しないと」


「.....りーちゃん。有難うな」


「.....うん。此方こそゴメンね。.....ちょっとトイレ行って来る」


「.....あ、ああ」


顔を此方に向けてくれないが。

それは物凄く赤面している様に見えた。

それも熟しすぎて林檎が腐るぐらいのレベルに、だ。

俺はその顔を見てからまた赤面した。

多分.....気持ちを落ち着かせに向かった.....のだろうけど。


「.....ヤバいな。ヤバい。これアカン.....ぞ!」


心臓が飛び出そうなぐらいに高い。

血圧も全部高くなっている気がする。

あまりに咄嗟の事で俺は.....。

思いながらバクンバクンと高鳴る心臓を抑えるのに。

相当な時間が掛かった。

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