第3話
「あ、やべー。教科書を……忘れてるな、これ」
机の中をガサゴソと探る隣席から、ボソッと低い声が漏れる。ドキッと跳ねる私の心臓が、筆箱に伸ばしたこの手の動きを止める。清掃の時間にあんな話を耳にしてしまっただけに、緊張の糸は張り詰めたっきりで解かれることもない。
お気付きかと思うが、改めて言わせていただく。
隣りに座るこの忘れ物小僧くんこそが、私の最推しキャラに激似であり先程の信じられない惚気をぶっ放したご本人様、である。
「悪い、今日も見せてくれないかな?」
そんなに済まなそうな顔で手を合わせてまでお願いされたら、聞かないわけにはいかないデスよ。
ピッタリとくっ付けた机の境界線に、教科書をおずおずと差し出す。
「さんきゅー♡」
何か……ちょっと語尾に付いた気がするけど、周囲にバレたら一大事なので知らんふりをしておく。
「ここは、試験に出るから要チェック……と」
教壇に立つ先生が特に詳しく説明した部分に下線を引き、一口メモを書き込む。幾度となく一冊の教科書で授業を受けて出来上がった、私達のルール。
私の机に広がるページには私が、お隣の机に広がる箇所にはお隣さんが、という具合である。
それにしても、何という至福。
教科書を開く度に、いつでもどこでも推し似の彼が綴ったクセのある字を見ることが出来る上に、勉強で疲れたショボショボの目をスカッと癒やしてくれるのだ。
おまけに、この席は窓際の最後列。授業中にこのやり取りを知るには、先生からの注意に加えて悲しみの解答権を得る覚悟を持たねばならない。
ともなれば、事実上の二人の秘密、となる訳だ。
むふふ、とこっそりほくそ笑む私を余所に、「要チェック」との独り言を呟いてから未だに書き込みを終えないお隣さんの手元をチラッと見やる。
そこには、小さな字でこう書かれてあった。
“さっきの話、聞いた?”
一瞬たじろぐと、ニヤリとする顔がこちらを見つめ、尚もシャープペンを動かし続ける。
“嘘偽りない、俺の本気度”
“一言じゃ全然足りない”
“早く公言したい”
“でないと、デートにも誘えない”
“週末って暇?”
“バスで遠出しよう、水族館”
“どう?”
目くるめく甘〜い言葉の羅列に耐えきれず、授業より一足早くにページをめくる。
一度目に教科書を貸した時は、話すこと自体に緊張が走った。
二度目、三度目になると、嬉しさが込み上げてきた。
四度目に、勇気を出して彼が部活で欠席した日のノートを併せて貸す、というお節介をやいた。
五度目の教科書には初めて互いの文字が刻まれ、授業が終わる間際に遠慮するような小さな文字で〈好きです〉と書いたページを目にした。
頭の中が真っ白になった私を顔を真っ赤に染めた隣席クンが上目遣いで見つめる。
さすがに有り得なくて贅沢ながらも丁重にお断りしたが、彼は諦めるどころか猛烈アプローチを始めた。その都度忘れたと言って借りる、私の教科書上で。
中学に進学して彼の存在を知ったからこその最推し変が、まさかの結果をもたらした。
この恋だけは、誰にも言えない。
だって、学年の超!人気者のお相手がオタクな地味子だなんて……。
知られたら、本当に一大事じゃないか!!
あのさ、今日も見せてくれない? Shino★eno @SHINOENO
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