一章 傲慢王女は帰りたくない⑦

 リュークは少し考えたあと顔を上げた。

「何故、そう婚約の解消をいやがるのですか」

「え?」

ほかに優先すべきことがあったのも本当ですが、報告をわざわざかくにんしなかったのはしんがどちらだって結果が変わらないからです。貴方は初日からいつかんして王都に帰りたがっていました」

 思わず言葉につまった。

「それが貴方の望みだと思って切り出しました。なのにとつぜん人が変わったように王都にもどるのをきよするのは何故でしょうか」

「…………」

「正直、貴方の行動にはこんわくしています。まるで婚約の白紙を宣言したあのしゆんかんから別人になったかのようです」

(す、するどい……!)

 おくが戻ったのは確かにあの時で、彼の考えは限りなく真実に近かった。

 そして意外にもリュークは、ほとんど会話もなかったわたしをよく見て理解していた。ハンスとのさわぎの時もそう。

 げる事ばかり考えてリュークと向きあおうとしなかったわたしとはおおちがいだ。

 まさか死んで未来を知っているからです、だなんて言えない。

に不安をあおるまいとだまっていましたが、今のバルテリンクは確実に安全な場所ではありません。特にりんせつしているキウル国に関しては良いうわさを聞きませんし、みつおそろしいほうの研究をしているという噂さえあるのです。きよてきにも近いですしこの土地がねらわれる可能性は高い」

 その通りだ。わたしはその先の未来を知っている。

「私は貴方はここを出るべきだと思っています」

 言うべきかどうか迷った後、彼は口を開いた。

「……それに、これはつい最近入った報告ですが、相手国に何故なぜかこちらの情報がれているようなのです」

 それは初めて知った情報だった。

 このところ彼が連日いそがしくしていたのはそれが原因なのかもしれない。

「こんな事は今まであり得なかった。戦力も豊かさでもまさっているバルテリンクが後手にまわるだなんて……。万が一にも貴方に何かあったら私は自分が許せないでしょう。だからこそ、無事なうちに王都に帰って頂きたいのです」

 彼がそう決意するのも無理はない。

「確かに、わたしがうっかりでもしたらお父様はれつのごとく怒るでしょうね」

「……そういう意味だけではないんですけどね」

 確かにそれだけでは済むまい。下手をしたら責任をついきゆうする王都とめるかもしれないんだもの、しんちようになるのは仕方ない。

「ですから貴方への悪評は関係ないんです。早急にここを出るべきだ」

 強い意志を感じる拒絶だった。

「おづかいありがとう。でも、だったらなおさらわたしを利用するべきではないの? 王族とのこんいんならば、普通の貴族れいじようとはけたちがいの持参金を用意できる。必要ならば王宮をまとめて呼び寄せる事も出来るし、戦力をおおはばに増強できるわ」

「…………」

 キウル国とのいざこざなんて聞かされていなかったけれど、事情を知った今はお父様もそのつもりでわたしをバルテリンクに送り出したように思える。

 それなのにわたしと婚約破棄しようとするなんて……。

 苦い気持ちが胸の奥に落ちたけれど、それを無視した。

「わたしなら貴方あなたの力になれるのに、それでも追い返そうとするのは……こいびとはくしやく令嬢とけつこんしたいからなのよね?」

 心配だとか帰りたがっているとかそんな言葉でされたくはない。

 最初に来た日からずっと言われ続けてきた事なのだからかくは出来ている。だから本心はどうあれ、彼にこう提案するしかなかった。

「わたしはおかざりの妻で構わない。本当に愛する人とはべつていを持ってそこで暮らせばいいのよ」

 けつぺきそうなリュークには心苦しいせんたくだろうが、貴族として生まれた以上それくらいはまんしてもらうしかない。

 ああ、だけどさすがに別邸はうんと遠くはなれた場所にして。想像だけでもいらいらしてきて、落ち着かない気持ちになる。

 せわしなくつめみながら、ふと前世の疑問を思い出した。

(そういえば前回のリュークは結局その後一年近くの間、だれとも結婚はおろか婚約をする事もなかったけど、一体どうしてだったんだろう)

 それがずっとわたしの中で引っかかっていた。

 てっきり、追い出されたらすぐさま結婚するのだろうと思っていたのに、かたかしをった気分になった。後日彼から送られてきた手紙にも伯爵令嬢の事やおたがいの結婚の事についてはいつさいれられていなかった。

 今は遠くなった時間の事を考えていると、リュークは不思議そうに首をかしげた。

「伯爵令嬢というと、モンドリア伯爵令嬢の事ですか? 確かに伯爵からは何度かしんされた事がありますが」

 ……なんでここでとぼけるのだろう。

 ものすごく腹が立つんだけれど。

「このおよんで変な誤魔化しはらないわ。お互いのために本音で話し合いたいの!」

「ではたんなく言いますが、彼女は人の上に立つうつわではないと思います」

「…………え?」

「何故そんな話になっているのでしょう。大体そのつもりがあるならとっくに結婚しているとは思いませんか」

「う。いや、それは、ま、わたしもそう思ってたけど……?」

 しかし何度もメイド達が当然の事のように話していたので、何か事情があるのだろうと思い込んでいた。

 それに、リュークだって最初のころはわたしに対してすごくにんぎようでよそよそしい対応してきてたし! つうもっと相手の喜びそうなお世辞の一つでも言ったりげんをとったり、あるじゃない!

(……いやでも、そう言われてみると単にいつも通りのリュークだっただけかも)

 わたしはうでみし、これまでにリュークとフローチェが恋人同士だという確たるしようがあったかどうか考え直してみた。

 そう……言われてみれば人の噂以外は……特にないかも。

 うんん?

「じゃあ、フローチェと恋人同士って話は? わたしのせいで結婚出来ないって!」

「彼女とそういった関係だった事はいつしゆんたりともありません」

 ……うそでしょう?

 先入観ってこわい。

 今までのなやんだ日々を返せ。

「私が結婚相手として考えているのは貴方だけですよ、ユスティネ王女」

 わたしだけ。

 王命の婚約なのだから、本来そうであるべき当然の事なのだけど。その言葉はじわじわと胸にしみてうれしさがこみ上げた。にやけるわたしにリュークのよくようのない声がかけられる。

「それで改めて聞きますが、貴方がそこまで気持ちを変えた理由は一体なんですか?」

「うっ……」

 さぐるような視線がさる。

 彼は慎重な性格だ。ここで上手く説得できなければ、今度こそ強制そうかんコースになるだろう。だからといって自分自身ですら理解できていない「死に戻り」うんぬんを言いだすのは、絶対あり得ない。

(だけど、いい加減な嘘をついてもきっとすぐに見破られて終わりだわ。どう説明したらいい? このちぐはぐでいつかん性がない行動の意味を)

 わたしの中でリュークははくしやくれいじようと結婚したいはずで、だからさきほどの提案をすればすぐに飛びついてくるだろうと甘く見ていた。思わぬはんげきだ。

「わ、わたし……わたしが態度を変えた理由は……」

 どうしたら……。

 その時、てんけいのように一つの考えがひらめいた。


「リュークにひとれしたからよ!」


「え……」

 ほんの一瞬だけ、いつもの皮肉っぽい様子や無表情とはちがの青年の顔が現れた。

 思わず口に出してしまえば後は勢いで言葉が流れ出る。

「一目見たしゆんかんに運命を感じたの。なのに初めてこいに落ちた相手はほかに恋人がいるなんて、おとごころが傷つくじゃない。くやしくて悲しくてすぐさま王都にげ帰りたくなって当然でしょう? でもいざこんやくされるとなると、離れるなんて絶対いや、たとえお飾りの妻でもいいからそばにいたいって思ってしまったのよ!」

 まんじゃないけど、王都にいた時はよく知りもしない貴公子達から好きだとか愛してるとか耳にたこができるほど言われたけど、言う側になったのは生まれて初めてだ。

 ああもう、なんなのこの照れくささは。しかもこっちはこれだけずかしい思いをしたというのに、すでにすっかりポーカーフェイスなリュークの考えは読めない。

「…………なるほど? それは全く気が付かなかったですね」

 ギクリ。

(まあ、今考えつきましたからね)

 リュークはわずかに首をかたむうすく笑った。

「それで、私のどこをそんなに気に入ってもらえたんですか」

「……ふぇ?」

「好きなんでしょう、私の事」

(は……はああああああああああああああああ!?)

 この人、とても告白してきた相手に向けるとは思えない冷静さでとんでもない事を質問してきた。

(嘘でしょ!? まさか、相手に自分を好きになった理由を口に出して説明させる気? 信じられない!)

 しかしまさか「特にありません」とは言えない。

(何か、何か言わないと……!)

「え、ええっと。そうね、物静かで落ち着いたところがいいわね」

「そうですか。他には?」

「ほ、他にぃ!? え、えーっと……………………」

「おや、それだけなんですか。こんなへんで危険な場所に残りたがるほど好きになって下さったのでは」

「か、顔です! とても好きな顔なの。背も高くてスラッとしているし」

「へえ。他には」

「…………っ!」

 ダラダラと冷やあせが流れた。

(……ちょっと、これってもしかしてからかわれてる?)

 もしくはけいかいされているのだろうか。だけどなんにせよ、追い出されたくないなら今度は『好きになった理由』を考えつかなければならない。

 深呼吸して目を閉じた。

 嘘をつく一番のコツは、本当を織り交ぜること。

「死に戻り」をかくすという嘘をつくためには、他は真実でなければいけない。

「……ひとみ。王都ではめずらしい、そのアイスブルーの瞳が気に入ったわ」

「瞳、ですか?」

「そう。貴方あなたの瞳はいかなる時も冷静で公正であろうと、常に感情をおさえ込んでいる。なんでも好き放題やってきたわたしとは正反対にね」

 思いつくままに、感情のままに生きてきたわたしとは全然違う。

 常に冷静、計画的でちようめん、公明正大。

 わたしから見れば信じられないほどの自制心のかたまり。生まれてから一度も悪事を働いたことがないかのような真面目まじめくさった顔で、本心が全然見えない。


「だからこそ、その冷静ちんちやくな仮面の下を見てみたくなるの」


 表に出す事のない感情はそのまま消えてしまうのだろうか。

 わたしはそうは思わない。

 むしろ抑えつけ自分の中にため込んだ気持ちほどより強く、いつまでもとどまり続けてけつしようのようになっていくのではないだろうか。

 正しさ以外何もないような顔をしている彼がかかえ込んでいるそれが、一体どんな色をしているのか。わたしはただそれが知りたいと思っている。

(……あれ。考えている事をつつみ隠さずそのまま口にしてみたけど、これは好きになった理由とやらになるの? それとも強制送還?)

 ドキドキしながら視線を上げると、いつものように冷静そのもののリュークがいた。

 でもちょっとほおが赤い気がする。

「……さきほども言いましたが、再調査の件に関しては異存はありません。まずは結果を待って、今後の事はその後に決めましょう」

「リュークだって少なからずわたしに興味があるはずよ。だってわたし達は、無視するにはあまりにも違いすぎるもの」

 しでたたみかけると珍しく彼の方から目をらした。

 絶対顔赤い。

「本当に貴方って人は……」

 なんだろう。とっても勝った気分。


 その日の夕食は何故なぜかとてもごうだった。

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