一章 傲慢王女は帰りたくない①

「あっははは! 読み通り婚約破棄は保留せざるをえなかったようね。さすがわたし、らしいわ。この調子よ」

 自室にもどって来るなりベッドに大の字にころんだ。

 ずいぶんと長い間同じ姿勢で考え込んでいたリュークがようやくしやべった言葉は、『王女様はおつかれのようだ。医者を呼んでやれ』という心なしか冷ややかなものだった。

 わたしの誠心誠意の謝罪に感動し、ついでに完全和解できたら話が早かったのだが。まあぜいたくは言うまい。

 それでも一国の王女が床にしてまでなりふり構わずうつたえた効果は絶大だったようで、その場に立ち会っていた中に不満の声を上げる者はいなかった。

 それどころかじわりときよを置かれていたような気もするが。

 とりあえずあの場での強制そうかんはなくなったのでそれでよし!

「それにしても王女であるこのわたしに向かって婚約破棄だなんて。物静かそうな顔してやってくれるじゃない」

 本来なら王族のひめとのこんやくするなど天と地がひっくり返ってもあり得ない。

 だが今回に限っては少し事情がちがう。実はまだ正式な婚約を結んでいるわけではなく、仮の婚約者として『視察』という建前でバルテリンクに来ているのだ。

 事前に一定期間領地で過ごしそうほう合意があった場合のみ正式に婚約を結ぶと、国王陛下とリュークの間で話がついていた。

 王国の中でも最北の辺境地。

 一見不毛地帯のようなバルテリンクは王国にとって貴重なせきさいくつできる重要なきよてんの一つである。しかし元は別の国だったという過去もあり、長い間関係がいいとは言いがたかった。

 かつての名残なごりで領土の半分はいく人かの貴族が分割統治しており、その頂点であるバルテリンク領主は国王さながら。お互い不満はありつつも攻め入るには険しい山脈にはばまれ、なんとか戦争は回避しているというギリギリの小康状態が続いていた。

 けれど現領主にだいわりしてからは徐々に関係が改善されつつあるという。

 国王であるお父様としてはここで一気に良好な関係に持ち込みたいのだろう

 ところでバルテリンク領を王都や隣国から守り続けたその地形だったが、長年にわたって深刻な問題をもたらしてもいた。

 それは山をえ森を抜け、さらに山を越えるという、王都や他の都市からとんでもなく距離がありすぎるド辺境だという事。

 おまけにド寒くて、あまりにも違いすぎるかんきように都市部出身の貴族れいじようが順応できない。

 つまり、ありていに言えばよめの来手がないのだ。

 代々の当主夫人はえんや別居、ひどい時には修道院にけ込むことすらあったという。

 近年に至っては大商人のむすめや軍人貴族家系の、よっぽど気合の入った嫁しか来ていない。

 そこで白羽の矢が立ったのが、ゆいいつこんの第四王女、わたしである。

 といってもお父様としては「嫁不足の田舎いなかに婚約の打診をしてやった」という恩を売りたかっただけなのかもしれない。結局『前回』王都に戻った時も、ひようけするぐらいあっさり婚約解消を受け入れていたし、その後は険悪になるどころかむしろ交流が増えていた。

(もしかして、わたしの性格上、いやだと言うのを無理して押し付けても、絶対に何かやらかして戻ってくると思われていたのかしら……? 当たっているわね)

 ともあれ、あの婚約破棄の場面に立ち会っていたのは、事情を知っている本当にごく一部の側近や有力者達だけ。

 表面上は視察に来た王女が予定を終わらせて無事に王都に帰ったという事実しか残らない。

 しかし通常ならありがたいそのづかいが、今はギリギリとわたしの首をめている。婚約破棄されたなどというめいは表立っては残らないのだから向こうはえんりよがない。その前日には当の本人が『絶対結婚しない』などと宣言までしている。

 あの場はなんとかかいできたものの、いともスムーズに強制送還されてしまう未来しか見えない。

 ……そしてその後にあるのはめつの未来。

「それだけは嫌よ!」

 思わずさけんだ。

(やっぱりあの『絶対結婚しない』宣言はまずかったわね)

 考え事をするには糖分を補給するに限る。持ち込んだおをもぐもぐしながら今後の行動について思案した。

 とにかく今のままではいつ王都に帰らされてしまうか分からない。

 リュークにけ合って婚約破棄の話を考え直すようお願いしてみるしかない。なんなら昨日のやりとりの件をもう一度謝ってあげてもいい。

 あんな未来、回避できるならなんでもする。

(そのためには……うーん、どうやったらてつかいさせることが出来るのかしら)

「とにかくリュークに婚約解消を考え直してもらわなきゃ。まずはそこからね」

 そういえば以前彼に、周囲と上手うまくやれているかどうかを聞かれた事もあった。……もしかして彼にはそこも評価ポイントだったりするのだろうか?

(ふむ、周囲との協調ねぇ)

 確かに全然うまくいっている気がしないし、ついでに言うなら上手くやるためにどうしたらいいのか見当もつかない。

「うーん、今まで全くしてこなかった努力を急にするのって難しいな」

 わたしは王女様だ。

 人にどう思われているかなんて気にした事がない。誰も彼もがわたしをしようさんし、ごげんりに必死だった。一言でも文句をつけようものなら真っ青な顔で右往左往し、すぐさま気に入るように新しいものを用意してくれる。

 それって生まれた時からずーっとつうのことだったし、むしろそれは当然の権利で、疑問に感じたことすらなかった。


 むむむとうなりながらごろごろしているとノックの後にじよのアンが入ってきた。

 まだ許可をしていないうちに当然のように部屋に入ってくる。けれどそれを悪いとはじんも思ってないのだろう。『前回』何度注意しても直らず、そんな小さなあつれきもまた使用人達との間にみぞを作っていた一因だったかもしれない。

(今思えばわたしも少し意固地になっていたかもしれないわね)

 王宮では主人の許可なしに部屋に立ち入る使用人などいない。主人の命令には絶対服従だし口答えなんてとんでもない。だけど周囲とかくぜつされたバルテリンクというせまい社会の中では使用人と主人の距離はかなり近いものだった。いちいち許可など求めないのがおたがいのしんらいあかしだと考えているようだ。

(要するに価値観の違いなのに、わたしは絶対的に正しいと一方的に押し付けるだけだった。そんなものうまくいくものもいかないわよね)

 一度はなれ、冷静になれたからこそなつとくできた。

「失礼いたします。ユスティネ様ご気分はいかがで……まあ、なんてだらしのない!」

 納得はできても、やはりこうもあけすけに主人を悪く言える使用人はどうかと思うけれども。

 ふわふわとしたくりいろかみの毛の若い侍女アンは、お菓子のカスだらけになったわたしのベッドを見て叫び声を上げた。後ろからどさくさまぎれに入ってきたもう一人の侍女のシエナやメイド達もお互いに顔を見合わせヒソヒソと話している。

(なによ、大ね)

 こんな事くらいでどうしてそんなにおおさわぎするのか理解できなかった。

「いいじゃないこのくらい。どうせこれからベッドメイクでシーツこうかんするって分かっているんだもの。ゴロしながらお菓子食べるのって最高よ? うそだと思うなら一度やってみなさいよ」

 親切に教えてあげたのに、アンは余計にかんさわったようでわざとらしくせきばらいした。

(王女であるわたしにこの態度。王都なら罰せられてたわね)

 当然だが、かつてこのわたしに非難の咳払いを聞かせる侍女などただの一人としていなかった。それどころか生理反応の咳払いだって無理してこらえていたぐらいだ。

 アンはあきれかえったと言わんばかりの態度だ。

「そんな下品な真似まね、あたし達は絶対にしません。はあ……なげかわしい。フローチェ様ならこんな事、思いつきもなさらなかったでしょうね」

(あー、はいはい。いつものフローチェ様ね!)

 わたしのげんは急降下した。

 アンは言ったあと流石さすがにまずいと思ったのかはっと口を押さえたが、もうおそい。


 フローチェ・モンドリアはくしやくれいじよう

 リュークのおさなじみで相思相愛の仲だったという少女。長年この城に顔を出していたという彼女の名前は、何度めろと注意してもたびたびメイド達の話にのぼってはわたしの気分を逆なでしまくった。

 みなが言うには本当に良くできたしゆくじよで思いやりと教養があり、何事もなくいけば彼女がリュークと結ばれるべき相手だったそうだ。何らかの事情があっておおやけにされていないがひそかに思い合う二人を使用人達、特にそういうれんあい話にきようしんしんな若いメイド達は長い間おうえんし続けてきたらしい。

 そこへ王命でやってきた評判の悪い第四王女、わたしがとつぜん横入りしてきたってわけ。

 それでも文句一つ言わずに身を引いた心やさしくつつましい令嬢。

 ええらしい、本当にご立派だ。

(だけどそれ、別にわたしのせいじゃないし!)

 えんだんをゴリ押ししたのはお父様だし、そもそもリュークがとっととけつこんしてれば良かったのではないだろうか? それなのに一方的に悪役のように仕立て上げられ、冷たい目で見られつづけるのは本当にかいなものだ。

 よく考えて欲しい。

 顔見知りもいない、たよれる人もいない。

 そんな場所にとうちやくしてみればこんやく相手にはこいびとがいて、王命で仕方なく別れいやいや結婚するというそうかくを見せられる。おまけに周囲は皆元恋人の少女の味方。

(これってどう見てもわたしの方が悲劇のヒロインポジションじゃないかしら?)

 まあわたしは泣きもしないしここから逆転してみせるけどね!

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