第22話:お出かけ(2)


 北欧スタイルの家具店、ガーリーな雰囲気の雑貨屋、サイトに掲載されていたお店を中心に色々と見て回った。由紀さんにどれが好きか聞いても、ルナの分だからルナが決めてと言われてしまって、由紀さんの好みは分かりそうにもなかった。

 

 由紀さんの部屋にある家具から考えるに、柔らかいシンプルな家具の方があの家に似合うだろうと、最初のお店で気になった棚を購入することにした。ついでに全部家に送ってもらおうってことになって食器も同じお店で揃えた。他はって由紀さんが何回も聞くから、気になっていたものは結局大体買ってしまった気がする。ちなみに半分は出世払いらしい。


「流石に歩きましたね。 由紀さん大丈夫です?」

「そろそろ限界かも」


 そう言って、由紀さんは一つ息を吐く。

 

「どこかでカフェでも入って休憩しましょう」


 近くのカフェに入ると、運良く一席空きがあった。荷物を置いて、由紀さんにコーヒーでいいか確認してからレジに向かう。知らないうちに結構歩かせちゃったな。普段運動してる気配はほとんどないし、きっと私よりも疲れてるだろうな。後はご飯までゆっくりしよう。レジでコーヒーとカフェラテを頼んで、カウンターで受け取る。賑わうお店の中、由紀さんがやっぱり一番視線を奪う。


「どうぞ」

「ありがとう」

「ご飯、結局まだ決めてなかったですよね」

「そうね、ルナは何が食べたいの?」

「今日もそればっかり。 由紀さんの好きな物知りたいって言ったの忘れてます?」

「でも家具とかルナが使うものだし」

「だから今までは私が決めたけど、次は由紀さんの番」


 少しだけ拗ねたような顔。そこまではっきりと顔には出ないけど、ちゃんと見てたら分かる。由紀さんがスマホを取り出して、多分どこがいいかを検索している。カフェラテを飲みながら、由紀さんから候補が上がってくるのを待つ。伏し目な由紀さんも大人っぽくて奇麗。


 不意に由紀さんの視線が持ち上がって目が合うから、少しだけ心臓が跳ねる。


「ここは?」

「えっと……いいですね、おいしそう」

「ルナは苦手な食べ物ない?」

「わさびとからしです」

「じゃぁここは大丈夫ね」

「あはは、イタリアンですからね」


 由紀さんの好きな物なのかは少し気になるとこではあるけど、由紀さんが選んだことには意味があるよね。ここからの経路を調べると、徒歩十分程だった。時間も少し早いけど、結局あれから何も食べてないし早めに行ってもいいかもしれない。今は十六時半だから、十七時半に予約しちゃおうかな。


「じゃぁそこで予約しちゃいますね。 十七時半でいいです?」

「……なんていうか、ルナってスマートよね」

「はい?」

「朝はご飯を用意してくれるし、疲れてるか気にかけてくれるし、コーヒーも買ってきてくれて、お店の予約もしてくれる」


 そういう風に羅列だけされれば、確かに優しい部類には入るのかもしれない。でも一つ一つを掬ってそう感じてくれるなら、それは由紀さんの方が優しいんじゃないかって思う。


「気を遣わないでって散々言ってるから、気を遣ってるわけじゃないって信じてる」


 そんなわけない。強いて言うなら由紀さんが優しいから優しくしたいって思うだけで、本来の性格はお世辞にもいいだなんて言えない。言葉を刃に持ち替えて、振り下ろすことだってする。そうしないのは、由紀さんが私にそうしないから。

 損得とまではいかないけど、そういう基準が私の中にはある。誰にでもこんなことしない。


「由紀さん、私が気を遣ってるんじゃって疑うの、今後禁止です」

「……そうかもね」


 困ったように由紀さんが笑う。由紀さんの性分だと気にするな、っていうのは難しいのかもしれない。でもしたいからしているだけだからこればっかりは譲れない。つまりこれ以上の押し問答はあんまり意味がない。この話題はこれ以上必要ない。


「今回は私の買い物に付き合ってもらっちゃったので、次は由紀さんが欲しいものとか買いに行きましょう」

「特段欲しいものとかないんだけど」

「夏服とか、本当になかったら見たい映画とかでも」

「……はいはい、考えておくから」


 眉を下げて、由紀さんが笑う。由紀さんは私の押しが強いのをもう知っているせいかすぐに諦めるようになっている。本当に嫌だったら言ってくれると信じて、私も結構やりたい放題している。こういうのは、優しくないなって思ったりしないのかな。振り返れば結構我儘を言っていると思うんだけど。


 私は由紀さんと行ってみたいところがいっぱいある。ポップコーンが弾けるように勢いよくたくさん浮かんでくる。テーマパークに放り出された由紀さんなんて特に気になる。耳なんて浮かれたものをつけてくれたりするのかな。水族館とか映画館は、由紀さんに似合うな。猫カフェとかも似合うけど、私がいる間は行かないでもいいよね。


 由紀さんの行きたいところに行ったら、次はそういう場所に連れ出したいな。


「ルナ、最近一人で笑うの多い」

「え?」


 思わず頬を両手で挟むと、由紀さんが可笑しそうに笑う。春の風が頬を撫でるみたいに気持ちいい笑い声が鼓膜を撫でる。綺麗で可愛くて、視線を奪われる。そんなはずもないのに、まるで恋した乙女みたいになっている気がする。確かに由紀さんなら、男女問わず魅了させてしまうかもしれない。


「最初の頃はよく暗い顔してたけど、本来はこっちが自然体なのね」

「……ギャップですか?」

「フフフ、そうね、ギャップかもね」


 私の言葉一つ一つに、そんなに楽しそうにしないでほしい。綺麗なお姉さんから見慣れた笑顔になられると、心臓がぎゅっと収縮する。魅了されてしまう。もっとずっとそういう由紀さんを見てたくなる。


「そろそろお店行きましょう、ちょっと歩くみたいなんで」

「そうね」


 同性にこんなにドキドキすることなんて、あるんだ。





 

 由紀さんが選んだお店はどの料理もすごく美味しかった。由紀さんは運ばれてきた料理を全部好きだと言うから、あまり参考にはならなかったけど、今度イタリア料理を作ってみるのは悪くないかもしれない。


 けれど、今目の前にある問題はそれじゃない。

 きっかけは私に遠慮せずにお酒を飲んでいいと勧めたことで、由紀さんは一回目こそ遠慮したものの二回目の押しの結果赤ワインを頼んでいた。二杯目はサングリアで、多分これが一番まずかった。サングリアを大層気に入ったらしい由紀さんは次もそれを追加して、赤と白をコンプリートすると白ワインのサングリアも頼んだ。白を頼む頃の少しゆっくりとした会話と、赤い頬を見た時にもっと強く止めていればよかった。まさかこんなに酔ってるなんて、全然気づかなかった。

 

「歩けますか」

「ん……へいき」


 平気な訳ないと、心の中で突っ込む。半分寄りかかるような体勢の由紀さんの腰に手を回して、ようやくなんとか歩けている状態なのに、何故だか由紀さんはご機嫌そうに鼻歌を歌ってはコロコロと笑う。駅まで十分の道のりが遠く感じる。街は長蛇の列のように並ぶ看板でカラフルに照らされて、あちこちで酔っ払いの陽気な声が聞こえてくる。


 光に寄ってくる虫みたいな男たちの声を無視して歩き続けていると、由紀さんが楽しそうに私の名前を呼ぶ。


「なんです?」

「モテモテね、ルナ」

「……酔いつぶれた由紀さんの方が狙われてるの、分かってます?」

「そんなに酔ってない」

 

 語尾が若干怪しいのに、酔っ払いこそ酔ってないだとか言うらしい。信号が青になって歩き出すと、流石に男の人たちは付いて来なかった。繁華街をようやく抜けたのか、町並みは少しずつ夜の色に戻ってきている。駅まであと少しかな、流石に支えていた手が痛くなってきたから少しだけ離して休憩しようとすると、由紀さんがまた私の名前を呼ぶ。


「次はなんですかー」

「家、まだ?」

「まだ最寄り駅にも着いてないですよ」

「……」

「え、ちょっと寝ないでくださいね⁈」


 まだ外は暗いけど九時にだってなってないのに、こんな時間に寝落ちるのは社畜か小学生だけにしてほしい。何度か由紀さんの腰を叩くと、ぐずるような声を上げて首に腕が巻き付いてきて歩きにくい。家で使ってるシャンプーの匂いと、トワレの残り香が鼻腔をくすぐって少しクラクラする。

 この人、過去にお持ち帰りとかされたりしてないよね。外面は少なくともしっかりしていると思ってたけど、想像以上に外でも抜けているのかもしれない。


「由紀さん、駅着きましたよ」

「んん……るなぁ」


 耳元でそんな声を出さないでほしい。何とか手にICカードを持たせて、子供が歩くのを補助するように手を掴んで引っ張る。改札をなんとか抜けて、もう一度支えるとまた由紀さんの両腕が体に回る。すり寄るように体を寄せて、眠りにつこうとしている。本当に、ずるい。

 

 心臓がうるさい。苦労して歩いてるから疲れているのももちろんあるけど、この心拍数の原因がそれだけじゃないことくらい分かる。恋愛対象に入る性別じゃないのに、少し前には最悪な思いをさせられた経験だってあるのに。いっそ私もお酒を飲んでいたら、これが一瞬の気の迷いだって胸を張って言えるのに。


 送り狼をする人の気持ちが分かるような気がする。ワンナイトとか、そういうことをする人の心の揺れって、こんな感じなのかなとか考えてる。もし由紀さんにその気があったら、間違ってもいいかもしれないとか、最悪なことが脳裏をよぎる。酔っ払った美人って人を狂わせるらしい。


「こっわ」


 最寄りへと向かう電車に乗り込む。何とか二人分の空きがあるくらいの密度に紛れ込んで、静かに電車に揺られる。隣では器用に私に寄りかかってうとうととしている顔がある。相変わらず綺麗で、ずっと見ていられる。


 家に帰ったら、この人をベッドに転がしてシャワーでも浴びよう。コンビニにアイスでも買いに行ってもいいかもしれない。気分転換でもすれば少しは頭も冷えると思う。美人に狂わされて悲しい人生を歩むわけにはいかない。


 最寄り駅がアナウンスされて、ゆっくりと電車が速度を落としていく。由紀さんの背中を何度か叩くと、痛い、と非難の声を上げられる。躓かない様に慎重に電車を降りて、ゆっくりと改札へ向かう。


「ほら、あと少しだから寝ないで」

「ん」

 

 改札を抜けて、家までの道を歩いていく。ようやく、もうすぐこの重労働から解放される。疲れてきた手を一旦放して、ぐっと上に伸ばす。


 止まったせいなのか、数十分ぶりに由紀さんの瞼がゆっくりと開いた。眩しいのか瞼が重いのか、何度か瞬きを繰り返して、私を見上げる。初めて見る顔みたいにまじまじと見ないでほしい。


「また歩きますよー」

「……」


 視線を逸らして歩き始めると、由紀さんの両腕がそれを阻止するように私をぎゅっと抱きしめる。またこの人は私を振り回そうとしている。明日からしばらくお酒禁止にしてやろうかな。一回位痛い目に合った方がいい気がする。

 

 由紀さんの声が、また私の名前を呼ぶ。私の名前しか知らないみたいに。


「もう、なんです由紀さ――――


 突然唇に触れた柔らかい感触の存在が何か分かるのに、たっぷりと時間がかかった。次にその存在が何かを理解して、私はいよいよ訳が分からなくなった。どんな理屈があってこの人は今こんなことをしてるんだろうなんて考えて、酔っ払いに理屈なんてないんだろうなと諦める。

 一度離れかけた唇が角度を変えてまた触れると、背中にぴりっと電気が走るみたいな感覚がして、やばいなって脳内で警報が鳴りだす。今日ずっと隣にいた匂いがする。


 もし由紀さんにその気があったら、間違ってもいいかもしれないとか、最悪なことを考えていたことを思い出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る