第21話:お出かけ
油断してた。
家にいる由紀さんは部屋着でいることが多いし、仕事の時はビジネスカジュアルで化粧は悪目立ちしないような清潔な感じだった。コンビニやスーパーに行くにしたってシンプルな服装が多かったから、私は完全に油断していた。
「なにしてるの?」
そう言って怪訝そうに私を見つめる目尻には、淡いピンク色がひかれている。いつもは柔らかい印象の目元が、アイライナーで輪郭をはっきりとさせているせいかぐっと印象強くなっている。
目だけじゃない、唇だって、頬だって、眉だって、奇麗に化粧が施されている。元々の素材はいいけど、一つ一つはそんなに目立つような感じじゃないせいか、化粧が良く映える。一つ一つくっきりさせてあげるだけで、こんなに違うんだ。
「行きましょう」
「あ、はい」
由紀さんの後ろについていくと、かすかに香る花の香り。トワレとかかな。
淡いブルーのワンピースも良く似合う。ウェストが少し絞るタイプのせいか、由紀さんの体の薄さが分かってしまうのが少し魅惑的でもある。あーもう本当に、完全に油断してた。
「あの」
「ん?」
「……めちゃめちゃ奇麗ですね」
「ちょっと、そういうのやめてよ」
「いや、だって……流石にドキドキしました」
「……はいはい」
そそくさとエレベーターを降りてしまった由紀さんについていく。横から見てもすごい綺麗だし、なんか年上の美人なお姉さんって感じがする。
寝顔はあんなに幼いのに。
「ルナはセットアップが好きなの?」
「え? あー、身長が結構あるのでこういうのが似合うというか」
「ルナはいつも奇麗ね」
「え?」
「お返し」
私を見ていた視線がまた前を向く。確かに化粧とか服とかは好きだから毎日ちゃんとしてるつもりではあるけど、今まで言われたことなんかなかったのに。
いつも、そういう風に思ってくれてたのかななんて考えてしまうと、なんだかむず痒いような落ち着かなくて、頬が熱い。確かに、これは十分なお返しだ。
「暑い」
「まだ五月になったばかりなのにね」
「うわ、しらばっくれてる」
目尻が柔らかく笑うのが奇麗。なんかもう今日ずっと隣にいちゃっていいのかな。この格好で誰かとどっかに行かれたら嫌だけど、独占しておくのはもったいない気もする。
ホームに着いた電車に乗り込んだって、視線は由紀さんに吸い込まれていく。座れない位人がいるのに、ただ静かに電車の窓の向こうを眺めている由紀さんが一番目を引く。雪みたいな白い肌に、淡いブルーのワンピース、ピンクでまとめたメイク。寝顔に負けない位、ずっと見ていられる。
「まずは一番近いお店でいい?」
「あ、はい。 えっと……ここですね」
「了解」
短い会話。後はひたすら電車に揺られていれば、すぐに新宿に着いた。
ゴールデンウィークだからかいつもより更に人が多い。ぶつからないように人を避けながら改札を抜けると、すぐに商業施設の入り口が目に入る。
「あの建物の六階ですね」
「行きましょう」
建物に入ってエスカレーターに乗る。一段分距離が縮まって、目の前に由紀さんの後頭部が見える。いい匂いがする。
「ルナはなにか欲しいものの目星ある?」
「……とりあえず食器全般、足りないですかね」
「それはそうだけど、他は?」
「他は……」
振り返った由紀さんの顔が近い。ソファーに座ってたって一緒にベッドに寝てたってこんなに近くない。なんだろう、なんか今日は変かもしれない。由紀さんの一挙手一投足に心と体が騒いでいる。
朝に寝顔を堪能しすぎちゃったかな。それともやっぱりいつもより更に奇麗なせいかもしれない。
「店内回りながら見つけていきましょう」
「まぁ、それもそうね」
エスカレーターを降りて、店内を見ていく。収納棚があると助かるけど、持って帰るのは大変そうだし、結構場所も取っちゃうかな。洗濯関連はドラム式洗濯機におんぶにだっこだから大丈夫。クッション、もう一個欲しい気もするけどなくても困らないし、収納箱もあればいいけどなくてもなんとかなる。
「……何も買わないの?」
「え、あー……あはは、なんかいざ見に来ると悩んじゃいますよね」
「ここだけじゃないからじっくりと見ればいいけど、あの家はルナの家でもあるんだから欲しいものがあったらちゃんと言ってね」
「……」
だから、そういうところがまた。
私の家でもあるって、なんでそんなさらっと言えちゃうのかな。それがどれだけすごいことなのかちゃんと分かってるのかな。思ってもないことを言う人ではないだろうから、きっと本心なんだろうなって分かるのが、更に私を振り回してしまう。
そんなの、嬉しくないわけない。
「無視?」
「……嬉しさを噛みしめてました」
「なにそれ」
由紀さんにとってそこまで深い言葉じゃないのかもしれないけど、私にとってはすごく嬉しい言葉。私の心をほどいてくれる言葉。
本当に、由紀さんに夢中になっちゃう。
「あの、色々見て回って他になかったら、欲しい棚があったんですけど」
「ん、持って帰れそうだった?」
「いや、ちょっと大きいかも」
「じゃぁ家まで配送してもらいましょう」
「あはは」
私がいなくなったら邪魔になっちゃうかもしれないのに。そういう後先を考えないような人には見えないけど、私のことになると迷いがない気がする。一緒に暮らすって言ってくれた言葉に、行動が伴っているのが嬉しい。迷惑かけたって、それまで織り込みずみなんだろうな。
全部ひっくるめて、ここにいていいって言ってくれてるのが伝わってくる。
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