第20話:あなたとの日々(3)
いつもよりゆっくりできるはずなのに、いつもより一時間も早く目が覚めた。カーテンから漏れる光が淡く染める部屋の中、隣を見れば由紀さんが眠っている。
今日は、由紀さんとお出かけする日。
そうは言ってもそれは午後からで、こんな時間に起きたって由紀さんは後二時間くらいは起きてこないと思う。すっかりと夢の中の由紀さんを見つめる。由紀さんには内緒だけど、最近は少しの間由紀さんの寝顔を見るのが日課になってきている。
「……可愛いんだなぁ」
今のところ飽きる気配はない。花のように少しずつ花弁を開かせたりするわけでもないのに、毎日ただそこにあるものをずって見ていられる。可愛いは正義って本当なのかもしれない。
子供のようにゆるく握られた手が、胸の前に投げ出されている。それにそっと触れて、手のひらで包んでみる。私より冷たい体温がゆっくりと同じになっていく。
一緒にいればいるほど、由紀さんといるのが楽しくなる。好きなものとかもっと知りたくなる。年上の人なのに、可愛いって思う。なんかこう、お世話したくなるというか、かまいたくなる感じ。鬱陶しがられてないか心配なくらい。
手を離して、由紀さんを起こさないようにゆっくりベッドから出る。ぐっと背伸びをして寝室を後にする。由紀さんはまた私に任せるって言うだろうから今日の予定を少し詰めておこうかな。。
「買い物と……美味しいご飯屋さん」
決まっているのはこれだけ。足りない食器や枕を買うのにちょうどいい場所をとりあえず探してみよう。近場であるならいいけど、どうせならどっか大きなショッピングモールとかに出かけたい気持ちもある。どっちのパターンでもある程度決めておいてどっちがいいか由紀さんに決めてもらおう。
ブランチの支度に、軽くリビングの掃除、スマホで今日のルートの検索。一通り終えても由紀さんは起きてこなくて、手持無沙汰になって軽くシャワーを浴びる。ついでに着替えて出かける準備もしてしまおうかな。いや、流石にお腹減ってきたし先に食べちゃおうかな。
「んー、どうしよっかな」
さっぱりして浴室を出ると、そこに由紀さんがいた。
「あ、ごめん」
「あー……おはようございます」
「おはよ」
そう言ってのそのそと脱衣所から出ていく由紀さんの後姿を見つめる。
うーん、見られたな。まだ寝てるとばっかり思ってた。朝の由紀さんはのそのそしていて、あんまり音がないから気づかなかった。由紀さんはシャワーの音とか気づかなかったのかな。まだ半分寝ているのかもしれない。
バスタオルを取って体を拭く。まぁ恥ずかしいけど仕方ない。由紀さんの記憶からすぐに消えてもらうことを期待しておこう。最悪記憶に残ってしまっても体にはそれなりに自信あるし、大丈夫。多分。いや、恥ずかしい。
とはいえここでうだうだしていると由紀さんが洗面台使えないし、とりあえずは髪でも乾かしながら私も忘れる努力をしよう。
「すみません由紀さん、もう洗面台使って大丈夫です」
「ありがとう」
じわじわと恥ずかしさが浸食してくる。ソファーに座って持ってきたドライヤーで髪を乾かす。ドライヤーの風で水分と一緒に記憶も飛ばしてくれないかな。
由紀さんはいつも通りって感じだったし、もう他のことを考えよう。せっかく今日は由紀さんと出かけるんだし、考えても無駄なことに頭の容量を割いても仕方ない。
髪を乾かし終えた頃、ドアが開いてちょうど由紀さんが戻ってきた。由紀さんがコーヒーを淹れてくれるのを横目にパンをトースターに入れて、冷蔵庫からサラダを取り出す。今日はコーンとツナをいれてみたんだけどどうかな。バターとジャムも置いて、焼けたパンを皿に移してテーブルに置く。
「朝から豪華ね……」
「え、豪華とは程遠いような」
「量がしっかりあるっていう意味」
「あー……でももう十時なので私は腹ペコです」
「先に食べてよかったのに」
「シャワー浴びて由紀さんが起きてなかったらそうする予定でした」
「なるほど」
シャワーという単語一つでさっきの出来事を思い出すなんて思春期か。由紀さんは気にせず手を合わせてからのろのろとフォークをサラダに伸ばしている。もしかしたらさっきのことはもう忘れているかもしれない。ゆるゆると咀嚼している由紀さんを見つめていると、不意に焦げ茶色の瞳がこちらをみた。
「食べないの?」
「た、食べます、いただきます」
とりあえず何か違う話題をだして頭から追い出そう。
「由紀さん、今日の買い物どこ行くか決めてたりします?」
「色々と足りないもの買うんだっけ……近くで品ぞろえがいいとなると、新宿とか渋谷じゃない?」
「あ、さっき調べてて、新宿とかどうです?」
もっと近場の場所に行くかなって思ってたけど、人通りの多い場所に出るのが嫌いとかはないみたい。新宿なら美味しいご飯だってたくさんあるし、見るお店もたくさんある。さっき調べた新宿おススメ家具屋さん十選というサイトを由紀さんに見せてみると、スマホを取られた。もしかして、思っている以上に由紀さんも乗り気だったりするのかな。
「じゃあ決まりね」
「もしかして、意外と乗り気です?」
「乗り気というか、別に外に出るのが嫌いなわけじゃないから」
「……由紀さんって好きとか嫌いとかに鈍感なんですかね」
「普通そんなに考えないでしょ」
それでも、寝顔を見られた時の表情とか、アイスを前にしたときの行動とか、由紀さんの好き嫌いは見てれば結構分かりやすいから、好き嫌いが無いとかじゃないんだよなぁ。これからも見逃さない様にちゃんと見ておかなきゃ。
「ちなみにこのサラダはどうです? コーンとツナ」
「ん、おいしい」
そこまでヒットしてる感も感じないけど、とりあえず好きの枠にいれておこう。
ご飯はどうしようか話していると、食べ終えてしまった。由紀さんはまだ少し残っているけど、皿を洗ってしまおう。また買い物をしながら話していけばいいよね。
食器を洗っていると、食べ終えたお皿を持って隣に由紀さんがきた。二人で並んでお皿を洗っていると、あの日の夜を思い出す。遠い昔のような気がするのは、ここ二、三日は本当に四六時中一緒にいるからかもしれない。
由紀さんとの時間が、急速に積みあがっていく。気づけば何時位に由紀さんが起きるかの予想を立てられるようになってるし、当たり前に一緒にお皿を洗っている。
「あはは」
「なに、突然」
「いや……なんかいいなーって思っただけです」
「……ふうん」
うん、なんかいい。こういう穏やかな時間が、由紀さんと一緒にいるとずっと続いていくのがすごくいい。そんな時間が積みあがっていくのが嬉しいし楽しい。最後の一枚を洗い終えて由紀さんを見れば、由紀さんが私の視線に気づいて見上げてくれる。たったそれだけが楽しくて笑えば、由紀さんに怪訝な顔をされた。
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