第19話:あなたとの日々(2)


「今日は付き合ってください」

「ルナに任せるって言ってるのに」


 彼女に引っ張られて家を出る。日照時間も随分と長くなって、外はまだほんのりと青色を残している。

 マンションを出て迷いなくスーパーの方へ歩いて行くルナの後ろ姿を見つめながら歩いていると、彼女が振り返って隣にやってきた。


「今日は由紀さんの好きなもの作ります」

「なんでも好き」

「あ、面倒くさいからって適当言ってる」

「全然見逃してくれないのね」

「ゴールデンウィークはたっぷり時間がありますから付き合ってもらいます」


 時間がたっぷりとあるのも考えものかもしれない。それに、買い物に付き合うのが面倒くさいのは認めるけれど、なんでも好きというのはあながち嘘ではないのだ。

 何が食べたいなんて滅多に思わない。不味くなければ本当になんでもいい。どれも好きだし、どれも好きじゃない。


 とはいえ、ルナが連れ出さなければ今日一日家にいただろうから、買い物位なら付き合ってもいいのかもしれない。隣でご機嫌そうにしている彼女を見ていると思う。


 スーパーに着くと、丁度夕食前なのか人で賑わっている。ルナが籠を持って歩いていくのについていく。


「陳列してる食材を見たら、少しは思い浮かぶはずです」

「ふうん」


 生鮮食品を見ながらゆっくり歩いていく。特価、なんて赤文字で書かれたピーマンを過ぎて、春キャベツも過ぎいていく。見慣れた風景のように、特に何かが目に留まることはなくて、結局そのコーナーの端まで歩いてしまうと、ルナは悲しげに私の名前を呼ぶ。


「もしかして、本当にないです?」

「だから言ったのに」


 ルナが露骨に残念そうに肩を落とすから、申し訳ないような気持ちになってくる。カレーとかオムライスとか、そこら辺でもお願いしようか。ものすごく食べたいわけでもないけれど、出されれば普通に嬉しい。


「和食、洋食、中華、好きなのは?」

「そうきたか……強いていえば洋食」

「もしかしてハンバーグっていい線言ってました?」

「そうね、普通に好き」

「じゃあ今日は一緒にタネから作ります?」

「……」


 露骨に嫌な顔をしてしまった。

 今更取り繕ってもそれを見逃すような人ではなくて、これはダメか、なんて眉を下げてルナが笑う。なんだか子供のご飯に苦労している親でも見ているかのような気分だ。ルナ相手だとついつい繕わずいてしまう。気を遣うということを、彼女といると忘れてしまう。


「まずは食に興味をもってもらうところからですね」

「本当に、ルナが食べたいもの作ってくれたらいいから」

「そうかもしれないですけど、私由紀さんの好きなものとかもっと知りたいんです。映画を見るのとか、寝るのとか、ゲームみたいな好きなもの、他にないかなって」


 そう言って彼女が笑うから、私はどんな顔をすればいいのかわからなくなる。気にしなくていいのに、と思うけれどその言葉が今不正解なのはわかる。それに、少し落ち着かない感覚があるのも確かだ。嬉しい、に近いのかもしれない。


 そういう手法のアプローチをかけてくる人はいるけれど、ルナはもっと純粋な気持ちなのだろう。だからこそ、それを煩わしいとは思わないし、素直にそれに応えたいとも思う。


「何か思いついたら教える」

「はい。 ちなみに、今日はグラタンにしようと思います」

「好きよ」

「よかった」


 ルナがスマホを見ながら、必要な材料を集めていく。レシピにある玉ねぎとほうれん草、市販のホワイトソースを籠に入れる。牛乳とバターは家にあるから飛ばして、マカロニの陳列する場所に行くルナについていく。十歳年上に、おんぶにだっこ状態だ。


 ぐるりとスーパーを一周した頃には、グラタンの材料と明日の朝用のパンが籠の中に入っていた。そのままレジに進もうとするルナを引き留める。


「ルナ、アイス欲しくない?」

「……由紀さんやっぱり甘いもの好きですよね?」

「そう?」

「んー、由紀さんの中の好きの定義が厳しいのかな」


 少し引き返して、アイスコーナーに来ると透明ガラスの向こうに多くのアイスが陳列している。コンビニよりやっぱり種類は多い。暖かくなってきたし箱で買ってしまおうか。ルナもいるとすぐになくなるだろう。


「ルナこれ好き?」

「……あはは」


 中にあんこの入ったアイスを指すと、なぜかルナが笑う。突然のことに理由が掴めず首を傾げると、ルナがドアを開けてそのアイスを籠に入れる。


「由紀さんがこのアイスを箱で買う程好きなのはよくわかりました」

「いや、ルナも食べるなら箱でもいいかなって……」

「それでも、食材を見てた時と全然違う」


 まぁ、確かに。陳列するものを見る気にはなる。

 ルナがずっと可笑しそうに笑うから少し恥ずかしくなってくる。自分が結構甘いもの好きに分類されるなんて、全然知らなかった。


「買い物に付き合ってもらった甲斐がありました」

「それはなにより」

「あれ、笑ったこと拗ねてます?」

「別に」


 彼女よりも先にレジへと向かう。どこも並んでいて、適当に一番近いレジに並ぶと、すぐに隣にルナが立つ気配がした。なんとなくルナがまだ笑っている気がして、ルナの方を見ずらい。拗ねているのかもしれない。


「由紀さん」

「ん?」

「今度一緒にどこか行きませんか」

「……買い物もめんどくさがってる私と?」

「あはは。 でも、由紀さん押しに弱いから、なんだかんだ付き合ってくれるって思ってます」

「……ほんと、賢い猫ね」


 ルナを見上げる。さっきとは違う無邪気な笑みを見ていると、どうしてだろう付き合ってもいいかと思ってしまう。彼女の言う通り、押しに弱いのだろうか。今までそんな自覚は無かったけれど、甘党なこともさっき自覚した位だしそうなのかもしれない。


 それとも、飼い猫にだけ甘くなっているのかも。


「私、由紀さんの好きな物とか、もっと知りたい」


 またそうやって無邪気に笑う。目を細めて、奇麗に口角を上げて、まっすぐに笑われると、まぁ悪くないと思ってしまう。だから甘やかしてしまう。


 レジの順番がようやく来て、ルナが籠を台に置く。商品の値段が読み上げられているうちに、心臓が落ち着いてくれればいいけれど、それはまだ少しかかりそうだった。

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