猫との戯れ

第18話:あなたとの日々

 ルナと暮らし始めて、少しずつお互いの過ごし方が分かってきた。

 端的に言えば、私とルナは暮らし方がかなり違うらしい。


 ルナは大学生で私よりも早く帰ってくるせいか、私が仕事から帰ってくると料理を作って待ってくれている。バランスを考えて作っているのが分かるし、食に関しては私よりは気にかけているようだ。


 後本人曰く七時間寝れば大丈夫らしく、私の方が先に眠くなって私の方が遅く起きている。つまり朝ごはんもルナが準備してくれている。


「じゃあちょっと散歩してきます」

「ん、鍵は持ってる?」

「あはは、根に持ってるなぁ」


 玄関で彼女を見送る。出会った日に鍵がない、なんて嘘をついて私に付いてきたと白状されたから、しばらくは反省させておきたい。

 まぁ帰る場所がなくて困っていたということは本当らしいから、許してはいるけれど。

 

 ルナは散歩が好きでふらりと出かけることがある。特に今の時期は散歩が気持ちいいのだと言う。私は駅との往復くらいしかしないから、少しすれば私よりもここら辺のことを詳しくなっているかもしれない。


 私はコーヒーを淹れて、適当にあらすじを見て決めた映画を流しながら過ごす方が好きだ。たまに隣でルナもみるけれど、特に感想を言ってきたりもせず静かに見ている。膝に頭を乗せてくる日もあるし、隣でスマホを触っているときもあるから、映画自体にはそこまで興味はないように思う。


 ゲームもあまりしないらしく、あまり共通点は見当たらない。


 今日の映画は少し物足りなくて、ソファーに置いたスマホを拾い上げてみると通知が一件。ルナから散歩中に見つけたと、何かの花の写真。何の花かと聞けば、わからないと返ってきた。その下に、そろそろ帰りますという吹き出しが増える。


 まぁ、生活スタイルを合わせようと変に気を遣われるよりはマシだろう。伸び伸びと過ごしてくれているなら何よりだし、そういう場所であったらいいと思うから。


 テレビの画面に視線を戻すと、任務に失敗した男が手当てを受けている。派手なアクションシーンにしてはここまで命を賭す理由が明示されていないからいまいち入り込めない。


 手当を終えた男が部屋に戻ると、恋人が彼を抱きしめる。結構なけがをしていたのに、キスシーンが始まった。玄関の方から物音が聞こえて、リビングの扉が開く音が続く。帰ってきたらしい。


「由紀さんただいま」

「ん、おかえり」


 なんとも微妙な時に帰ってきた。洋画特有の激しめのシーンは、一応ルナの年齢的に問題は無いけれど、この言葉にし難い気まずさはなんなのだろう。


「うわ、すごいですね」


 隣に座ったルナがテレビ画面を見てそう言う。年齢制限のマーク位確認しておけばよかった。今度からこれ位は気を遣おう。


「そういえば、由紀さんって恋人いるんです?」

「……いたらゴールデンウィーク初日から家に引きこもってないでしょ」

「あはは、それは人次第ですけど……でもいないなら良かった」

「え?」


 膝の上に彼女の頭が乗る。散歩をしてきたからか、いつもより少し熱い気がする。相変わらず細い首。テレビを向いていた顔が、ソファーの上で器用に寝返りを打って私を見上げてくる。


「飼い主を独占できる」

「あぁ、良かったってそういうこと?」

「だって恋人くるからしばらく外出てろ―とかあるかもしれないし」

「その場合、そもそもここには呼ばないと思うけど」

「恋人より猫優先?」


 彼女の手が伸びて、私の髪先に触れる。なんだかずいぶんと楽しげな顔をしているけれど、優先されることがそんなに嬉しいのだろうか。

 そういえば、この前ルナを放ってゲームをしていた時もやたらとちょっかいをかけてきた気がする。何もしてないときは構えとは言わないのに、ルナよりも何かを優先するのは気に入らないらしい。


「そういうルナは?」

「私? あー……今はないですね、そういうの」


 彼女の手が力なく落ちていく。髪に触れていた手がソファーに落ちて、ルナの視線がどこか遠くを見つめる。やっぱり、そういう関連でなにかあったのだろうか。また気が利かなかったかもしれない。

 

 いない、ではなくてない、なのも気にかかるけれど、会話を続けるほど無粋ではない。


 彼女の頭を撫でて、視線をテレビへと戻す。嬌声は止んで、また殺伐としたシーンになっている。


「今は飼い主にご奉仕するのが一番楽しいです」

「何度も言うけど、無理に家事とかしなくていいから」

「何度も言ってますけど、やりたいだけです」


 もう一度視線を落とせば、まっすぐにルナが私を見上げている。そう言われてしまうと私は何も言えなくて、ありがとうと感謝を伝えて、彼女を撫でることくらいしかできない。


「そのうちルナが飼い主になってるかも」

「由紀さんのお世話ならいくらでもしますよ」


 大きな目が細まって、雑誌の一ページにでも載っているんじゃないかってくらいに奇麗に笑う。


「だから、しばらくは恋人つくらないでくださいね」

「そういう話?」


 そう言うと、ルナはくつくつと笑いだす。いたずらっ子のような顔に、やっぱりこういう顔も似合うなと思う。笑っている方がルナには似合う。テレビでは豪快に建物が壊れて銃声が鳴り響いている。


 結局この日は、映画も見ずに二人ソファーに座って過ごした。


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