第10話:あなたは猫だから


 何かが触れる感触がある。私の手のひらに触れているそれの正体を確かめるように掴んでみると、柔らかな感触があった。ゆっくりと瞼を開けると、カーテンから漏れる朝日が部屋に差し込んでいて、ルナの手が、私の手に重なっていた。


「ようやく起きた」

「……何時?」

「えぇっと……もうすぐ十時になりそうです」

 

休日にこの時間ならいいほうだろう。ルナがちょっかいをかけていなければきっとお昼ごろまで寝ていたと思うし、ルナがいまここにいなければきっと二度寝していると思う。


「ルナはいつから起きてたの?」

「三十分位寝顔見てました」

「うわ、悪趣味」


 カラカラと笑うルナは、軽快にベッドを降りリビングへと消えていく。夜はくっつきたがるくせに、朝はそうでもないらしい。基準が良く分からないけれど、まぁ別にどうでもいいか。

 ぐっと体を伸ばす。筋肉がほぐれていく気持ちよさに、意識がはっきりとしていく。けれどルナのようにベッドを降りる気力はなくてぼうっと天井を見つめる。


 それに、何か忘れている気がする。


「由紀さーん! また寝てるんですかー?」


 リビングの方からルナの声がする。若い子って元気が有り余っているのだろうか、なんて考えたけれど私があんなに元気だった時代なんてなかった気がする。そんなことをぼんやりと考えていると、寝室の扉が開いて彼女がひょこりと顔を覗かせた。


「起き上がってもいないの、ギャップというより予想通りって感じですね」

「私の事わかってきたんじゃない?」

「当初のイメージが恋しくなってきました」


 そう言うルナは当初のイメージとそこまで変わらない気がする。強いて言うなら、最初の印象よりは明るく元気なところがギャップ、になるのだろうか。彼女がベッドの縁に座って、私を見下ろしている。まるで私の方が猫みたいだなと、ぼんやり思う。


「眠いです?」

「眠くはないけど……起き上がるのはもう少しかかるかも」

「そういうものですか」


 彼女の手が私の前髪に触れる。変な寝ぐせでもついているのだろうか。何度か整えるように撫でた後に、朝起きた時にしていたように、私の手を握ってくる。


「ルナって結構人にベタベタする人?」

「んー……飼い主にだけ懐いてる猫ですかね」

「フフフ、そうだった」

「由紀さんは、ベタベタされるの嫌いですか?」

「人間ならね」

「……私って猫ですよね?」

「そうなんじゃない?」


 見下ろしている目が楽しげに細まる。


 次の瞬間、彼女の体が思い切り倒れ込んできてベッドが揺れた。重すぎない重みがのしかかって、彼女が意地悪な顔で笑っている。本当に、朝から元気すぎる。猫というよりは犬のようなはしゃぎ方に、名前を変えてあげるべきかもしれない。


 覆いかぶさってきた体が少し持ち上がって、彼女の大きな目がすぐ近くで私を見つめている。


「暴れたらお腹すきました」

「身勝手すぎない?」

「猫なので」


 猫なら、まぁ仕方ないか。

 腕を引っ張られて渋々起き上がると、よくできました、なんて言われてしまった。近い将来お世話されているのはこっちになっているのではないだろうか。


 年上としての矜持とやらを少しくらいは保っていたいのだけれど。

 

「そういえば、今日の朝ごはんを買うの忘れてましたね」

「家にあるものでも何か出来るとは思うけど……どうせだしコンビニでも行く?」

「おー、いいですね」

「ん」


 彼女は今日はいつまでいるのだろう。そう頭の中に思い浮かべたとて、言葉にするつもりはなかった。いたいだけいればいいし、帰りたいときに帰ればいいと思ったから。朝ごはんを食べたいなら一緒に食べればいい。午後に予定があるのなら帰ればいい。


 ルナには、そういう存在であってくれたらいいと思う。

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