第9話:夢現

 ケーキを食べ終えて、また他愛のない話をすれば驚くほどに早く時間が過ぎていた。やっぱり絶妙な距離感は心地いいらしい。


 私が一つあくびをかみ殺したのを見て、寝ることを提案してくれるほどには彼女はよく見ていると思う。だからこそ測れる距離なのかもしれない。 


 ただ一つ、彼女の距離感がどうやらおかしくなる時があるらしい。

 ベッドに入って、消灯してしばらくすると、彼女がまたくっついてきた。昨日と同じように私の体に腕を回して、首元に彼女の髪が触れる。隙間を無くすように器用にくっつかれると、触れた所から彼女の体温が入り込んでくる。


 もしかしたら彼女は、抱き枕が無いと寝られないタイプなのかもしれない。


 夜はまだ少し冷えるけれど、長袖のスウェットに羽毛布団で十分で、彼女の体温まで加わると私としては大変寝づらい。今日寝不足なのも昨日こうやってくっつかれたせいで、今日は流石に早く寝たいのに。


「ねぇ、寝づらい」

「なんか由紀さん柔らかくて気持ちいいんですよね」

「ルナは体温高くて暑い」

「冬だと重宝されます」

「残念ながらもう春で冬はまだまだ先なの。 だから離れてくれる?」

「あはは……んー……」


 悩んでいる声を無視してルナの肩を押す。背中に回っていた腕が解けて、暗闇の中でルナの目が猫のように丸く見える。じっと見つめてくるのは、ルナにしてはしつこいかもしれない。でも残念、三大欲求の中でも睡眠が圧倒的に優先事項なのだ。素早く寝返りをうって目を閉じる。


 後ろから何かうめき声が聞こえてくるのも無視をしていれば、すぐに止んだ。どうやらようやく諦めてくれたらしい。寝不足だった分、目を閉じていればすぐに眠気が襲ってくる。きっともうすぐ日付が変わって、私の誕生日が終わる。


 人生の中で一番奇特な誕生日の思い出になるのだろう。

 けれどまぁ、悪くはなかったかもしれない。


「背中にくっつくのはダメですか」

「……」


 意識が半分程薄れた世界で、ルナの声がする。ダメ、という言葉は果たしてちゃんと言葉に出来たのだろうか。落ちていく意識の中で、背中に何かが触れる。

 何かが背中をなぞって、ゆっくりと触れる。お腹に回る感触に、落ちかけていた意識が少し浮上する。


「由紀さんに触れるのは、大丈夫なんです」


 ルナがいう言葉の意味は、なんだろう。いや、もしかしたらルナはもう私が寝ていると思っているかもしれない。考えるべきなのに、意識が持ち上がらりきらない。明日の朝に聞けばいいだろうか。それとも聞いていないふりをするべきだろうか。ダメだ、どうしようもない眠気が押し寄せてくる。


「同じ女の人なのに」


 同じ、女の人……?

 最後に聞いたその言葉を、私は朝まで覚えていることが出来るだろうか。いや、覚えておかなきゃいけない気がする。ルナを知るうえでとても大切な、ルナが唯一教えてくれた、ルナ自身のことのような。


 意識を手放す直前に、そんなことを思った。

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