第4話:夜行性
「いやいやいや、おかしいですって」
「でもその身長だとこのソファーはかなり窮屈でしょ?」
「だからって家主のベッドを奪うなんて流石に悪いです」
大胆な提案をしてくる割に、ソファーに座るのを躊躇ったりベッドを気にしたりはするらしい。私はこのソファーで寝落ちてしまうことも時折、いやしばしばあるから本当に気にしないのに。
ただでさえ少し会話が弾んで夜は深まっているのに、こんな押し問答で更に睡眠時間が減ってしまうのは惜しい。私は頭の中に念のためにとっておいた最終手段を使うことを決意する。
「だったら、ベッドで二人ならいいでしょ?」
「え?」
これならお互いベッドで寝れるし、お互いの意見も汲んでいる。これ以上平行線をたどる会話をせずに寝ることができる最適解なはずだ。
実は寝相が悪い、なんて言われたら、その時はもうソファーに寝てもらおう。流石に蹴られたくはない。
「私はいいですけど……由紀さん意外と大胆ですね」
「ルナ、変な言い方しないで」
「あはは」
彼女の目尻が細まってくすぐったそうに笑う。
ルナ、と呼ぶたびにそうされては逆に呼びづらいのだけれど、まぁ気に入っているなら良しとしよう。
少し話は逸れたけれど、ようやくお互い納得がいったのでルナを連れて寝室に入る。
きょろきょろと部屋を見回すルナは、私がベッドに入るのを確認してから遠慮がちにベッドに入ってくる。律儀な猫。いや、これはどちらかというと犬だろうか。
「明日も仕事だから朝早くアラームが鳴るけど大丈夫?」
「一緒に起きます」
「そう……じゃぁ、おやすみなさい」
おやすみなさいと隣から返ってくるのは何年ぶりだろう。
電気を消して天井を見つめる。真っ暗で静かな部屋に、他人の気配がある。半日前まで何も知らなかった赤の他人が、今となりに寝ている。
毛布の中で何かが動く気配がして、その気配が私の肩に触れた。隣を見ると、彼女はこちらを向いて横になっている。暗闇の中でもまん丸な瞳が見えて、それを見つめ返していると彼女の手が肩から腕へと伝っていく。
「ルナ?」
ゆっくりと腕を滑っていくルナの手がくすぐったい。彼女の手が私の手を握って、彼女の指が私の指の間に入り込んでくる。
「何してるの?」
「んー……なんでしょう?」
また質問返し。どうやら彼女に答える気はないらしい。まぁ別にこれくらいなら、好きにさせておこう。
もう一度目を瞑る。右手に彼女の手の温度。それに、なんだか、視線を感じるのはきのせいだろうか。どんな状況でも寝られる自信はあるけれど、流石にこれは気になる。
「ねぇ、やっぱり何かあるでしょ?」
「あはは、見てたら寝れないです?」
「それが狙いなの?」
「そういう訳じゃなくて……だって寝たら由紀さんとお別れになっちゃうでしょ? もったいなくて」
「……」
なかなか可愛いことをいってくれる。ついついまた遊びにきたらいい、なんて言ってしまいそうだった。今でも、その言葉を言ってしまおうか迷っている自分がいる。
「寝て起きたら、また戻っちゃうんだなぁ」
「……別に、また来たらいいんじゃない?」
しまった、言ってしまった。
私はどうにも、彼女のこの悲しげな、困ったように笑う表情に弱いらしい。
「いいんですか?」
「……まぁ、たまになら?」
いや、ダメに決まっている。野良猫に餌をあげるようになったら、いつの間にかその野良猫が家に住み着くようになった、なんてどこかで聞いたことが思い浮かぶ。今すぐに訂正をしないといけない。
「由紀さんって優しいですよね」
繋いでいた手に、彼女のもう片方の手が被さる。両手で大切なもののように握りしめられると、心臓が変な動きを始めてしまう。何をドキドキしているのだろう。訂正の言葉が、喉につっかえて出てこない。
「でも、気を付けた方がいいですよ」
「え?」
「優しさに付け込んで近寄ってくる人って、多いですから」
そう言って彼女が笑う。まるで、自分がそうだと言っているかのように聞こえて、胸がざわつく。まさか、今日の全部が計算なんてわけは無いだろう。
彼女は並々ならぬ事情があって、家に帰れなくて困っていて、たまたま私がその場にいただけなはず。それが計算なんて、まさか。
「家に帰れない事情があるのも、殴られたのも本当ですよ。 でも、だからって本当に家に泊まらせてくれる人なんて、普通はいないです」
「でも……困っていたから」
「だから、優しい」
「……でも、ルナじゃなかったら多分泊めていないと思う」
意外と律儀なところ、私のトーンに合わせて静かに話してくれるところ、偶に冗談をいうところ。彼女のそういうところが、私の心を油断させてしまうのだ。
シーツの擦れる音、彼女がこっちに近づいて、体に彼女の体温が伝わってくる。背中に回る長い腕の感触。首に彼女の髪が当たっている。
「本当に、いつか変な人に捕まらないか心配になりますね」
「それは、現在進行形でルナに捕まっているこの状況を突っ込めばいいの?」
「あはは、そうかも」
力がこもって、密着する。彼女の息遣いが聞こえてくる。そのまま彼女は何も言ってはこなくて、私は彼女に抱きしめられたまま寝なくてはならないという高難易度のミッションを課せられることになった。
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