■3 キャンプで添い寝で星を見上げて

 パチンと炎が爆ぜる音。

 聞こえる夜の虫の声。


「……ごめんなさい、リスナーさん。あのドローン、旅の苦楽を共にしたリスナーさんの相棒だったんですね。なのに、わたしのために……」


 炎の音。

 彼女の声は少し遠い。


「やっぱり、落ちこんで……ます?」


 衣擦れの音。


「でも見るからに半べそじゃないですか。あの、わたしが添い寝で焼いたマシュマロを咀嚼したりしたら、元気になったりします?」


 イヤフォンに風を切る音。


「うなずきすぎですよ。ヘドバンじゃないんですから。さっきまでの落ち込みが、うそみたいですね。ほんとリスナーさんって……なんでもないです。とりあえず、マシュマロ焼きますね」


 しばし、たき火の音。


「それにしても、リスナーさん用意がいいですね。寝袋じゃなくて、丸めたタオルケットを持ち歩くなんて。まあ……気持ちはわかります。タオルケットって、こんな世界でも優しくわたしたちを包んでくれますしね。わたしも好きです」


 炎の音。


「そろそろいいかな。それじゃあリスナーさん横になって……もうなってますね。目がきらきらしてますね。なんかやだなあ……まあやりますけど……」


 衣擦れの音。


「それじゃあ、ふーふーして……」


 耳元にかかる吐息。


「いただきます」


 咀嚼音。

 はふはふという少女の声。

 しばらくは会話もなく、少女は食べ続ける。


「前にリスナーさんコメントしてましたよね。こういう音とか、ジェルボールをぐちゅぐちゅする音って、『脳が気持ちいい』って。わたしは水のせせらぎとかのほうが好きですけど、いまリスナーさん気持ちいいんですか」


 無音。


「なんか……口元がゆるんでますよ。気持ちいいんですね。ちょっと複雑な気分です」


 鼻から息を吐く少女。


「今日はたくさん歩きましたね。リスナーさんはわたしよりもっと疲れたでしょう。そろそろ眠いんじゃないですか? 寝ちゃう前に耳そうじとかします? ……あ、耳かきないんだっけ……」


 寝返りを打ったような音。

 ごそごそと、リュックをまさぐる音。


「リスナーさん、なんで持ってるんですか……しかも梵天つき……変態……」


 少女の呆れた声。


「そんな悲しそうな顔しなくても、ちゃんとやりますよ。リスナーさん、わたしを助けてくれたヒーローなんですから……膝枕とか、します?」


 衣擦れの音。


「その首振りは、遠慮してるやつですね。別にいいですよ、そのくらい。出会ってからずっとくっついてるんですから。よいしょ」


 がさごそと、衣擦れの音。


「じゃあこっちの耳から始めますね」


 左耳に、耳かき音。


「リスナーさん、よだれ出てますよ。次、反対側やります」


 右耳に、耳かき音。


「気持ちいいですか?」


 耳かき音。


「こうして間近で見ると、リスナーさん子どもみたいでかわいいですね……」


 耳かき音。


「気持ちいい顔のまま寝ちゃったみたい。いまならキスしても気づかなそう……」


 耳かき音。


「リスナーさん、わたしのことどう思ってるのかな……」


 パチンと炎が爆ぜる音。


「あっ! あれっ? もしかして、いまわたし思ってること口に出してました?」


 衣擦れの音。


「首振ってますけど、目がきょどってますよ……わたし、言っちゃったんですね……」


 間。


「聞いたなら、答えてくださいよ」


 間。


「無口なら、せめて行動で示してくださいよ」


 ごろりと、少女が横になる音。


「わたしはこれから、リスナーさんのコミュニティにお世話になるわけでしょう。そしたらさすがに、もうこんな風に添い寝できないと思うんですが」


 間。


「いまが最後のチャンスですよ」


 間。


「『なんのチャンス』って顔してますけど、最初にリスナーさんが言ったんですよ。『俺がなぐさめてやる。いっぱい頭をなでてやる』って。イキってるのはコメントだけですか?」


 間。


「わかった。リスナーさんがイメージしてた『頭なでなで』と違うんでしょう? 添い寝なんだから、こうすればいいんですよ。はい」


 ごそごそと、衣擦れの音。


「腕枕、初めてですか? わたしは初めてです。男の人の匂いがします。あ、臭いってわけじゃないですよ。なんていうか、男の人の、匂い、です……」


 間。


「ほら、わたし恥ずかしくなってますよ。かわいそうですよ。ちょっと反対の手を伸ばして、頭をなでて……やっときたあ」


 耳元に、ふふっと機嫌よさそうな声。


「気持ちいい。おしゃべりなわたしと、無口なリスナーさん。最初からこうやってくっついてればよかったんですね」


 わしわしと、強めに頭をなでる音。


「ふーんだ。そんなことされても、わたしは気持ちいいもんね」


 しばらく火の爆ぜる音。


「星、きれいですね。こんな風に夜空を見上げるの、すごく久しぶりです。どのくらいだろう……【冬】の前の、花火大会以来かな」


 間。


「えっ? リスナーさんのコミュニティには、花火があるんですか? すごい。楽しみが増えました。早くいってみたいです。でも……そうすると、もう添い寝でささやきできなくなっちゃいますね」


 間。


「ASMRマイクもあるから大丈夫? なるほど。さすがリスナーさん、用意がいいですね。わたしはコミュニティのどこかで、こっそり配信する。リスナーさんはコミュニティのどこかで、こっそりそれを聞く。なるほどなるほど……って、それリスナーさんが気持ちいいだけじゃないですか! わたしは!? わたしの頭なでなでは?」


 がさごそと、頭をなでる音。


「いまいっぱいなでてくれても、貯金できるわけじゃ……ひゃっ」


 物音。

 いっそう耳に近い、彼女の吐息。


「……やればできるじゃないですか。ハグも……気持ちいいですね。今夜はこのまま眠りたいです」


 再び頭をなでる音。


「もっと、ぎゅってしてください」


 きしむ音。


「わたし、リスナーさんと出会えて本当によかった。ずっとあなたのために配信をしてきてよかった。そうじゃなかったら、会って一日の人をこんなに好きにならないですもん。出会う前から、距離は遠くてもわたしたちずっとくっついてたんですね」


 間。


「いまわたし、さらっと告白しちゃいましたね。たぶんリスナーさんにも、わたしの胸のどきどきが伝わってると思います」


 かすかに聞こえる、胸の鼓動。


「あなたが好きです」


 ぎゅっと、抱きしめる音。


「……うれしい。わたしたち、配信をしている間に、聞いている間に、お互いのことを好きになっちゃってたみたいですね。会う前からくっついてたから、いまもこうしているのが自然な感じです。まあどきどきはしますけど……」


 衣擦れの音。


「このままリスナーさんとふたりで、ずっと旅をできたらいいのに……冗談です。わたしのわがままで、リスナーさんを危険な目に遭わせるわけにはいきませんからね」


 間。


「でもせめて、神戸に戻るまでは、毎晩こうしてください。ぎゅってして、頭を撫でて、それから……」


 間。


「な、なんでもないです。この星空だと、きっと明日もいいお天気ですよ。もう寝ましょう」


 たき火の音も、虫の声も一斉にぴたりと止まる。


「それじゃあ、おやすみなさい」


 たっぷりと感情をこめた言葉が、右耳にささやかれた。

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終わった世界でASMR配信をする彼女に会いにいく 福沢雪 @seseri

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