第54話

「海斗、ちょっと質問なんだけど、いい?」


「ん? いいけど?」


 海斗は珍しそうな顔で聡太を見た。聡太が質問してくるなんてあまりないから。


 新幹線の車内であまり大きい声で話さないように注意しないと。そう聡太は周りを一度見て口を開いた。


「海斗は、これまで何人の女性と付き合ったことがあるの?」


「……えっ、どうしたの? 急に」


 海斗は先ほどより不思議そうに聡太を見た。本当、彼はどうしてしまったのか。


「いや、単純に気になったから」


 聡太は顔色を特に変えずに言った。彼が恋愛話を自分からするなんてないから、海斗は思わず目を見開いた。


 しかし、彼がこの話をするようになったのはやはり美優のおかげだろう、と海斗はにらんでいた。正月に美優と再会して以来、聡太はどこか変わった気がしたから。雰囲気、表情が以前より柔らかく、豊かになったように見えるからだ。


「そうだな。付き合ったことがあるのは、四人だな。高校で一人、大学で二人、社会出て一人だな」


 海斗は過去の交際経験を隠すことなく言った。


「そう。けっこう多いんだ」


「多いのか? 俺より多いやつなんていくらでもいるしな。確か翔なんて十人くらいじゃなかったかな」


 海斗は後ろに座るメンバーの毛利翔を見やった。しかし、彼はぐっすりと熟睡していた。隣の武田大成も同じように口を開けて寝ていた。


「ダメだ。こりゃ起こさん方がいいな」


 聡太も彼らに目を向けた。彼らの寝顔を見て、くすりと微笑んだ。


「で、どうしたんだ急に。聡太がそんなこと訊くなんて珍しいじゃん」


 海斗は、美優のことだろうな、と予想しているが、あえて口にしなかった。


 聡太は少し考えるような顔つきになった後、こう言った。


「海斗も知ってると思うけど、俺は女性と交際したことがない。だからわからないし、不安でもあるんだ。俺は周りの人より経験がないから」


 海斗はそう語る聡太の顔を見た。世間から見たら普通の人よりも多彩な才能を持ち、顔は良く性格も悪くなく、多くの異性から好かれ、経験もあると彼は思われているだろう。しかし実際はこうだ。彼はやっと長年のトラウマから少しずつ前に進もうとしている純粋な男だ。このことが世間が知れたらどうなることだろうか。


「経験がないことに不安になることはわからんでもないな。俺も初めて付き合う時とかはそうだった。ていうか、おそらく皆そうだからな」


「そうなのか?」


「ああ。ただ聡太は世間の平均から少し遅れているだけで、何も恥じることじゃない。周りから遅れてるからって劣等感を抱くかも知れんが、そんなの無視すればいい」


「そうか」


「それに、付き合う人数だって気にする必要ないからな」


 聡太は、少し不安な色を目に宿した。


「だけど、この歳で一人もいないって、あまり良いイメージ持たれないんじゃないのか?」


 抱いていた不安を聡太は口にした。そういった声をネットとかで見たことがあるから。


「例えば?」


「例えば、異常者扱いされるとか…」


 確か、そんなことが書かれていた。


「なるほどな。いるな、確かにそういうこと言う奴。俺も以前会ったことあるけど、そういう奴はすぐに相手を見下す癖があるから。無視無視。相手を見下して、優越感に浸りたいだけの視野の狭い奴だから相手にすんな」


 ここまではっきり言われるとは思わず聡太は意外そうに彼を見た。


「あんまりネットとかの意見を鵜呑みにはするなよ。恋愛なんて何歳からでも関係ない。自分がしたい時でいい」


「そう」聡太は心の内が軽くなったのを感じた。


「大丈夫だ。聡太ならな。また気になることがあったら言ってくれ。アドバイスになるかわからんけど」


 海斗はそうしてアイマスクをカバンから取り出した。もう少し時間があるから寝るつもりなのだろう。


「ありがとう。海斗」


 心の底から海斗が側にいてくれたことを嬉しく思った。



◆◆◆



 地元に帰るのは正月以来だった。今回帰省する理由は、ある一つの依頼があったからだ。


 その依頼が事務所を通して聡太達の元に届いたのは八月に入る前だった。依頼者は聡太が通っていた高校の女子生徒だった。しかも生徒会長だ。そのことを聞いて聡太と海斗は驚いてお互いの顔を見た。


 なぜ一人の女子生徒が急に? 聡太達は疑問を浮かべた。


 マネージャーが続きを話すと、聡太達はさらに驚いた。女子生徒の依頼内容は、文化祭でライブをしてくれないか、というお願いだった。


 高校の創立七十周年ということもあり、例年より盛り上がる文化祭にしたいとのこと。校長も女子生徒の願いを容認している。


 聡太達はこの話を受けるかどうか話し合った。八月下旬からライブツアーがあるため、そのことに支障しないかだけが懸念事項だった。


 しかし、話し合いの中で否定的な意見は出なかった。むしろメンバー全員やりたいと口を揃えた。だからすぐに話し合いは終わり、学校側に出演することを報告した。


 そうして今に至る。ライブツアーに支障が出ることなく、順調に調整が進んだ。


 新幹線が目的地に到着し、聡太達は手配された車に乗り込み、高校に向かった。


 車窓から外の景色を見ると、帰ってきたんだ、という思いが込み上げてきた。地元に帰ると不思議と安心感で心が満たされる。


 それと今回の帰省にはもう一つ楽しみがあった。それは美優のことだ。聡太は正月以来、定期的に彼女と連絡を取り合っていた。美優にも今回の帰省の話をしており、会って話でもしようとあらかじめ決まっていた。


 彼女に会える。それだけなのに鼓動が速くなる。まるで自分が自分ではないかのようだ。


 高校に到着すると、周りを見渡して過去を思い返した。懐かしいな、と海斗と声を合わせた。それから聡太達は周囲に警戒して校内に侵入した。文化祭前日の平日の昼間ということもあり、生徒は飾り付けやらの準備中だった。バレたら問題なるため、慎重に歩をすすめた。


 やがて問題なく校長室に着き、聡太達は中に入った。中にいた校長と握手して、歓迎を受けた。


 校長としばしの間話をすることになった。校長は聡太と海斗が在学していた頃の人物とは変わっていた。それでも彼は卒業生である二人とメンバーとの会話を楽しんでおり、話しやすい人物だった。


 しばらくすると扉をノックする音が聞こえた。扉が開くと、一人の女子生徒が入ってきた。


 女子生徒は扉を開けて室内を見ると、驚いたように、「えっ!」と声をあげて口を覆った。


 聡太はすぐに彼女が今回の話を送ってきた女子生徒だとわかった。聡太達は彼女に自己紹介をし、今回の話を頂いたことの感謝を口にした。女子生徒は涙を流して、ありがとうございます、と声を震わせた。


 女子生徒の名前は白石由衣。凛とした雰囲気を持ち、綺麗な顔立ちだった。聡太は正義感が強い子というイメージを抱いた。


 由衣と少しの間話をすることになると、どうやら彼女は聡太達のファンということがわかった。そのことに聡太達が今度は驚いた。中でも彼女が一番好きなのはーー。


「聡太君の大ファンです…」


 視線を下に向けながら彼女は言った。時折、聡太のことを何度も見るその視線は、恥ずかしさや照れが容易に伝わってきた。


「ツーショットとか撮ってもらったら?」と海斗が由衣に言うと、彼女は恐れ多そうに聡太に視線を向けてきた。聡太はもちろん断ることもなく、いいよ、と言った。


 聡太は立ち上がって、彼女が横に来るように手招きした。由衣はそわそわした足取りで横に立った。そうしてツーショットとメンバーと校長を含めた全員で写真を撮った。由衣から「握手してください」と言われたので、ちゃんとそれにも応じた。もう手を洗えないと言う彼女に聡太は、ちゃんと洗ってね、と苦笑しながら告げた。


 今回のライブは校長と由衣以外の人は知らない。サプライズライブだ。本番は明後日。


「まさかまたここでライブするとは思わなかったな」校長室を出て、海斗は言った。


「確かに」


 約十年前は高校生だった自分が、今度はプロとして舞台に立つとは想像もしていなかった。

本当に何の巡り合わせだろうか。

 

「最高なライブにしよう」


 聡太がそう言うと、メンバー全員が首を縦に振った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る