第50話

「好きです。付き合ってください」


 初めて告白されたのは中学二年の時だった。全く関わりのなかった他クラスの子だ。後に知ったが、クラスではいつも中心的な人で、男女共に好かれていたとのこと。


 初めての異性からの告白に聡太の心境はこうだった。


(好き? 俺のことが? 何で? 絶対嘘)


 全く、相手の言葉を信じることができなかった。彼女の言葉をかき消すように、頭の中でノイズが発生する。この症状を発症して、もう数年経つ。


 当然、聡太はこの告白を断った。「ごめんなさい」の言葉を受けた相手の顔は、今にも泣きそうだった。それ以上は何も告げず、その場を去った。


「私と、付き合ってください」


 二人目に告白して来た人は、一人目の数週間後だった。


(まただ。全然、好きそうに見えないんだけど…)


 一人目同様に断った。相手は笑って、大丈夫、と誤魔化した。聡太は相手を刺激させないように、何も言わないでおいた。


 中学で三、四人。交際を申し込まれたが、全て断った。聡太の女性不信はひどい有様だった。


 高校に入ってからも異性からは好かれた。自分でもわかっていた。顔に魅力があるのだと。でも不思議なことに、それで傲慢になることはなかった。むしろ、「何で俺なんかが良いのか」と思っていた。


 新谷美優と初めて言葉交わしたのは、高校一年の時だった。同じクラスになり、何かと声をかけてくれる子だった。

 

 図書館でほぼ毎日授業後に勉強するのが日課だった聡太はある時、彼女と一緒に下校する機会があった。彼女と昇降口でばったり会い、一緒に帰らないか、と誘われたので、仕方なく共に帰ることになった。


 あれこれ話をした後、別れる際に彼女から告白を受けた。しかし、当然聡太は断った。いつものように頭の中でノイズが流れた。


 告白を断った後、彼女は何でもなかったかのよう笑って、その場から去っていった。


 それから美優とは、長らく言葉を交わさなかった。告白の気まずさからか、彼女は目が合うと、すぐ横に逸らした。廊下ですれ違うだけでも、気まずさが生まれるようになった。


 しかし、高校三年生になって彼女と言葉を交わすようになった。きっかけは、文化祭だった。それから、彼女との間にあった気まずさはなくなった気がした。


 高校卒業後の進路で、彼女も同じ大学を受けることには驚いた。結果的に彼女も合格して、その先関係が深まっていくとは、卒業前は思いもよらなかった。


 高校三年間の間で聡太はかなりモテた。自分に寄ってくる女性は絶えなかった。中でも美優と、一つ下の乾春奈の二人の印象がとても強い。彼女らは不思議と頭に残る人だった。けど、彼女達を好きになること、興味を抱くことはなかった。心の奥底で、彼女達に近づくことが怖かったのだ。


 大学生となって美優とは話す機会も増えた。海斗と彼女の友人の沙耶と絡むようになったことが要因だろう。高校生活ではなかった環境の変化に、新鮮味を感じた。


 嘘の彼氏を演じて、美優に迫る男を振り払ったことがあった。そこから一定期間、彼女の彼氏として振る舞うことになった。あの時何故、彼氏だから、と嘘をついたのか今でもよくわからない。ただ体が勝手に動いていた。


 たぶんこの時から、聡太の中で美優に対する意識が変わっていった。彼女に興味を持つようになった。


 でも、結果的に彼女との関係は深まることはなかった。自分の夢のために、東京に行くことを決めたから。


 彼女と離れ、東京での生活が始まった当初は、毎日神経がすり減っていくようで、辛い日々だった。売れない日々、いつ売れるのかわからない不安が心を痛めつけていた。


 聡太以外のメンバーは恋人を作って、心身を上手く癒していた。女性不信の聡太は全て一人で、やりくりをしていた。自分だけ違う状況に、特になにも感じることはなかった。こういう人間だから、と決めつけていた。


 社会人になってから、女からは迫られることはあった。でも、学生時代と何一つ変わらず、深い関係になることはなかった。


 いつまでも聡太の頭と心には、子供の頃の出来事がこべりついてる。今も、ずっと。


 そんな聡太の前に、美優が再び現れた。学生時代から優れた容姿持つ彼女だったが、歳を重ねて魅力的な大人の女性になっていた。


 彼女は、まだ自分のことを想い続けているようだった。そのことに対し、どうして自分なのか、不思議に思った。


 新谷美優という女性は何故そこまで自分にこだわるのか。それに何故、自分もここまで彼女の存在が気になってしまうようになったのだろうか。再会して、その感情が強くなった。


 これまでの人生で、特定の女性について考えることはなかった。けど、一人の女性を知ってみたい、そんな想いが心の奥底に芽生えはじめていた。



◆◆◆



 聡太の話を聞いて言葉が出なかった。それほどまでに彼の過去は辛いものだった。


「ーーと、まあ、こんな感じかな」


 彼は話を終えて、苦笑した。


 美優は、何も言葉を発しなかった。いや、出なかったというべきか。それほど、彼の話に衝撃を受けた。


「新谷さん?」


 聡太が尋ねてきた。それで、やっと声が出た。


「あ、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって…」


「まあ、そうだよね。あまり人に言ってないことだから」


 またも聡太は苦笑した。その顔は、いつもより弱く、儚げに見えた。


 いけないーー美優は我に返った。自分がやるべきことを思い出し、心を入れ替えた。


 彼の話を聞いて、やっとわかった。聡太のこれまで行動が、態度が。彼はずっと抱え込んできたのだ。


 美優は言わなければいけない。彼のために、自分のためにも。


 拳を握りしめ、絶対に負けない、と自分を鼓舞した。


 



 


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