第48話
一旦、自宅に帰った聡太は、一時間ほど仮眠をとった。普段はこうして寝ることもできないから、休みとは本当に貴重なものだと思い知らされる。
仮眠後、スマホに連絡があった。海斗からのメールだった。「もう三十分後に行く」と送られていた。今回の彼は寝坊しなさそうだ。
約束通り三十分後、海斗はやってきた。聡太は彼の車に乗り込んだ。車酔いしづらい匂いたがら、車内は心地よかった。
「何か、眠そうだな。もしかして寝起きか?」
「三十分前に起きたんだけどね。まだ疲れが取れていないのかも」
「葉瑠ちゃんに相当こき使われたんだな」
「ああ、全くだよ」
海斗があはは、と声を出して笑った。
「せっかくの休みなのに、大変だな」
「全然休めた感じがしない」
仕事とはまた違う疲れが出ている気がしている。正月休み、増えてくれないだろうかと聡太は心の底から思った。
車が走り出したから約三十分程。目的の神社に着いた。コインパーキングに車を止め、神社の外周に出た。
「うわ、すごい人だな…」
海斗がぼそりと言った。彼の言葉通り、神社外周は群衆であふれていた。元日から数日経ってもまだ人は減らないようだった。
「仕事始まってもこんなにいるんだな。ちょっとナメてたわ」
「俺も」
お互い、苦笑いを浮かべた。二人は、変装用のサングラスと伊達メガネをかけた。
「賀喜さんとは連絡取ってるの?」
聡太はそう尋ねた。自分は今回の件は海斗以外連絡をとっていないからだ。
「ああ、取ってるよ。正面入り口で待ち合わせの予定」
「そう」
聡太は数年前、過去の連絡先を全て削除した。今は仕事上で連絡する者だけを、登録している。だから沙耶や美優のは持っていなかった。
「お、いたいた」海斗が言った。おーい、と叫ぼうとしたが、自分の立場を考えて思いとどまった。
「あっ、松浦! 神谷君!」
おーい、と沙耶が手を振った。彼女の横にはもちろん美優もいた。聡太達は人をかきわけて彼女達の前に移動した。
「よっ、二人とも。来るの早かったな」
約束の時刻は十八時だった。まだ十分程度時間があった。
「そういうあんたこそ。今回は寝坊しなかったのね」
「さすがに二日連続だと、聡太に怒られるからな」
苦笑いを浮かべ、海斗は聡太の顔色を伺った。聡太は何も言わずに彼の目を見つめ返した。
「それよりさ、大丈夫? こんなに人いるけど」
沙耶が周りを見渡した。二人の素性がバレないか心配なのだろう。
「大丈夫だよ。ほら、ちゃんと変装してるだろ?」
海斗はサングラスに手を当てた。
「何で夜なのにサングラスしてるのか、不思議に思われるわよ」
「あっ、確かに」
「誰もサングラスなんてかけてないね」
美優は苦笑いで言った。
「でも、メガネなんてないしな。まあこれでいっか」
海斗は諦めたようだ。
「神谷君はいつも変装はそんな感じ?」
沙耶に訊かれた聡太は、うん、と頷いた。
「よーく見たら、わかるね。一瞬だったら、わからないかも」
「確かに」
女性二人は聡太の顔をじっと見てくる。少し気恥ずかしさを感じた。
「そろそろ、行こうぜ。こんな入り口に立ってたら迷惑になりそうだしな」
海斗の呼びかけに、二人は入り口の鳥居を潜った。聡太は神社は違えど本日二回目の参拝だ。
聡太はちらりと視線を横に向けた。すると美優と目が合った。彼女はすぐに視線を逸らしてしまった。
何か言いたそうな彼女の表情に、聡太は少し怪訝に思った。
◆◆◆
いつ聞こうーー聡太の顔色を伺いながら、美優は思う。そんなことを考えてばかりか、どうも皆の会話が頭に入ってこない。
「美優、聞いてる?」
「えっと、何の話だったっけ?」
もー、と沙耶に言われ、美優苦笑いを浮かべる。
「昨日のことよ。ほんっとむかつくたよね、あの男」
「ああ、そのことね」
昨日の同窓会の後のことだ。酒井拓真のあの一件は、美優も頭にきた。ああいうタイプの男は本当に苦手だった。
「二人が怒るってことは、相当だな。でも、拓真も相変わらずだな。昔と変わってない」
海斗が拓真と友達なのは知っていた。そんな友に対し、彼は少し呆れているように見えた。
「聡太は関わりあったっけ?」
「ないよ」彼は前を見ながら言った。
彼の横顔を美優は見た。なるべく反応を出さないようにしていたが、彼の変装姿はとても魅力的だった。一目見た時、大きく鼓動が揺れた。伊達メガネの彼も最高にかっこよかった。
「おっ、着いた着いた。って、これじゃ全然前に行けねえじゃん」
拝殿の前に来たが、人でいっぱいだった。当分、一番前に行けるのは時間がかかりそうだった。
「なにお願いするんだ、二人は」
海斗に訊かれ、美優は、「健康でいられますようにかな」と答えた。
「私は楽しい日々が過ごせますようにかな」
へえ、と海斗は意外そうに言った。
「何か、良い人に出会えますように、とかお祈りするかと思った」
「そうね。じゃあ、ついでにお祈りしとこうかな」
「私も、そうしようかな」
ここ何年かはそういうお願いをしていなかった。ついでにしておこう。
「二人は何をお願いするの?」
美優も同じことを訊いた。
「何にしようかな。俺も、健康第一にしておこうかな」
「結局、それが無難よね」沙耶が言った。「神谷君は?」
「健康第一でライブできますようにかな」彼は微笑んだ。
「今年はまだそういう予定ないの?」美優は訊いた。
「今のところないな」答えたのは海斗だ。「なあ?」
「そうだね。今のところは。だから、できればいいかなって」
「じゃあ、ライブ決まったらまた二人で行かないとね」
沙耶が顔を向けてきた。美優は、「うん」と目を細めた。
「お、そりゃうれしいね。ありがとな」
嬉しそうに海斗は笑った。
数分間待った後、美優達は賽銭箱の目の前にやって来た。あらかじめ持っていた五円玉も投げ、願い事を心の中で告げた。
「ふう、終わったな」海斗が一息ついた。
「ねえ、おみくじ引かない?」沙耶がある方角を指して、口にした。
「おっ、いいね」海斗は頷いた。「そういや聡太、昼の運勢はどうだったよ」
美優と沙耶は、「昼?」と声を揃えた。
「吉だった」聡太は気にせずそう答えた。
「ちょっと待って、神谷君もう初詣してきたの?」訊いたのは沙耶だ。
「うん。昼に妹と」聡太は罰が悪そうに答えた。
「そうだったの。吉だけど、もう一回おみくじ引く?」
聡太は悩んだ後で、「引こうかな」と言った。
「おみくじは何回引いてもいいからな」
「でも、どうせなら一回の方が良くない?」
海斗の言葉に沙耶が反応する。美優はどちらかというと、海斗の意見派だった。凶なんて出たら、絶対に引き直す。
美優達は一人ずつ、巫女にお金を払っておみくじ箱から棒を一本取り出した。棒に書かれた番号を口にして、巫女から紙をもらった。
「うわ、末吉かよ。なんかしょぼいな」
「えっ、私も末吉。ショック…」
海斗と沙耶が仲良く肩を落として、残念がっている。その様子を見て美優は微笑んだ。
ちなみに美優の運勢は吉だった。大吉とまではいかなかったが、吉でも十分良い。引き直す必要は無さそうだ。
「聡太はどうだった?」
美優は聡太を見た。彼は少し嬉しそうに笑った気がした。
「吉だった。さっきと一緒」
「良いなあ」海斗はますますショックを受けたようだ。「俺、もう一回引き直すわ」
「えっ、ずる。末吉じゃあれだし、私もやろ」
海斗がもう一度引きに行くのを目にした沙耶が後を追いかける。彼女の先ほどの発言は何だったのかと、美優は苦笑した。
二人がいなくなり、わすかな間、聡太と二人きりとなった。
美優は聡太に近づいた。「吉、私も一緒」そう言っておみくじの紙を聡太に見せた。
「うん。吉だから今年は良い年になるかな」
表情は乏しいけど、嬉しそうな感じは伝わってきた。
「そうだね。今年は良い年になるといいね」
そう彼に言った後、海斗と沙耶の様子を見た。二人はおみくじ箱を振っているようだから、まだかかりそうだ。
今しかないかなーー美優は勇気を出して、口にした。
「ねえ、神谷君。この後さ、ちょっと時間あるかな。二人きりで話がしたいんだけど」
その言葉に聡太はじっとこっちを見てきた。冷静な彼に美優はちょっと意外に思った。
「いいよ。わかった」彼は頷いた。
美優はほっとした気持ちになった。まず二人きりになれないと話もできない。けど、その第一関門は突破できそうだ。
「ありがとう」そう彼に礼を言った。
◆◆◆
海斗と沙耶の二回目のおみくじの結果はどちらも末吉だった。一回目と変わらぬ結果に、二人は諦めがついたのか、「もういいや」と口にした。結果的にお金を無駄にしただけだった。
神社の出口を目指すなか、聡太はちらりと横に目をやる。視線の先はもちろん美優だ。
二人きりで話がしたいーーそう彼女に言われた時、不思議と驚かなかった。何を話したいのかまだわからないのに。
神社を抜けると、全員足を止めた。
「じゃあ、帰りますか」口火を切ったのは海斗だ。
「そうだね。ここで解散にしよっか」沙耶もその意見に賛同したようだ。
「新谷とカキサヤどうする? 家まで送るけど」海斗は二人に尋ねた。
「んー、どうしよ」沙耶は悩んだ後、「じゃあせっかくだし、お願いしてもらうかな」
「新谷もいいか?」
「あっ、私は」美優はそう言って、聡太を見てきた。
その一瞬の仕草だけで、海斗と沙耶は悟ったようだった。
「ほう。二人でこの後予定でもあるのか?」
「美優、やるねえ」
ニタニタして見てくる二人に美優は恥ずかしさでいっぱいだった。
「ちょっと新谷さんと話したいことがあるから。二人は帰ってて」
聡太の言葉に、海斗は「わかった」と了承した。「じゃあ行くか」
「そうね。神谷君、また帰ってきたら教えてね。またこうして遊びたいから」
「うん。ありがとう」
「じゃあ二人とも、お先に。またね!」
そうして海斗と沙耶は行ってしまった。聡太は彼らの背中を見届けた後、美優に目を向けた。
「近くに公園があるから、そこに行こ」
美優がそう言ったので、聡太は従うことにした。
「何か、久しぶりだね。こうして二人になるのって」
「そうだね。大学生の時以来かな」
懐かしさを覚えながら、二人は足を進めた。
あまり会話せず、黙々と歩いていると、やがて公園に着いた。街灯に照らされた公園内は、誰一人もいなかった。
敷地内に設置されたベンチ椅子に聡太は座った。彼女も座るかと思いきや、立ったままだった。
「それで、話したいことって何かな」
聡太は彼女に尋ねた。彼女は息を吸って、こう言った。
「神谷君のことについて、教えてほしいの」
目の前に立つ彼女の瞳は、何か強い決意に満ちている。そんなように思えた。
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