第47話
聡太は目の前にいる女性から目が離せなかった。でも、それは彼女も同じようだった。
「神谷先輩、ですよね?」春奈は不安そうに言った。
聡太は今、伊達メガネをかけて変装をしていた。けど、こうしてバレた以上変装する意味もなかった。
伊達メガネを外し、素顔を明かした。その時、春奈の恋人と思われる男が「えっ」と声を大きく出した。「うそっ、神谷聡太!?」
少し恥ずかしさを覚えながらも、聡太は「はい、そうです」と答えた。続けて、こう言った。「久しぶりだね。乾さん」
春奈は驚き、困惑といった顔を浮かべている。突然の再会に戸惑っているように思えた。
「大学卒業以来かな。こうして会うのは」
「はい、その時以来です」
春奈はそう答えた後、ちらりと視線を横に動かした。「あなたは…」
「妹だよ」聡太が答え、葉瑠を見た。「一度会ったことなかったっけ?」
春奈は少しの間葉瑠を見つめて、「ああ、あの時の…」と思い出したように言った。「すごい、綺麗になってるから、びっくりしちゃった…」
葉瑠は、「ありがとうございます」とはにかんで応じた。
「ねえ、春ちゃん」
ここで、黙っていた春奈の彼氏が声をあげた。「ちょっと聞いてもいいかな」
「なに?」
「えっと…、春ちゃんって、このお方とどういう関係?」
呼び捨てにはできないと思ったのか。このお方、という呼び方に聡太は苦笑いを浮かべた。
「高校、大学の先輩後輩の関係」
春奈は躊躇うことなく言った。彼氏は彼女の発言に、数秒固まった。「…マジで? 初めて知った」
「今まで言ってなかったからね」春奈は微笑んだ。
お兄ちゃん、と隣で葉瑠が小さく言った。それで聡太はそろそろ切り上げることにした。
「じゃあ、乾さん。そろそろ行かないといけないから」
「あ、はい…。その、応援してます」
「ありがとう。乾さんもお元気で。お仕事頑張って」
そうして聡太は再び伊達メガネをかけ、軽く手を上げて春奈達の前から去った。
「ねえお兄ちゃん、私ってそんな変わったかな?」
少しして、葉瑠が訊いてきた。
「大人になったってことだろ。女性は化粧とかすれば、大人びて変わるから」
「そうなのかな」
「ああ」
聡太は境内を出た。春奈の方には一度も振り返ることはなかった。
◆◆◆
聡太達の後ろ姿をじっと見届けた春奈は、「春ちゃん。行くよ」という彼氏の声によって、我に返った。
「うん」
彼氏に目を向けた後、再度後ろを振り返った。もう聡太達の姿はなかった。
「なにお願いしたの?」
参拝後、彼はそう訊いてきた。ぼんやりしていた春奈は、「ああ…、そうだね」と普段見せない反応を見せた。
「健康でいられますようにかな」春奈は普段通りの自分を努めようと、無理に笑みを浮かべた。「凌君は? なにお願いしたの?」
「俺は、今年も春ちゃんと一緒に過ごせますようにってお願いした」
「ふふ、ありがとう」春奈は微笑んだ。
彼の優しい笑顔はすごく好きだ。でも、今はその笑みがすごく辛かった。
絶対に会うことがないと思っていた人に再会した。数分にしか満たない時間でも、春奈の心は大きく揺らいだ。
一日デートを終え、春奈は自宅に帰った。欠かさない手洗いうがいをして、一人がけの椅子に座った。テーブルに置いていたスマホを手にして、聡太のことを調べた。彼の端正な顔がすぐに表示された。
春奈は、二ヶ月ほど前に行ったライブのことを思い出した。ステージ上で歌う彼は、一番に輝いていた。スピーカーから聞こえてくる彼の歌声は、日々の疲れを吹き飛ばすほど、力強く、心地よいものだった。
大学の卒業式から五年以上、彼を直で目にすることはなかった。だから久しぶりに肉眼で彼を見た時、嬉しさで涙が溢れた。大学卒業後、彼のことは胸の奥に閉じ込めていたが、彼と過ごした思い出が一気に蘇ってきた。
今度会えるのはいつになるだろうか。今度ライブが開催されるのはいつだろうか。次に会える日が楽しみだった。
しかし今日、思わぬことが起きた。彼と偶然再会した。彼の姿を見た時、目を見張った。伊達メガネをつけていたけど、すぐに彼だってわかった。歩き方、雰囲気が学生の時に見てきた姿と一緒だったからだ。隣を歩く女性が、妹だと知った時も驚いた。一度会ったことがあるが、とても綺麗な女性になっていた。
綺麗な女性について思い当たることがあった。最近彼は女優の神崎桃華と交際していると、週刊誌の記事であった。やっぱり彼は今でもモテるようだ。
春奈は膝に顔を埋めた。はあ、と深くため息をつきながら。
「なんで、こんな時に…」
なるべく思い出さないようにしていた。けど、彼と再会したことで、初恋を思い出してしまった。
今、春奈には恋人がいる。それが余計に、強い罪悪感を抱いてしまう。
凌のことは好きだ。けど、聡太のことも昔から変わらず、今も好きなのだ。
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