第46話
同窓会を終えた翌日。約束通り、聡太は妹の葉瑠と外出することになった。行き先は大型商業施設だ。葉瑠は自宅を出る前に、買いたい服がある、とこぼしていた。
せっかくだから何か買ってあげようーー聡太は密かにそう考えていた。
昼前に施設には来たが、大勢の人で寒さなんて感じなかった。暑いくらいだ。セール品や福袋があるのでどの店舗も来客が多い。
人が多いことはわかってはいたが、やはり大変だ。今、聡太は伊達メガネとマスクをつけて、変装していた。しかしこれだけの人だと、一人、二人にはバレそうな予感がしてくる。
(まあ、別にバレてもいいんだけど…)
そう、バレてもいいのだ。一度、メンバーの毛利翔とプライベートで外出した際、聡太は変装をしなかった。結果、ファンの人やそれ以外の一般の方に声をかけられ、握手会状態になってしまったことがある。そのことを事務所に知られた時は、かなり怒り心頭だった。もう少し芸能人としての自覚を持て、自分達の人気がわからないのかやら、とにかく怒っていた。
正体がバレても基本相手は、握手してください、の一言だ。それに関しては快く応じる。ただ、バレた時に聡太に興味のない周囲の人に迷惑がかかる恐れがある。そのことを考えたら、やはり変装をしなければいけない。バレたら騒ぎを立てないように、ひっそりと相手の要望に応じる。これを心がけている。
ただ今回。いや忘れていたというべきか、隣を歩く葉瑠の存在が多くの人を惹きつけていることを。去年、一昨年経験したが、服屋に入れば、大抵店員が見つめて、声をかけてくる。そして店員は聡太に対してこう言う、「彼氏さんですか」と。「いえ、兄です」と答えれば、店員の驚きと間違えたことへの謝罪が返ってくる。これだけで終わらず、勘の良い人は正体に気づき、さらに驚く。この一連の流れが今年もあるかもしれないと思った。
それにしても、と聡太は横の葉瑠を見る。何故か中に入るなり、腕を組まれている。左腕だけが妙に暖かかった。
「なあ、葉瑠」たまらず聡太は指摘することにした。「何で、腕組んでるんだ?」
正直、聡太としては恥ずかしかった。妹にこんなことされて、動揺しない兄はいないはずだ。
「いやあ、カップルっぽいかなって」葉瑠は言った。「周りの人も同じことやってるし」
「カップルじゃないんだが」聡太は、はあ、と頭に手を触れた。「兄妹だぞ。俺たち」
「兄妹でもやってる人いるよ」
「聞いたことないんだけど」
本当にこんなんで大丈夫だろうか。妹の将来を心配に思った。
「まあまあ。それよりさ、あそこ。あそこに行きたい」
「はいはい」
それ以上何も言わず、妹の要望に応えることにした。
◆◆◆
やっぱりかーー聡太はマスクの裏で苦笑した。葉瑠が気に入った服屋に入るなり、店員に声をかけられた。今、葉瑠と店員が服についてどうこう話している。
「お兄ちゃん、どっちの方が良い思う?」
葉瑠は両手にブラウスを持って見せてくる。「どっちも可愛いんだけどさ。選べない」
どっちでもいいよ、とは言えなかった。以前、この発言をしたら不機嫌になったことがある。以前というより、中学、高校の時も同じことがあった。
「白色の服の方が、可愛いと思う」
「やっぱり。私もそう思ってた」
じゃあ何故選ばなかったのか。聡太は心の中で突っ込んだ。本当に妹の心情は謎だ。
葉瑠がレジに行く間、聡太は店外で待つことにした。
壁にもたれかかり、目線を上げる。大勢の人が右に左に行き交う光景が入ってくる。
その光景の中には、男女が仲良く歩く姿もあった。二人が手を繋いで、仲睦まじげに会話する姿が伺える。
そんな光景を見ると、何故か胸の辺りがモヤモヤする。一年程前からこんな現象が度々訪れる。
(恋人か…)
目の前を通り過ぎていくカップルの後を、どこか羨ましそうにして目で追った。
自分が経験したことのないもの。それ間違いなく恋愛だった。
昨日、同窓会に出席し、久しぶりに再会した友人達を見て、とてつもない劣等感に苛まれた。ほとんどの者が、恋人や家庭を持ち、一人の大人として大きく成長していた。
それに比べて自分は、学生時代から何も変わっていなかった。変わったのは、今ある地位だけ。歌手として世間に知られているだけで、中身は何も成長していなかった。
このモヤモヤの正体は紛れもなく他者より劣っているという感情だった。
聡太は数ヶ月前に、女優兼モデルの神崎桃華と食事した時のことを思い出した。
彼女はよく笑い、どんな話でも興味を持ってくれる、優しく素敵な女性だった。そんな彼女に対し、申し訳なくなった。
彼女は自分のことをどう思っているかは何となくわかっていた。おそらく好いているだろう。そう認識していた。しかし聡太は彼女に対してそういう感情はなかった。
「もし答えたくなかったらいいんですけど、神谷さんって、これまでどんな女性とお付き合いされてきたんですか?」
その質問を聞いた時、聡太は手の動きを一瞬止めた。
その質問はこれまで何回聞かれたかわからない。どの場所でも聞かれたような気がした。
こういう時、聡太はいつもの言葉でやり過ごいた。それは今回も。
「まあ、それなりに…」
桃華は、興味ある視線を送ってくる。それがすごく嫌で、苦しかった。
「やっぱり、神谷さんとても素敵な人だからモテるんですね!」
笑顔で言う彼女の言葉を、信じることはできなかった。素敵? 本当にそう思っているのか。
自分に迫ってくる女性の言葉は、今でも完全に信用できない。発した言葉に裏がないか疑ってしまう。毎度、悪魔の声が脳裏に囁いてくる。
ありがとうございます、と聡太は愛想笑いを続けた。
「ごめん、お待たせ。行こ」
妹が会計を済ませて、聡太は歩き出した。なるべく心が苦痛になることは、考えないようにした。
◆◆◆
昼食を済ませて、後は家に帰るだけだった。車に乗り込み、エンジンをかけた後に葉瑠が、
「初詣行かない?」
そんなことを言ってきた。
「俺、後で行くんだけどな…」
海斗達と一応行くことになっていた。
「ええー、行こうよ」
聡太は悩むような顔になった。数秒考えて、
「わかった。じゃあ行こうか」と口にした。
「やった。さすがお兄ちゃん」
明日にはまた、家族とは離れることになる。少しでも家族と一緒にいることは大事だと思えた。
「どこ行く?」
じゃあーーと、葉瑠は近くの神社を口にした。それを聞いて車を発進させた。
車を走らせ約二十分。目的の神社の駐車場に停車し、二人は車から降りた。元日から数日経っても、参拝客は結構いた。
「おみくじやるか。葉瑠、金出すから引いていいよ」
「やった。ありがと」
葉瑠は受付に座る巫女に二百円渡し、一枚の縦長の紙をもらった。聡太もお金を払い、紙をもらった。
「末吉かあ。吉だったら良かったのに」
葉瑠はがっかりしたように肩を落とした。それでも、真剣に運勢を読んでいる。
「吉か。良い方だね」
聡太はおみくじを見て、微笑んだ。今年一年、それなりに良い日々を過ごせそうだ。
「待ち人、いつか来る。恋愛、実らない。ええ、なんで! 本当末吉?」
今すぐにでもおみくじを結びに行きそうな勢いだ。イライラしているのがわかる。
「もう一回引こっかなあ」
「次が良いとは限らないだろ」
「そうだけど…。お兄ちゃんはどうだったの」
葉瑠は横に来て、聡太のおみくじを覗き見た。
「病気、治るでしょう。引越、良いでしょう。お兄ちゃん、引越しでもする?」
「いやしないよ。当分今のところで良い」
「待ち人、現れるでしょう。恋愛、実るでしょう。って、めっちゃ良いじゃん! 交換してよ!」
「何でよ。交換しても意味ないじゃん」
「んー! やっぱ、もう一回引く! お兄ちゃんお金貸して!」
自分で払わないのかい、と心の中でツッコミつつ、葉瑠にお金を渡した。
葉瑠はくじを引いて、中身を見た。「ええー! 何で、また末吉!?」
そんな妹の有り様を見て、苦笑した。何も変わってないじゃん、と思った。
葉瑠はもう一度くじを引きたそうにしていたが、止めるよう説得した。そんなに引いても運勢なんて大した影響力はないのだ。
葉瑠がお手洗いに行くと言ったので、聡太は待つことにした。待っている間、何かお守りでもないか、と頭上のサンプルを眺めた。東京の友人で出会いがないと言っていた奴がいたから、良縁御守なんかがいいかも知れない。
お待たせ、と葉瑠が来るまでにお守りを購入し、二人は拝殿に向かった。
聡太は小銭を二つ取り出し、一つ葉瑠に渡した。軽く放ると、小銭は、こんこん、とお賽銭に当たり、そのまま中に入っていった。
(今年も、健康第一でツアーを回れますように)
拝殿を後にして葉瑠が、「なにお願いしたの?」と聞いてきた。
「健康第一でライブツアー回れるようにって、お願いした。葉瑠は?」
「健康第一で入れますようにってお願いした」
「え、なんか意外」聡太は目を大きくした。
「え、なんで?」
「彼氏できますようにとか、お金持ちになれますようにとか、そういうこと祈ると思ってたから」
葉瑠はムッと唇を突き出した。
「ひどいなあ。そんなことお願いしないよ。私、神様にはそういうことしないもん」
おみくじには何であそこまでこだわったのか不思議に思った。けど、口に出さないようにした。
「それに、別に彼氏なんていらないし。あっ、お金持ちにはなりたいか。お兄ちゃんみたいにお金持ちになれないかな」
「それはどうだろう。葉瑠次第じゃないかな」
そんな会話を葉瑠としながら、出口に向かった。すると、前方から、二人の男女がこちらに来るのがわかった。
二人はおそらく恋人同士だろう。そんなことを思いながら、カップルとの距離を詰めた。
カップルとそのまま通り過ぎると思った。けど、女性の方が突如、足を止め、その場に立ち尽くした。
聡太は怪訝に思い、男女を見た。しっかり顔を見ていなかった。男は見たこともない人だった。彼は不思議そうに彼女を見ていた。
「せ、先輩…?」
その声に、聡太は鳥肌が出そうになる程の衝撃を感じた。懐かしいこの声、この呼び方。
女性の顔を見て、その声の主が誰かはっきりとわかった。
聡太の一つ下の後輩、乾春奈がそこにはいた。
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