第42話

 十七時三〇分ちょうどに、美優と沙耶は会場のホテルを訪れた。ホテルの宴会場は今日は同窓会ということで貸切となっていた。


 受付を済ませて、会場内に入った。既に多くの人が、会場内で立ち話をしていた。


「美優! 沙耶!」


 美優達の姿に気付いた者が、駆け足でやって来た。


「久しぶり! 元気だった!?」


 二人の前にやって来たのは、高校三年時クラスメートの本橋葵もとはしあおいという女性だった。彼女は美優に抱きついて来た。


「葵! 久しぶり!」美優は彼女の手を握って応じた。


「久しぶり! 葵!」沙耶も笑顔を見せ、葵との再会を喜んだ。


「うん久しぶり! 何年振りだろうね!」葵は、沙耶にも抱きついた。


「卒業式以来じゃない? 葵、全然変わってなくてすぐわかったよ」


 沙耶の言葉に美優も共感した。約十年月日が経ったが、葵の容姿はまったく変化していない。彼女は背が低く、童顔だから、まだ制服も着こなせそうだ。


「そんなことないって! 十年経つとやっぱり変わるよ!」


 葵との再会を喜んでいると、美優と沙耶の姿に気付いた友人達が、こぞってやって来た。


「美優! 沙耶! 久しぶり!」


「久しぶり! 二人とも!」


「久しぶりだねー!」


 高校時代、仲の良かった友人達に囲まれた美優は、当時のことを思い出した。そういえば、いつもこんな感じで一緒にいたな、と。


「あれ、双葉ふたば? その薬指」


 沙耶は目の前に立つ双葉の薬指に触れた。彼女は黒のドレスを身に纏っていた。


「そうなの。去年、結婚したの」


 はにかみながら双葉は答えた。


「双葉、もしかしてそのお腹…」


 美優は彼女の膨らんだ腹部に気付いた。双葉は、お腹をさすりながら、


「うん。今、妊娠六ヶ月なの」


「へえ! おめでとう!」沙耶は言った。「もう性別がどっちかわかってるの?」


「うん。男の子だって」


 へえ、と美優はじめ周り友人が顔を綻ばせた。双葉の幸せそうな顔を見ると、自然と心が癒された。


 前回の同窓会で会った者と、今回、約十年振りに再会した者の近況を話し合った。結婚、転職、彼氏との別れ、婚活…。皆、苦労して日々を送っていた。


「美優はどうなの? 現在恋人とかいないの?」


 友人の桜からの質問に美優は笑って、


「ううん。彼氏はもう二年くらいいないよ」


「えっー! そうなの?」桜は口に手を当てた。昔から彼女は驚くとこういう仕草をしてたな、と思い出した。


「もしかして、結婚する気はない?」聞いて来たのは、ショートカットが特徴の紗織さおりだった。


「いや、結婚はする気はあるよ。以前、付き合ってた人に持ちかけられたことあるし。でも、まだいいかなあって」


「そっかあ。まあ、結婚もタイミングだもんね。けど、美優ならすぐに良い人見つかるでしょ」


「モテ女王の美優だからねえ」


 あはは、と美優は苦笑した。返す言葉が見つからなかった。


「おっー! 久しぶり!」


 すると、美優達の元に、数名の男性がやって来た。美優もその男達は知っていた。けど、そこまで話す仲でもなかった。


 彼らは挨拶をして、一方的に話してきた。美優は頭が痛くなりそうだった。皆、正直気乗りしてなさそうだったが、ちゃんと返していた。話しかけられた美優も、変な雰囲気にならないように、愛想笑いを浮かべて返した。


 彼らの相手をしていると、他の男達が引き寄せられるように集まった。話したこともない人も中にはいた。


「ねえ新谷さん、二次会もあるんだけどどう?」


「うーん、まだわからないかなあ」


「新谷さん。さっき聞いちゃったんだけど、彼氏今いないんでしょ? なら今度二人でどこか行こうよ」


「ごめんね。仕事が忙しいから…」


 寄ってくる男達に美優は我慢しながら応じた。まだ会が始まってもないのに、この場を後にしたい気分だった。


『皆様、お楽しみの所申し訳ありません。ただいまから開会の挨拶をしたいと思いますので

ーー』


 美優の思いが伝わったのか、幹事を務める者が壇上に上がって司会し始めた。これを機に、美優達は男達の場を離れた。


「いやあ、面倒だったね」沙耶はため息混じりで口にした。


「どっと疲れた感じがするよ」


 司会者が恩師を紹介すると、壇上に恩師達が上がった。全員、あまり容貌は変わっていなかった。


「あっ、葉山先生じゃん! 変わってなーい!」


 沙耶が先生を見て興奮した。美優はそんな彼女を見て、微笑んだ。その後、会場一帯を見渡した。


「美優? どうかした?」葵が尋ねた。


「えっ。あ、ううん。なんでもない」


 美優は驚きつつも、冷静に答えた。


「誰か探してるの?」


「ううん。どんな人が来てるかなーって」


 葵はまだ気になる様子だったが、納得したように頷いた。


 聡太はやっぱり来ていなかった。



◆◆◆


『次はーー○○○』


 新幹線の車内で、駅名が告げられた。聡太は上に置いていた荷物を取って、下車の準備をした。


 新幹線が停車し、扉が開いた。聡太は荷物を手に持ち、下車した。


「腹減ったな。なんか買ってもいいか?」


「いいよ」


 一緒に乗車していた海斗がホームにあるコンビニに歩み寄った。聡太はコンビニの外で彼を待つことにした。


 海斗が軽食を買って戻った後、二人は改札口を出た。それからタクシーを拾って、乗車した。


 今日は一月五日。聡太は海斗と共に、昼の新幹線で地元に帰ってきた。新曲の締め切りまでは時間はあるが、気になるところがあったため、今朝は東京のレコーディングスタジオで作業をしていた。作業をひと段落終えてところで帰省をした。


 休みは一月の五日から七日までとなっていた。貴重な休み時間なのに仕事をするなんて、ワーカーホリックにでもなってしまいそうだ。聡太は自分の行動に呆れた。


「会場何時からだっけ?」車内で海斗が言った。


「六時じゃない? 確か」聡太はスマホで今日の予定を見た。「うん。六時」


「了解。みんな元気にしてるかなー」


 海斗は窓の外に向かって、呟いた。


 ある一通の連絡が聡太と海斗の元に届いたのは、十二月の半ばのことだった。その連絡は事務所を通して、送られてきた。連絡の多くは、マネージャーが管理している。


 マネージャーから同窓会の案内が来ていると聞いた時は驚いた。まさか招待が来るなんて思わなかったからだ。聡太は海斗と目を合わせ、どうする、と互いに聞いた。


 海斗は、行きたい、と言った。聡太はどちらでも良かった。


 しかし、不安もあった。メディアに出るだけあって、こういう催しに出ることは大丈夫なのかと。


 そのところを事務所とマネージャーに確認したところ、ハメを外しすぎず、週刊誌に載るようなことは避けてくれ、とだけ言われた。出席自体は構わない、とオーケーサインが出た。


 そういうわけで、聡太は海斗と同窓会に参加することを決めた。すぐに幹事の一人に、出席するということだけ伝えておいた。今回の帰省は例年と違う過ごし方になりそうだな、と聡太は思った。


「じゃあ、ここで。また後でな」海斗はそう言って先に降りた。聡太は片手をあげて応じた。


 それから少しの間、聡太は一人タクシーの中でのんびりとした。自宅が近づいたあたりで、ここで、と運転手に言ってタクシーを降りた。


 インターホンを押して、自宅の玄関の前で立った。すぐにがちゃりと鍵が開く音がした。聡太は玄関のドアノブを引いた。


「おかえり。遅かったのね」


 玄関を開けた先に、母が立っていた。母親は第一声にそう言った。


「ああ。朝、少し仕事してたから」


 母には、昼頃に帰ると事前に連絡していた。


 リビングに入り、持っていた荷物を下ろした。体がすっと軽くなった解放感があった。


「今日は何時頃行くの?」母は訊いてきた。聡太は同窓会のことも既に話していた。


「六時からだから、それまでには行くと思う」


「海斗君が送ってくれるの?」


「うん、海斗が自宅まで来るってさ」


 そう、と母親は微笑んだ。聡太は母親と会うのは去年の正月以来だった。


「葉瑠は?」


 聡太は母に尋ねた。


「お友達とランチしてくるってさ」


「そう」


 妹の葉瑠は大学生だ。私立大学に通っており、青春を謳歌しているらしい。


 母がお茶を淹れてくれたので、聡太は席についた。今の生活や仕事のことを母に聞かれたので、聡太は嫌な顔せず話した。


 母親との再会に話が膨らみ、長い時間喋っていた。聡太も家族の近況はやはり気になっていた。


 ガチャ、と玄関が空いた音がした。


「あ、帰ってきたかも」母は玄関の方に視線を向けた。


 ただいまー、という声が聞こえてきた。間違いなく葉瑠の声だった。玄関を閉める音が鳴った。


 途端、ドタドタと足音が聞こえてきた。それから勢いよくリビングの扉が開かれた。


「あ、お兄ちゃん! やっぱり!」


 葉瑠は目を大きくして、聡太を見た。


「おかえり、葉瑠」聡太は妹を見た。久しぶりに会った妹は、髪が伸びて、以前よりも大人びていた。


「おかえり。早かったのね」母はいつもの口調で言った。


「うん。今日は元々ランチするだけで解散のよていだったから」葉瑠は鞄をソファに置いて、聡太に近寄ってきた。「お兄ちゃんいつ帰ってきたの?」


「さっきだよ」聡太は答えた。「まだ一時間も経っていないよ」


「葉瑠ちゃん。手洗いうがいしたら温かいお茶飲む?」母が言った。


「うん、飲む!」葉瑠はすぐに洗面所に行った。


 葉瑠が帰ってきて、席に着いた。


「ねえねえお兄ちゃん! 今回は何日まで休み?」


「七日までかな」


「じゃあ明日、どっか行こ!」


 葉瑠は突然そう言ってきた。


「どこか行きたい場所でもあるのか?」


「うーん、特にないけどデートだよ、デート。可愛い妹と一緒にどこかに行きたくないの?」


 葉瑠はニタニタしてからかってくる。毎年、聡太が実家に帰ると、葉瑠はどこか行こうと提案してくる。去年は大勢の人がいる初詣に行った。バレないかどうかで、ひやひやした記憶がある。


「まあ、いいけど。特に何も予定ないから」


 明日は家でのんびり寝ることしか考えていなかったが、せっかくの家族の時間だ。妹と出かけるのも悪くないと思えた。


(相変わらずだな…。ほんと)


 葉瑠は容姿は大人になったが、中身は子どもの頃から変わっていない。いつも聡太にくっついてばかりだ。聡太としては、前からブラコンを卒業してほしい気持ちはあったが、もう無理ではないかと思っている。


「じゃあ、明日。ちゃんと空けといてね」


 海斗が自宅に来るまでの間、聡太は葉瑠から質問攻めにあった。最近の芸能界や、この俳優と共演したことあるか、ライブの裏側や、とにかくたくさん質問された。もちろん、聡太は葉瑠が機嫌を損ねないように、ちゃんと返した。


 家族と話していると、あっという間に時間は過ぎていった。時刻は五時を回っていた。


(そろそろ来てもいい頃だけどな)


 聡太はスマホの画面を見た。しかし、海斗から何もメールはなかった。


 会場のホテルはは自宅から車で三十分ほどで着く。時間的に、このへんで出発しておいた方が理想的だ。


 しかし、六時近くになっても海斗は来ない。さすがに聡太は不審に思った。スマホで海斗に電話した。


 だが、応答がなかった。仕方なくもう一度かけることにした。


 聡太の頭の中では、一つの可能性が浮かんでいた。海斗ならたぶん、と勝手に脳内で決めつけていた。


 十秒ほど経って海斗は出た。


『ん? もしもし? 聡太か。何だ?』


 眠たげな声に聡太はやっぱりな、とため息ついた。


「何だじゃないよ。もう六時過ぎてるぞ」


『六時…、あっ! そうか! 同窓会!』


 やっと意識が覚醒したようだ。


『マジでごめん! すぐ身支度して行くわ!』


「はい。待ってます」 聡太は呆れた声を発した。


 通話を終了した後、母が、


「なに、どうかしたの?」と訊いてきた。


「寝坊だよ。寝坊」


「あらまあ」母は笑った。


 六時半頃、自宅の前に車が来た音がした。聡太は、行ってくる、と母に言って、自宅を出た。


 黒の普通車が自宅前に停まっていた。聡太は助手席に乗り込んだ。


「ごめん! 寝てたわ!」


 海斗が顔の前に両手を合わせた。


「知ってる。早く行こ」


「ほんと、すいやせん!」


 車が発進した。会場に着くまでの間、聞いてもいないのに、海斗が弁明をしてきた。聡太は適当に返事して話を聞いた。彼の寝坊癖は、今に始まったことではないのだ。


 渋滞もなく会場のホテルには到着した。車から降り、ホテル中に入ると、すぐに受付が見えた。受付に近づくと、二人の女性幹事が聡太達に気付いた。女性二人は、びっくりした様子で、口元に手を当てた。


 聡太は彼女らに会費を渡した。彼女らは手元に置かれた紙に、マーカーをひいた。紙面には今日の出席者の名前が記載されていた。


「いやー、本物だ」髪の短い女性が言った。


「私も、嘘じゃないかと思ってた」もう一人の髪の長い女性が言った。


 名が知られるとやはり簡単には信じてもらえないのだろうか。聡太は苦笑した。


 聡太と海斗は、宴会場入り口の大きな扉の前に立った。扉の横には、『○○高校 同窓会会場』という看板が置かれている。


「じゃあ行くか」


 海斗の呼びかけに、聡太は扉の把手を握り、ゆっくりと引いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る