第41話
十二月三十一日。大晦日。美優は実家に帰っていた。実家に帰ってきたのは昨日だ。久しぶりに帰った実家は何にも変わっていなくて、安心感があった。
美優が帰ってくるよりも早くに、妹の
美優はこたつに入り、みかんを頬張りながら年末の特番を見ていた。芸人二人が漫才をやっている。テンポの良いネタが面白く、顔を緩めた。
「ねえ、今日何見る?」
同じくこたつに入っていた瑠花が、顎を机に置きながら聞いてきた。昔からこたつに入ると、その姿勢をとるのは変わらなかった。
「紅白でしょ。うちはいつも」美優は言った。
時刻はまだ五時を回ったところだった。紅白までは時間がまだある。
「今年って誰が出るの? 全然知らないんだけど」
瑠花は机に置いてあった新聞を広げた。美優も出場者の一面を見た。
「ふーん、何かいつもとあんまり変わらないねえ」瑠花は興味なさそうに呟いた。
「アイドルが多すぎるよね。もうちょっと違う人でも呼べばいいのに」美優も常々思っていたことを口にした。
「あっ、これ」瑠花は出場者の名前の一つを指さした。「お姉ちゃんが好きなバンドじゃん」
「あ、うん」美優はそのバンドに触れてくれて少し嬉しく感じた。
「神谷聡太でしょ。すごいよね。まさか高校の先輩でこんな有名人がいるなんて。友達でこの人のことめっちゃ好きな子とかいるし」
瑠花も美優と同じ高校を出ている。しかし、入れ替わりだから聡太とは会ったことはない、と本人は言っている。
「ねえ神谷さんってどういう人だったの? お姉ちゃんよく一緒だったんでしょ?」
瑠花は子供のように、きらきらとした視線を送ってきた。
「どういう人って…。うーん」言いたいことは山ほどあるが、上手く説明ができない感じがして、悩んだ。
「例えば、音楽とか。私知ってるよ。お姉ちゃんが三年生の頃、文化祭でライブやったって」
「懐かしいね。うん、やった。あれは凄かったよ」
もう約十年も前のことだが、当時のことは強烈に美優の頭に残っていた。彼女が、彼のファンになったきっかけでもある日だったからだ。
「やっぱり、天才だったんだ」
「うん。歌、演奏、すごすぎて聴き入っちゃったもん」
当時のことを思いかえすだけで、自然と笑みが溢れた。
「当時、恋人とかいたの? 絶対モテてたでしょ」
「すごかったよ。でも恋人はいなかったと思う。そんな話聞いてないし」
「マジで!? あのルックスなら絶対何人もいたと思うのに」
瑠花の反応に美優は、そりゃそう思うよね、と苦笑した。
クリスマスが終わってから美優は、聡太のことについて調べ始めた。何故、彼が女性に対して苦手意識を持っているのか、それを突き止めたかった。
主にネットを駆使して彼のことは調べた。ウィキペディアはじめ、あらゆるサイトを当たった。
でも、記事の内容は根拠のないものばかりだ。『神谷聡太の歴代彼女一覧!』なんてサイトに至っては、高校時代、大学時代に複数人と付き合っていたという情報がある、なんて嘘を書いていた。ひどい嘘だな、と美優は画面に向かってぼやいた。
色々当たったが、まともな情報を得たとは言い難い結果に終わった。最初からわかっていたが、ネットでは本当の真実かわからないのだ。
一体、何が彼にあったのか。彼の女性に対して一歩引いた態度はどこから生まれたのか。そのことが気になって仕方なかった。
◆◆◆
紅白が始まって、夜九時頃だった。聡太達が司会者に紹介された。
「お姉ちゃんやるよ!」瑠花の声が聞こえた。美優はトイレから駆け足で戻って来た。
「ふー、ギリギリセーフ」滑り込むように、こたつの中に入った。
テレビでは、今年話題となったアニメが簡単に説明されていた。深夜枠にも限らず高視聴率を記録したアニメは、コメディとアクションが魅力で、多くの若者から人気を博していた。原作漫画もかなり売れているとのことだ。聡太達はそのアニメのオープニングテーマを担当した。彼らが発表した曲は、ユーチューブのMVとサブスクで一億回以上再生され、今年を象徴するヒット曲となった。
画面が切り替わると、聡太達四人の姿が映し出された。
「わ、イケメンだわ」
聡太の顔がアップに映されると、瑠花が呟いた。美優も同じことを思っていた。
演奏が流れると、ほどなくしてが聡太が力強く歌い出した。全国で何万人以上の視聴者がいるのにも関わらず、堂々と歌う彼の姿はさすがだった。CD以上の歌声がテレビ越しでも伝わってくる。
「ほんと歌上手いよね。CDと変わらないじゃん」
瑠花は視線に向けたまま口にする。美優はちらりと彼女を見て、「ライブだともっとすごいよ」と言った。彼の凄さをもっと妹にも知ってほしかった。
それから二人は何も言わず、黙ってテレビ画面を見ていた。聡太達の演奏に聴き入った。
「ー-の皆さん、ありがとうございました!」
司会者は曲が終わると声を大にして言った。会場の観客の拍手もすさまじく、今日一番だと美優は感じた。聡太達が観客に向かって、深々と礼をするのと同時に、美優も拍手で称えた。
「うわあ、なんかライブ行ってみたくなった。今度いつやるかなあ」
「どうだろ。前ライブ終わったばかりだからね。今度あったら一緒に行く?」
美優の答えに、瑠花は嬉しそうに、うん、と頷いた。妹のそんな表情を見れて、自分も嬉しくなった。
「いいなあ。お母さんも行きたいわ。神谷君見てみたいし」
と、後ろから母の声が聞こえた。母はデザートのケーキや果物を準備しているところだった。
「じゃあ、家族全員で行く?」
美優の問いに、父だけは、俺はいいよ、と答えた。「三人で行ってこればいいよ」
父親は若者の音楽に関してはあまり関心がない。行ってもわからないから、拒否したのだろう。
「じゃあライブがあったら三人で行きましょうか」母は嬉しそうに微笑んだ。
「というか美優。今度、その神谷君、こっちに来るなんて言ってなかったか?」
「そうなの!?」
父の発言に、瑠花が仰天した。
母親には同窓会のことを昨日話していた。その時父もいたが、新聞を読んでいて聞いてないと思っていた。
「ほんとかどうかわからないけどね」そう言った後、美優は瑠花にも同窓会のことを説明した。
「絶対、嘘じゃない?」瑠花は話を聞いて一番にそう言った。「あんな有名人来たら騒ぎになるでしょ」
「確かに」美優は頷いた。
「絶対、嘘ついてるに決まってるよ。有名人が来るって噂流しとけば、たくさんの人が来るっていう企画者の魂胆でしょ」
瑠花の意見に美優は否定はできなかった。むしろ、妹のその考えは当たってるんじゃないかと思う。
「そう、だよね。よくよく考えれば嘘っぽいよねえ」
「絶対そうだよ」
瑠花の考えに納得をするも、美優の中では、薄っすらとした期待はまだ消えていなかった。
◇◇◇
元日と一月二日は、祖父母に会いに行った。両親の実家は市は違えど、距離は近い。だから毎年一日と二日は二人の実家に行くことになっている。久しぶりに会った父方、母方の祖父母はまだ元気いっぱいだった。
今年のカレンダーはついていた。仕事始めの一月四日が金曜だからだ。美優的に四日、五日が土日になるのは好きではなかった。休みすぎて、行きたくない気持ちが増すからだ。一日だけ出勤し、土日休んで、また月曜から頑張る。この方がメンタル的にも良かった。
四日に会社に行き、去年と同様、休み時間に先輩社員である塚原美来の年末年始の愚痴を聞いた。姑とあまり仲がよろしくないとのことだ。家族っていうのは大変だ。
「そういえば、美優ちゃん。確か明日、同窓会でしょ?」
「ええ」
美来には、年末年始に入る前から、そのことを話していた。
「気をつけてね。同窓会ってすぐにマウントとりたがる人が多いから。結婚して、指輪見せつけてきたり、恋人いますよアピールしてくる女ばっかりだから」
「はあ、よく知っています…」
美優は苦笑いで答えた。前に行った高校の同窓会では、聞いてもないのにそういうアピールをする人が何人かいた覚えがあるのだ。
「女ってね、すぐ自分が幸せだとそうやってマウントとったり、アピールしたがるから。その幸せが一瞬だとも知らずにね。私も数年前同窓会に出席して、新婚のうざい女に絡まれたけど、今その女離婚してるって知って、ざまあみろと思ったよ」
ヒートアップしている美来に美優は苦笑いを続ける。相当年末年始に不満が溜まっているのだろう。
「若くして結婚しても、良いことなんて意外と少ないんだよねえ」
美来のぼやきに、美優は答えなかった。
四日の仕事は忙しくも、明日が休みだから乗り越えることができた。ぐっ、と背筋を伸ばし、今日一日の疲れを吐き飛ばす様に深呼吸をした。
自宅に帰ってからは自炊をして夕食を摂った。金曜の夜に飲むお酒は格別に美味かった。
夕食を摂りながら美優は、明日の事を考えた。どんな服を着て行こうか、何時頃に家を出ようかと頭で整理した。
その時、スマホからラインが来たことを告げる着信音が鳴った。画面を開くと、沙耶からだった。明日の同窓会についての内容だった。
夕食を摂り終えてから、沙耶に返信しようとスマホに触れた。両手でフリック入力をして、何文字か文字を打った時、手を止めた。ずっと頭の中にある聡太のことが、思い浮かんでしまったからだ。
ラインを閉じて、Twitterとインスタグラムで聡太のことを調べた。彼がこっちに来てる情報が、もしかしたらあるかも知れないと思ったからだ。
しかし、美優の思惑は外れた。彼の帰省の情報は何一つ載っていなかった。
(まあ、そうだよね)
落胆は何一つなかった。最初からわかっていた。
聡太が来る、という噂がたっているが、やっぱり来ないと見て良いだろうと決めつけた。
美優は画面を切り替え、返信の続きをした。
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