第23話
「過去に恋愛経験って、あったりするの?」
その質問を投げかけたのは、翔の対面に座る、加藤渚だった。黒髪ショートの髪型で左目の下に泣きほくろがあるのが特徴的だ。聡太の位置からは左斜めに座っている。
「俺は高校の時に一人付き合ってたよ」
彼女の質問に、そう答えたのは翔だった。
「へえ、何カ月付き合ったの?」渚沙が興味津々で訊く。
「短いよ。五カ月くらいかな。喧嘩して別れちゃった」
「五カ月なんて私にすれば長いと思うなあ。私なんて一ヶ月で別れたから」
「それは何で別れたの?」
訊いたのは聡太の右横に座る海斗だ。
「向こうがすぐ迫ってきたりするから鬱陶しくて。完全にヤリモクじゃんとわかって、幻滅したわけ」
「うわあ、それはハズレの男引いたね」
言ったのは清水夏穂だ。
「ホントだよ。男はすぐそういう目的で来るから困ったもんだよ。まあ全員じゃないけど。誠実な男とかいるし」
「例えば俺とか?」翔が親指を自分に向けた。
「あんたは外見が遊んでそうだから、ダメだよ」
きっぱり渚が言うと、笑いが起こった。
この渚と翔はバイト先が同じらしく、そのことがきっかけで、今日開催することになった。それは話の中で聡太は聞いたのだった。
「神谷君は、モテるでしょ。だってイケメンだもんねえ」
渚に振られ、聡太はぎくりとした。女性陣皆が聡太に好奇の視線を送っているのが、絶対に回答を拒否させない圧力として感じられた。
「恋愛経験は、一度もないよ」
聡太は隠すことなく言った。その瞬間、女性陣全員の目が大きく見開らかれた。
「うそっ、ほんとに?」
夏穂が身を乗り出すかの勢いで、体を前のめりさせた。
「本当」
「はあー、これはレアキャラだわ」
夏穂はわけわからない言葉を口にしたが、聡太はつっこまなかった。
「今まで告白されたこととかないの?」
訊いてきたのは右斜めに座る水野真琴だ。彼女も興味があるような目をして聡太を見ていた。
「あるよ。何回か」
「一度も付き合うって思わなかったの?」
まるで取り調べみたになってきたな、と内心思いながら聡太は、
「まあ、そうだね」
と正直に答えた。
「へえ! 変わってるねえー」
真琴は意外そうに、目を大きく見開いた。
「神谷君のレベルなら、可愛い子ばかり告白されたんじゃないの?」
「んー、どうだろう?」
愛想笑いを浮かべて、聡太は回答を濁した。早くこの手の質問が終わってくれと願った。
「やっぱり恋愛経験って大事? 私付き合ったことないからわからないんだけど」
全員に向けて訊いたのは夏穂だった。彼女のルックスなら彼氏はいてもおかしくないと聡太は思っていたが、驚いた。
「うーん、まあ人並にはじゃない? まあ二、三人ぐらいはつけといたほうがいいんじゃない?」
答えたのは渚だ。
「そうなの?」
「うん。だって恋愛経験がそこそこないと、やっぱり変な目で見られること多いからさ。それなりにね」
「俺もそう思うなあ」
翔が横から同意した。
「ふーん。そういうもんなんだ」
渚と翔の回答に、夏穂は納得しているのかわからない顔で頷いた。
(そういうものなのか)
聡太もその話には聞き耳を立てていた。
女性が得意ではない聡太にとって、嫌でも入ってくる話だった。
(もしかしたら俺は、欠陥品なのかもしれないな)
そんなことを思いながら、ぼんやりと虚空を見つめた。
◇ ◇ ◇
お会計を翔が代表して支払ってくれている間、聡太は店のお手洗いに行っていた。
手を洗い、ドアを開けて店の外に行こうとした時、隣の女子トイレから声が聞こえてきた。
「で、どう良い人いた?」
その声は聞いたことがあった。加藤渚によるものだった。
「んー、まあ松浦君とか結構よさげじゃない? 神谷君とか」
相手の声は水野真琴だ。
「松浦君あんまり話してないけど、面白い人そうだね。神谷君は顔が良い」
「ね。あの顔で恋愛経験ないって知った時はびっくり」
「それね。絶対過去に何人もいたと思ってた。で、どうする? 狙う?」
この声は渚だ。
「うーん、どうしようかな。行ってもいいけど、相手にされなさそう」
「あーわかる。何か変わってそうだもんね。女にあんまり興味なさそう」
「さすがに興味持ってくれないのは無理かな。イケメンでも。渚はどうするの? 誰か良い人いた?」
「んー、どうだろ。わかんない」
「高野君とかは? どう?」
「なんかあんまり。興味ないかな」
と、少し立ち聞きしていた聡太はお手洗い場を離れ、店を出た。
(本当に、女はなにを考えているかわからない)
いつもの癖が始まった。聡太が女性を苦手とする決定的な部分はこれなのだ。
誰にだって表の顔と裏の顔がある。人によって二つの顔を使い分け、日常を上手に生きていかなければならない。聡太も、もちろんやっていることだ。
けれども、聡太は女性の表の顔に翻弄され、裏の顔を見せた時の過去のトラウマが頭を支配している。だから読めない。
(あいつと同じだ…)
ギリッと、強く奥歯を噛み締めた。幼い頃の苦い思い出が沸々と蘇ってくる。
「おーい、聡太」
手をあげて、海斗が呼んでくる。そこには既に男子全員と、渚と真琴を抜いた女子が集まっていた。
「ごめん、待たせて」
「いいよ。それよりさ、今、連絡先交換しないかって話になってるんだけど、聡太もいいよな?」
海斗は言った。
「ああ、別にいいけど」
特に断る必要もない。そうして、海斗が女子の連絡先と男子の連絡先を夏穂に渡した。
聡太が店を出て、すぐに渚と真琴も出てきた。二人にも連絡先交換の旨を話すと、快くいいよと言った。
駅まで話しながら向かい、明日は必修科目の一限は休みないということで、解散となった。
翔と樹とも別れ、聡太は海斗とともに電車に乗った。
二人で並んで席に座っていると、ポケットのスマホが震えた。
取り出して画面を見ると通知が一件来ている。清水夏穂から連絡だった。
『今日はありがとー! 帰ったらさっき教えてくれた文化祭のライブ見てみるねー!』
お礼と先の話題を取り上げた、普通のメッセージ。
しかし。聡太は画面を睨むように、相手の裏の顔を考えるのであった。
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