第18話
突如現れた想い人を前に、春奈は驚きを隠せなかった。
「先輩どうして…」
足を止め、開いた口が塞がらない。
聡太も驚いて固まっていた。春奈同様どうしてここにいるんだ、と表情がそう告げているみたいだった。
「えっと…、久しぶり、乾さん」
聡太はとりあえず黙ってるのもあれなので話しかけた。
「はい、お久しぶりです…。」
春奈はペコリと小さく頭を下げた。頭を上げると、そのまま気になっていることを訊いた。
「先輩、もしかしてここでバイトしてるんですか?」
「うん。そうだよ。最近始めたばっか」
聡太は少し照れ臭そうに答えた。
「そうなんですね」
淡々と言う春奈。しかし、内心喜びを抑えるのをぐっと我慢していた。
(ってことは、ここに来れば会えるってことじゃない!?)
ここが聡太と二人きりだったら口はニヤケまくっていただろう。店内だからこそ我慢できた。
「春奈ー、お待たせー」
すると、春奈の背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「ーーって、あれっ? 神谷先輩?」
春奈の友人、楓はキョトンとして聡太を見つめた。どうしてここにいるんだと。けど、すぐに理解したのか、
「ビックリしちゃった。まさかここでバイトしてるなんて。ふふ、でも良かったねえ」
楓はニヤリと春奈を見た。春奈はギョッとして、楓の腕を引っ張った。
「ほ、ほら、早く行くよ! 店員さん待ってるんだから!」
「おほほほ」
春奈と楓は奥のボックス席に移動し、二人して席についた。
聡太はそんな二人の後ろ姿を少し見た後、綺麗に食べられた食器を洗い場へ持っていった。
春奈はせっせと出際良く働く聡太の姿を奥の席から見ていた。
(ほんと、何やっても映えるなあ)
聡太がいる場は光輝いているかのように、華がある。高校時代から落ち着いた性格の彼だが、あの容姿はやはり目に付く。
春奈は自分から対角線上に離れた位置に座る他校の女子高生も、同様に見ていた。
(どう見ても、狙ってんじゃんあれ。さっきから先輩のことチラチラ見てるし。何なの?)
3人組の女子高生の制服は、春奈の通う高校から割と近い位置にある女子高だ。何度も通学中に目にするから知っている。
「どうしたの春奈。何か不機嫌そうだけど」
「別に、不機嫌じゃないけど」
「絶対不機嫌じゃん」
楓からの指摘に春奈は口を尖らせた。知らずに顔に出ていたのかと、少し恥ずかしくなった。
「で、春奈決まった?」
「ん? ああ、ごめん」
何を食べるか考えていたが、いつの間に別のことを考えていた。春奈は、じゃあこれにしようかな、とメニューに指を指した。
店員を呼んで注文すると、ふと目の端に聡太が3人組の女子高生達に対応をしていた。何やら話し込んでいるように見えた。
春奈は会話を聞き取ろうと、耳を立てた。
「えー、大学生なんですか! どこの大学何ですか?」
春奈はギョッとして、会話がする方を見た。明らかに聡太のことを探ろうとしている会話だ。
「ええ! あそこってすごい頭の良い大学じゃん!」
「へえ! 顔だけじゃなく、頭も良いんだ! すごいですね! 今、彼女はいるんですか?」
耳に入ってくるのその会話に、春奈の心はざわつき始めた。
ぐぬぬ、と自分とはまた違う陽キャ3人組を睨むが、彼女らは全くこちらには関心がない。
「もし良かったら、今度遊びに行きましょうよ!」
「えっ!?」
その質問が聞こえた時は、思わず声が出てしまった。楓はそんな春奈の様子を見て面白そうに笑っている。
(ま、まさかの直球勝負…! あの女狐め…!!)
イライラとハラハラを抑えるように拳を強く握った。
(せ、先輩…)
肝心な聡太の顔があまり見えないのが、春奈の不安を強くする。
(ま、まさか行かないよね? だって先輩ああいう女苦手だと思うし、それにいくら派手でちょっと可愛いからってそんな誘いに乗る人じゃないし、で、でも、もしかして大学デビューして性格変わっちゃったりして、肉食系になってたり? いや、さすがに先輩に限ってそんなーー)
急速に想像が膨らんでいく。聡太のことを信じていないわけではないが、やはり怖い。
聡太が何か話している。春奈それをドキドキしながら見守った。
聡太が3人組の傍を離れていく。する3人組は顔を赤くして、恋する乙女のような視線で聡太に視線を向けている。
(ま、まさか…、先輩…)
春奈は呆然と陽キャ達を見ていた。あの表情から察して、きっと自分達の思い通りになったのだろう。じゃなきゃあんな顔しない。
春奈はショックで俯いた。同時に悔しさが込み上げてきた。
自分の方が聡太と過ごした年月が長く、彼のことを知っているのに、あんな女達に負けるなんて。
ここがファミレスじゃなかったら涙が溢れていたかもしれない。
お待たせしました、と店員が傍に来て、テーブルに料理を置いた。春奈は元気のない声で、ありがとうございます、と礼を言った。
そんな春奈の様子を見ていた楓はクスッと笑った。
「勘違いだと思うけどなあ」
春奈には聞こえない声でぼそっと呟いた。
それからしばらく、春奈は元気がない状態で注文したパフェをちまちまと食べていた。
楓との会話にちゃんと答えるも、やはり考えてしまう。
(春奈、思い込み激しいからなあ)
楓は何度も春奈のこういう顔を見てきたから、よく知っている。
春奈は心配性で、すぐ自信を失ってしまいがちだ。でも努力家で、人の気持ちをよく理解して接してくれる優しい子だ。そんな友人のことを、楓は可愛いくて仕方がない。
(しょうがない。ここはいっちょ一肌脱いで、親友を助けてやりますか)
春奈がトイレに行ってくる、と言い席を立った。そのタイミングを見て、楓は少し離れた位置で後片づけをしている聡太に目を向けた。
楓は席を立ち、聡太の前に近づき、背中をちょんちょんとつついた。彼が振り返ると楓は、
「先輩、後で少しいいですか?」
そう口にした。聡太は怪訝そうにしながらも、首を縦に振った。
数分後。聡太は楓が座っている席の前に行った。奥のブロック席に、楓が一人座っている。
聡太は彼女とは全く接点はない。ただ春奈の友人とだけ理解している。
「何か、注文ですか?」
聡太は端末をポケットから出して、そう訊ねた。
「いえ、注文じゃないです」
楓の発言に聡太はわけがわからず固まった。彼女の言葉の続きを待っていると、
「さっき、あそこの女子高生と話してましたよね」
突如、楓は3人組を一瞬見た後、そんなことを訊いてくる。
「え、ああ、そうですけど…」
何故、そんなことを? 聡太はまたもわからなくなった。
「敬語じゃなくていいですから。で、どうなんですか。あの子たちと遊びに行くんですか」
聞いてたのかと、聡太は困り顔を浮かべた。業務中に周囲に聞かれたら面倒ごとに発展するのではないかと懸念していたのだ。しかも、後輩の子に聞かれ、こうも問われる形になるとは思いもしなかった。
楓の表情は至って穏やかだ。それが少し不気味にも感じた。
聡太は息をついて、先ほどのことを話した。
「特に何もないよ。業務中だからごめんなさい、と丁重に断ったよ」
「業務中じゃなかったら行くんですか?」
「いや、行かないよ。そんな気力ないよ」
ほーう、とうんうんと頷く楓。と、ちょうどその時、
「だって、春奈。何もないってさ」
楓が春奈が来たことに気付き、席から少し顔を出して言った。
春奈はその会話を途中から聞いていた。立っているのもあれなので、席に座ってから聡太に対して向き直った。
「先輩、今の本当ですか」
じっと聡太の瞳を探るように、春奈は訊ねた。
「うん、何もないよ」
そんなに気になることかな、と聡太は内心思いつつも答えた。
「ふーん、そうですか」
春奈はぶっきらぼうに言う。けど内心は安堵と喜びでいっぱいだった。
「良かったねえ、春奈」
「ちょっとぉ!」
せっかく顔に出さないようにしていたが、その楓の一言で春奈は顔を真っ赤にした。
そんな二人の様子を聡太は、どうしていいかわからない顔で見ていた。
春奈の不安は解消され、そのまま楓と駄弁って時間を過ごし、キリが付いたところで帰る準備をした。
伝票をレジに持っていくと、聡太が前の客を対応していた。前の客は子どもを連れたママたちだ。
ママたちがレジを後にしてから、春奈は伝票を聡太に出した。
「先輩は何曜日に基本入ってるんですか」
後ろに客がいないことを機に、春奈は気になっていたことを訊いた。
「うーん、わからない。日によって違うから。今月は火曜日と木曜日が多いかな」
「そう、ですか」
春奈は有益な情報を得たことに、満足気に頷いた。
「はい、お釣り240円ね」
聡太からレシートとお釣りをもらう時、少し手が触れてドキりとした。
「あの、先輩」
「どうかした?」
春奈は自身の鼓動が速くなっていくのを確認して、恐る恐る訊いてみた。
「その、もし、私が二人きりでー-」
「神谷君! こっち助けて!」
だが、春奈の言葉は途中でかき消されてしまった。胸の鼓動が急速に収まっていった。
「あ、わかりました」
聡太は先輩に返事をすると、春奈に、
「ごめん乾さん。被って聞き取れなかったからもう一度言ってもらってもいいかな」
春奈は一瞬、逡巡し、
「いや、別に! バイト頑張ってくださいって言おうとしただけです!」
春奈は照れくさそうに笑って言った。
「そう? ありがとう」
「はい。頑張ってくださいね!」
そうして春奈は店を出た。楓が先に外で待っており、お待たせと口にした。
「何か良い情報でもゲットできた?」
開口一番にそんなことを楓は言う。
「まあ、それなりには」
「ほーう」
楓はニヤリとした。
「まあ、その話は帰り道で聞くとして、奢ってくれてありがと」
「なにそのぶりっ子。だいたい奢らせるようにしたのそっちじゃん」
春奈は駐輪場に置いた自転車に鍵を差し込み、手で引いた。そうしてしばらくは歩いて楓と帰路を共にした。
『二人っきりで遊びたいって言ったら、どうしますか?』
聡太に言えなかったのは少し後悔があるが、聡太とまたこうして会えることが、何よりも春奈にとっては嬉しいことだった。
次は頑張ってアッタクしてみようかな、そんなことを考えながら、春奈は機嫌良さげに友との会話を楽しんだ。
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