第19話
「定期公演をやりたいと思います」
軽音部部長、眼鏡女子大学生こと
真子は話を続ける。
「毎年、文化祭前に2、3回ほど、中庭に特設ステージを作って、ライブをするんだけど、今年もやりたいと思います」
へえ、と聡太は話を聞きながら相づちを打つ。
「参加はもちろん強制ではないので。出たい人だけ出るという形で。ソロでも良いし、バンドでも良いし、形式は何でもオッケー。歌いたい曲も自由だから。出たい人は来週の金曜日まで私に直接言ってください」
私からの連絡は以上です、と真子は一同を見て、席に着いた。それからいつも通り各自練習やら、雑談やらが再開した。
「聡太どうする? 出るか?」
そう訊ねてきた海斗に、聡太はうーん、と唸る。
「正直、まだ何とも」
海斗も同じ気持ちで、だな、と口にした。
「聡太と海斗は出るの?」
すると、またもう一度同じ質問が投げ掛けられた。訊いてきたのは、同じ1年で、歓迎会の時に意気投合した
「いや、まだわからない。翔は?」
「出る予定」
「そうか。誰かとバンド組むのか?」
「うん、
「ほーう」
香澄、樹も同じ一年だ。歓迎会の時に会話を交わしたので、聡太も彼らのことは知っていた。
「聡太もまだわからない感じ?」
「うん。まだ何とも」
翔に振られ、聡太も答えた。
「そっかー。聡太の演奏早く聴きたいんだけどなあ」
ハードル上げるなあ、と聡太は内心思う。かれこれ翔は聡太に絡むといつも、演奏聴きたいと口にしてくる。
翔がそう楽しみにするのは理由があった。それは少し前に行われた新入生歓迎会に遡る。
彼は歓迎会の時、真っ先に聡太に近づいてきて、
「君、あの動画の人だよね!」
と話しかけて来たのだ。
(あの動画?)
聡太は呆気にとられた。すると、そんな聡太見かねてか、隣に座る海斗が、
「去年の文化祭のやつだよ。ユーチューブに上がってて、結構再生回数いってるんだよ。まあ聡太は最近スマホ買ったから、知らないのも当然か」
そうなのか、と聡太は海斗を見た後、スマホを取り出して、検索すると、一番上に去年の文化祭ライブを録画した動画のサムネイルが表示されている。
「結構どころじゃないよ。素人の文化祭ライブで200万回再生って、異常だよ」
翔が会話に乗ってくるのを耳で聞きながら、聡太は動画を再生させる。
観客の喧騒が少しスマホを通じて流れてくる。開演より少し前の映像だ。動画が撮られているのは、体育館の一番後ろ。当時、妹の葉瑠が見ていた場所に近い。
(そういえば、葉瑠がエミちゃんのお母さんから動画貰ったって言ってたな。なら動画を上げたのは、エミちゃんのお母さんか?)
そんなことを思いながら、早送りで動画を流していく。一曲目からざっと見ていき、アンコールの最後の曲までしっかり撮られている。
海斗と翔が何か話しているが、聡太は気にすることなく、動画のコメント欄を見た。
5000以上のコメントが来ている。これは多いのか少ないのか聡太にはわからなかった。ざっとスクロールして、コメントを読んだ。
『ボーカルの子、イケメンすぎない!?』
『歌上手くて、しかもイケメンって…、神かよ。実在すんだな、神って…』
『高校生でこれは完成されすぎ! 絶対売れる! てか、もうファンになった!』
『50:42~ この曲好きすぎる。鬼リピ確定』
『メジャーデビューしてくれ! 頼む!』
『かっこよすぎる! 特にボーカルの子! こんなん惚れるわ!』
『この後、女子からすげえ告白されるんだろうな…。羨まし』
『29:00 この口に咥えてるのなに! てかこのイントロえっちすぎる! 好き…』
などなど…。多少の批判コメントもあるが、大半が賞賛のコメントでいっぱいだった。
聡太は驚いた。自分の知らない内にこんなにも多くの世の中の人が、自分の演奏を見て、喜んでくれていることに。
「素人にしちゃすごすぎるよ、このライブ。特に神谷君の声を聴いた時は痺れたよ。こんなすごい高校生実際にいるんだなって」
翔は動画を見つめる聡太に向けて、そう言った。
「まあ、天才だからな。聡太がいなかったら、間違いなくこのクオリティのライブはできなかったな」
海斗はふっと微笑んだ。凄すぎて呆れてしまう、そんな顔を浮かべた。
「そんなすごい彼と一緒に部をやれるなんて楽しみで仕方ないね。どうだい神屋君、ちょっと気が早いけど、文化祭一緒にバンド組んで出ないかい?」
翔の提案に、聡太は考えておくよ、とその時は回答した。
この歓迎会以降、翔は聡太のことをもっと知りたいのか、好奇な目を向けて、こうして近づいてくる。
「もし出るんだったら俺に声かけてよ。聡太たちとなら真っ先にすぐにでも組めるから」
「わ、わかった」
翔の押しに、聡太は少し困惑して頷くのだった。
◇ ◇ ◇
キャンパスの広場の一角に、特設ステージが設置されているのを、美優は登校して早くに確認した。
(そういえば、軽音部がライブするって言ってたっけ…)
昨日の授業の合間にそんな話を周囲がしていた。美優とは関わりのない人たちだ。
やたらと話しかけてくる同じゼミ生の男子や、その友人らしき人達に付き合ってたからあんまり深く覚えていない。男子達が早くどこか行ってくれないかと、内心思いながら相手をしたことの方がよく覚えている。本当に面倒くさい連中だったと、思い出すだけでも気分が下がる。
(ってことは、神谷君ももしかしたら出るのかな?)
昨日の男たちを忘れて、聡太のことを思い浮かべる。そうするだけで、気分が少し上がってきた。
美優は去年の文化祭で聡太が歌う姿を見て、すっかりファンになってしまった。文化祭の動画は今でも暇だったら見ており、彼の澄んだ歌声は脳内に焼き付いている。
もう一度聡太がステージで歌う姿を見たいと強く思っていた美優にとって、これは朗報だった。またあの歌声と演奏を聴ける。これは絶対に見に行くしかない。
美優の気分は既に最高潮に達し、鼻歌を静かに歌いながら自動ドアを通り抜けた。
昼休み。美優はステージがよく見える二階のちょっとした屋外テラスから、ライブを眺めていた。
しかし、朝のテンションとは違って、少し気分が下がっていた。
その理由は一つ。聡太が出る気配が全くないからだ。楽しみにしていた聡太の出番がなければ、もうライブを見なくてもいいのだ。
ライブの始まりからずっと美優は見ていたが、出てくる人のレベルが低いな、というのが素直な感想だった。聡太が見せたあの歌声に勝る人なんて誰もいないし、演奏もどこかおぼつかない。あの文化祭を見た美優にとっては、見ていて少し退屈な時間だった。それでも、ステージ前に集まる観衆たちは、目を奪われたかのように見ている。
「なーんか、退屈だよねー」
美優と同じ思いを友人の
「やっぱ、神谷君たちのを見ちゃうとねえー。全然違うね」
「だよね」
と、美優は沙耶の方を見ずに呟いた。
「神谷君たちいないから、たぶんもう出ないね」
「うん」
美優はステージで歌う金髪の男子を、どこかつまんなそうに見るのだった。
◇ ◇ ◇
「じゃあね。また明日」
沙耶が手を振って電車を降りていく。美優も手を振って、じゃあね、と返した。
話す相手がいなくなり、美優はスマホを鞄から取り出した。まだ最寄駅まで数分あるからスマホを見て時間つぶしをしておこうと思った。
すると、そんな美優の元に、声をかけてくる人物がいた。
「あれ、新谷じゃん」
端に座っている美優を見て、そう話しかけて来たのは松浦海斗だ。
「松浦君」
少しびっくりしてから顔を上げた。
「あれっ、珍しいな。今日はカキサヤいねえの?」
「沙耶はさっき駅で降りたよ」
「ふーん」
海斗は別に興味ないといった顔で口にする。
「沙耶がいなくて寂しい?」
美優はちょっとからかってみた。
「いや、別に」
海斗は表情一つ変えずに言った。
(素直じゃないなあ)
美優はジト目で海斗を見る。沙耶と海斗は高校時代から高校1年の時に同じクラスになり、それから仲が良い。何度も二人でいる姿を目にし、絶対に相思相愛だろう、と美優は勝手に思っている。早く付きあえばいいのにと何度思ったことやら。
一度、冗談かつ少し本気で海斗と付き合ってみたら、と沙耶に訊いたことがあるが、
『は? 無理無理。あんな男』
こちらも表情変えずにそう言った。本当に素直じゃない二人だ。
「そういえば今日、軽音部中庭でライブしてたよね。松浦君出なかったの?」
美優は気になっていたことを不意に訊いてみた。聡太が出なかった理由を知りたい。
「ん? ああ。あんまり気分じゃなかったら出なかったよ」
「そうなんだ。神谷君もそんな感じ?」
流れで聡太のことも訊いてみた。
「んー、どうだろ。聡太は迷ってたみたいだけどな。でもあんまり気分じゃなかったから出なかったんだろ。聡太と組みたい奴は結構いたがな」
へえ、と美優は感心した。まあ彼の凄さを知れば、集まってくるのは必然だろう。
「ま、聡太が出ないって言った後に、俺も決めたけどな。聡太以外と組むってなるとなんかたるくて」
彼の凄さをよく知る海斗がそう言うと、不思議と納得できた。
「でも、秋にやる文化祭は出るって言ってたよ」
「え、ほんと?」
美優にとって、聞き捨てならないことだった。
「ああ。良かったな、新谷」
海斗はニッと不敵に笑った。
美優は少し顔を赤くし、
「うわ、ムカつく。一発殴りたい」
「怖。電車の中でそんなことするなよ。捕まるぞ」
「いいよ。変態を成敗したって主張するから」
「主張が通りそうで怖いな」
海斗は苦笑いを浮かべた。
「で、最近どうなんだ。そっちの方は」
「そっちって?」
海斗は微笑んで、
「聡太のことだよ。何か進展はあるのかって」
美優はそういうことか、と合点がいった。
「特に何も。何にも進展なしだよ」
首を振ったあと、はあとため息をついた。
「何もないのか? 前、連絡先交換しただろ? なにかやりとりしてないのか?」
「何も。だって用事もないのにやりとりしたら、しつこいって思われるでしょ。神谷君、しつこいの嫌そうだし」
「あー、まあそうだろうな。聡太はそういうの嫌って言うだろうな」
「でしょ? だからやりとりなんてしてないの」
「そうか。そりゃあ残念。ま、ゆっくり行けばいいだろ」
海斗は美優の事情をそれなりに知っている。だからこうして話もできるが、
(ゆっくり、ね。確かにそうだけど、ゆっくり過ぎててもダメなんだよね)
美優はこの現状に、正直危機感を感じていた。
大学で彼のことを見ている女子は何人もいる。明らかに好奇な目で。それに、一年経ったらあの子がもしかしたら同じ大学に入ってくるかもしれない。
それなのに自分は何も進展していないのが焦りだ。もう一ヶ月近く話していない。どうにかして彼と接点を持たねば。
(後で、連絡でもしてみようかな…)
そんなことを美優は考えると、
「そういや新谷。聡太が少し前にバイト始めたの知ってるか?」
「え、バイト? 神谷君が? 初耳なんだけど」
突然の情報に美優は驚いた。けど、とても興味がある内容だ。
「なんだ知らないのか。しょうがないなあ。ここは俺っちが一肌脱いで、進展のない新谷さんにご教授してやりますか」
中々ムカつく態度の海斗に、美優はイラっとしながらも、ぐっと我慢した。喉から手が出るほどの情報だからだ。
「何やってるの? 飲食?」
「おお、そうだ。ファミレスだよ。ファミレス。ホールやってるんだとさ」
「へえ、ホール…」
冷静に声を出す美優だが、内心は、
(え、じゃあ神谷君の接待受けれるの? 行くしかないじゃん。ってか、絶対そこの店繁盛してるよね!?)
嬉しさと若干の焦りがあった。
「どこで働いてるの!」
電車がそろそろ最寄駅に着くのを確認し、席を立った美優はぐいっと海斗に詰めよった。
「そんな焦るなって。ちょっと待ってな。えーっと……、ああ、ここだな」
海斗がスマホを操作し、美優に画面を見せた。
ありがと、と美優はスマホで同じ店舗を調べた。そのタイミングで電車が駅についたようだ。
「じゃあ松浦君。私ここだから」
「おー、じゃあな。頑張れよー」
海斗に手を振って、電車を降りると、早足で改札を抜けた。駐輪場に留めていた自転車に鍵を差し込み、サドルに乗って勢いよくペダルを漕いだ。
まだ初夏だから汗は出なかったが、体は熱かった。約15分ほど自転車を漕いで、目的地に着いた。
駐輪場には何台か自転車が留まっている。おそらく学校帰りの学生だろうと思った。夕方のこの時間は学生で多いからだ。美優も自転車を綺麗に並べて、留めた。
自転車のスタンドを下げているときだった。美優のすぐ横で、自転車のブレーキ音が鳴ったのは。
少しびっくりして、美優は顔を横に向けた。
(なんで、ここに?)
視線の先に映る人物を目にして、目を大きく開いた。
「……なぜ、あなたがここに?」
視線の先に映る人物ー-乾春奈も驚いたように美優を見つめていた。
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