第17話
聡太が大学生活をスタートさせた一方。
乾春奈も少し日が経った後に、始業式を迎え、最後の高校生活をスタートさせた。
3年生になったことで迎えるの受験だ。約1年後。春奈には大学受験が待っている。そのために一日一日しっかり勉強しなくてはいけない。
一ヶ月前。春奈は想いを寄せる一学年上の先輩、神谷聡太に告白をした。その際、自分も聡太と同じ大学に進学すると宣言した。
彼との関係を変えるためにも、春奈にとって今年は勝負の年なのだ。絶対に受かり、聡太の後を追う。そして晴れて恋人同士になる。その目的のために、やらなくてはならない。
「春奈、今年も同じクラスだね!」
始業式を終えて、席につくと友人の坂井楓が話しかけてきた。彼女は春奈にとって親友だ。
「うん。今年もよろしく!」
春奈は友人の手を握って、お互いに同じクラスになったことを喜びあった。
「ところで春奈。今年は委員会なにする?」
担任教師が今朝、明日にはクラス長や委員会諸々決めると言っていたので、楓がそのことについて触れてきた。
「私は、もう決まってるよ」
春奈は余裕に満ちた笑みを浮かべた。
「もう決まったの? まさか、また図書委員とか?」
「そのまさか」
春奈がニッと笑うと、楓は驚いたように少し目を大きくした。
「春奈、そんなに図書委員好きだったの? 本好きなんて知らなかったよ」
「うーん、別に本はすごく好きなわけじゃないけど、1年生からやってるし、どうせなら3年生になってもやろうかなって」
「そっかー。でも愛しの神谷先輩はもういないけど、それでもいいの?」
楓はちょっとからかうように、意地悪に笑った。
「べ、別に。そりゃあちょっと寂しいけど、卒業したから仕方ないじゃん」
聡太の名前が出ると、春奈は少し顔を赤くした。
「ふふ。春奈ってば、可愛い~」
楓はクスクスと笑いだす。春奈はその友人の様子を見て、さらに顔を赤くした。
「ちょ! 笑わないでよ!」
「春奈ってば、先輩のことになるとすぐ顔が赤くなるんだから。面白くて」
楓はツボったように笑い続ける。春奈は、むむむ、と口を尖らせた。
「そう怒らないで。可愛い顔が台無しだよ」
「楓が変なこと言うからでしょ!?」
春奈はからかってくる友人につっこむ。思わず大きな声が手でしまい、少しクラスメイトから視線が向けられた。恥ずかしくなって、顔を俯かせた。
翌日、予定通り委員会等の役割を決めることなった。
春奈は希望通り図書委員となった。誰も図書委員なんてやりたくないから、すんなり決まるのは当然だった。
来週に全学年で集まって、顔合わせやスケジュール等の確認をする。一昨年、昨年も同じ流れだから、もう慣れたものだ。
翌週になり、春奈が思っていた通りに話は進む。少し退屈だったが、話は割とすぐに終わった。
一回目の委員会の翌日、春奈はシフトが入っていたので、図書室に訪れ、いつものカウンターの席に腰を下ろしていた。
前に面白そうだなと思った小説を机に広げる。予想通り面白くて、つい読みふけてしまった。
時折、室内を見渡すが人はほとんどいない。本が好きな人か、たまに勉強をしに来る人が現れるくらい。ほとんど毎日来てくれた春奈の想い人のような生徒はいない。
(先輩、今ごろ何してるんだろ…)
春奈はかつて聡太がよく座っていた席をぼんやりと見る。
真剣に勉強する彼の姿が浮かぶが、その姿はもうない。
春奈ははあ、とため息をついた。
好きな人に会えない日常は、思った以上に退屈だった。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、行ってくる」
いってらっしゃーい、と妹の葉瑠が声をかける。聡太はその声を聞いて、玄関を開けた。
聡太がこれから向かう場所はアルバイト先だ。4月の頭から働き始め、今日で3週間が経った。
アルバイト先は自宅から徒歩で15分ほどのファミレスだ。自宅から近い、時給もそれなりに良いからという理由でここで働くことを決めた。
裏口の扉を開け、おはようございます、と挨拶する。中で休んでいた1つ上の女子大学生、
理穂はいじっていたスマホを止めて、話しかけてきた。
「神谷君、今日で出勤してどれくらい?」
「7か、8回目です」
「どう? もう慣れた?」
「最初よりはマシになりましたけど、まだ慣れてはないです」
「ま、困ったらこの理穂姉さんにいつでも聞いてくれていいからね」
理穂は胸を張って、トンと自分の胸を叩いた。
「ありがとうございます」
聡太は小さく頭を下げて、礼を言った。
聡太は更衣室で制服に着替え、タイムカードを押した。今日は夜9時まで。4時間の勤務だ。
おはようございます、と厨房で働く社員やアルバイトに挨拶する。おはよう、と声が返ってくる。
聡太はキッチンではなくホール係だ。同じホールの社員らにも挨拶をし、仕事を始めた。
「神谷君、まだバイト始めてすぐだから、わからないところは聞いてな」
「はい。ありがとうございます」
社員の方がそう言ってくれるのは、すごくありがたかった。聡太はしっかりと礼を言った。
カランと扉が開く音が鳴り、客が入ってきた。聡太はいらっしゃいませ、と言った。
入ってきたのは3人組の女子高生だ。膝上のスカートに、少し化粧をしているのか派手目な子たちだ。ちょうど帰宅中だったのだろう。
3人は聡太を見ると、足を止め、何故か固まったように凝視してきた。
「…では、こちらの席にどうぞ」
不思議に思いつつ、案内を開始した。彼女達が席に着いてから、聡太は傍を離れた。
「ねえ、めっちゃかっこよくない?」
「ね! びっくりしちゃった!」
女子高生は聡太が離れた後に、嬉々と話始める。その話は聡太には届いていない。
ピンポーン、とオーダーチャイムが鳴って、聡太は再び女子高生達の前に立った。彼女達が注文を言うのを聞き、端末に入力していく。
以上で注文はよろしいですか、と訊ね、聡太はその場を去った。
「カッコいい~。あんな人見たことないんだけど」
「モデルさんかなあ。写真撮ってもらおうかな」
「あとで話しかけてみる?」
女子高生達はまたしても聡太の話題で盛り上がった。その声は聡太には届いてはいない。
「イケメンって、すごいねえ」
聡太が出来た料理を配膳しようとすると、横にいた理穂がぼそっと呟く。もちろん聡太には聞こえない声で。
聡太は料理を各テーブルに運んでいく。まだ慣れない手つきだが、お年寄りや子供の前に綺麗に品を置いた。女性からは何故か顔をチラチラと見られたが、気にしないようにした。
そのうち、女子高生が頼んだ品も運ぶことになった。慎重に彼女達のテーブルに置き、最後に伝票を筒に入れて去った。
そこでカランと扉が開き、お客が入ってきた。近くにいたアルバイトの先輩が声をかけ、案内をした。
聡太は空いたテーブルの皿を下げ、綺麗に布巾で拭いていると、
「えっ、先輩…?」
左からそんな女性の声が聞こえてきた。どこかで聞いたことのある声だった。
聡太は声のする方へ見やると、驚いて手を止めた。
「乾さん…」
目の前には、かつて聡太が通ってた高校の制服を身に纏った乾春奈が立っていた。
「先輩、なんでここに?」
春奈は突如現れた初恋の人を前に、久しぶりに胸の高鳴りを感じた。
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