第15話
『フットサルサークルどうですかー! 毎週火曜日と木曜日にやってまーす』
『コスプレに興味ある子、コスプレサークルに是非来てくださーい!』
右に左と、まるで夏祭りの屋台のようにテントを構え、クラブ・サークルの募集活動が行われている。上級生らしき人たちが通っていく新入生にまんべんなくビラを配っている。
聡太ももらったビラに何となく目を通す。でも、興味がないからざっくりとしか見なかった。
「聡太、街ブラサークルだってよ。何か面白そうじゃないか?」
横からそう声をかけてきたのは、松浦海斗だ。高校からの同級生であり、去年は一緒に文化祭でバンドをやった仲だ。海斗も聡太と同じ大学に合格し、学部も同じだった。
「面白そうだけど、あんまり入りたいとは思わないかな」
街ブラサークルのテントに目を向けると、偶然にもサークルメンバーと思われる女子大生と目が合った。勧誘されそうだったので、すぐに目を逸らしたが。
「それにしても、すげえ人」
海斗が周り一帯を見渡して、言った。
「まあ、入学式だから」
今、聡太達がいる場所は、大学から離れた場所にある県の体育館だ。その体育館の周りにはスーツを着込んだ新入生とクラブ・サークルの募集活動している上級生で、実に賑やかな空間だった。
「確か全学部の人が集まるんだよな。全部で何人ぐらいいるんだろうな」
「どうだろ」
二人は会場の体育館の入り口を目指し、のんびり話しながら歩く。
「ねえねえ! そこの男の子!」
そんな二人に、横から声をかけてくる人がいた。立ち止まって顔を向けると、そこには上級生の女子大生三人。
「もしよかったらダンスやってみない? 絶対楽しいから、もし興味があったら来て!」
女子大生一人に、二人はビラを渡され、ざっと目を通した。『一緒にダンスしようぜ!』と大きな文字で宣伝している。
「わ、わかりました」
海斗が女子大生の熱意に少し押され気味なっている。こんな時、わかりました、としか言えないのが、厄介だ。
「ねえねえ、君は何学部なの?」
後ろに控えていた女子大生二人が聡太に詰め寄って来た。二人とも髪が明るい。茶色に金色だ。
聡太は素直に学部を答えると、派手派手な女子大生は、
「そうなんだ! じゃあキャンパス一緒じゃん! ねえ君、もしよかったら連絡先交換しようよ」
スマホを取り出して、グイグイと聡太に詰め寄る。
(参ったな…)
聡太は少々困惑した。それでも丁重に断った。
「ごめんなさい。自分、スマホまだ持ってなくて…」
「ええそうなの!? このご時世持っていない人なんているんだ!」
びっくりしたように茶髪女子大生が、口をあんぐり開けた。
(そこまで驚くことかな?)
そのリアクションに聡太は苦笑いを浮かべた。
「じゃあしょうがないかー。あ、でも、スマホ買ったらいつでも待ってるからね」
金髪女子大生がパチリと片目をウインクする。聡太は苦笑のまま頷いておいた。
じゃあねー、と三人組の女子大生は去っていった。彼女達はすぐに新しい獲物を捕まえて勧誘していた。
「聡太、そろそろスマホ買った方がいいんじゃないか?」
呆れたように海斗は言った。
「いや、あるけど」
「は?」
海斗は腑抜けた声を出した。目も点になっている。
「いや、だからあるって」
聡太は鞄に手を入れて、ゴソゴソと探す。
「ほら」
鞄から取り出すと、それを海斗に見せた。
「ほんとだ。スマホだ」
まるで初めて見たような表情だ。
「なんで、そんな顔してるんだ?」
「いや、聡太がスマホ買ったなんて、衝撃だから」
「そんなにか?」
聡太はこれまでスマホなしで過ごしてきた。別に日常で困ることはなかったし、皆が持っていても羨ましいとは思ったことはなかった。
だが、大学生にもなって連絡手段がないのは困るだろう、という母親の意見に納得した。それは確かに不便かもしれない、と。
そうして聡太はスマホを買った。妹の葉瑠にどれがおすすめかと聞いた上で選んだ。葉瑠はスマホを既に持っており、聡太にとっては先生だ。
「衝撃だな。皆聞いたら驚くぞ。まあ、やっと連絡できるから助かったぜ。んじゃ、連絡先交換しようぜ」
スマホの電源を入れ、スムーズな手つきで海斗と連絡先を交換する。家族以外に初めて友達の連絡先が登録された。
「よし。ならさっさと会場に入ろうぜ」
「そうだな」
聡太と海斗は会場の入り口を向かった。入口付近に設置された『◯◯大学 入学式』の看板を横にして写真撮影が行われている。結構な列が縦に延びており、順番待ちの人が多い。
帰りに撮ろうぜ、と海斗に言われたので、式後に撮ることにした。帰りの方が空いてそうだからだ。
横目で写真撮影を見ていると、見知った顔の人物を発見した。
その人物は新谷美優。高校からの同級生だ。友人と一緒に列に並んでいた。
彼女は聡太に気づいていない。数秒彼女を見て、すぐに視線を前に向けた。
ステージが真正面に見える二階席に聡太達は腰を下ろした。既に会場には多くの人が席についていた。
式は大方時間通りに行われた。理事長や学長の話がされ、楽器態の演奏で新入生の入学を祝福された。
二時間もかからずに式は終わった。新入生が席を立って、一斉に出口へと歩き始めた。
「案外早く終わったな」
「うん。助かったよ」
聡太も流れるように出口に向かった。
そんな時だった。不意に誰かから肩をトントンと二回優しく叩かれたのは。
振り向いて誰が叩いたのか確認した。聡太はその人物を視界におさめると、あっ、と声を出した。
「新谷さん」
聡太に呼ばれた新谷美優は右手を横に振って応じた。
「神谷君。久しぶり」
「うん。久しぶり」
美優はにこりと笑った。聡太も口角をあげた。
彼女の横に立つ人物にも目を向けた。
「あれっ、カキサヤじゃん」
そう呼んだのは海斗だ。その呼称は美優の友人を指していた。
「ありゃ、松浦じゃん。あんたも一緒の同じ大学なの?」
カキサヤと呼ばれた女性も海斗と同じく驚いていた。
「ああ。聡太と同じ学部だな。カキサヤも新谷と同じ学部だろ?」
「そうだよ」
カキサヤ。本名、賀喜沙耶。呼びやすいからという理由でフルネームで呼ばれることが多い彼女。美優同様、高校時代可愛いとよく言われていた。
聡太は彼女と接点はない。何度も見かけることはあったが、話すまではなかった。
沙耶は聡太に視線を向けると、
「神谷君、こうして話すのは初めてやね。これからよろしく!」
明るい声で言う彼女に、聡太もよろしく、と返した。
「ってか、その髪どうしたんだ? グレたか?」
「グレてないっての。イメチェンよ。イメチェン」
海斗の言葉に対して、沙耶は手で髪を靡かせた。ロングで金色の髪がふわっと舞った。
「これが俗に言う大学デビューってやつだな。まあ、頑張れよ」
海斗は呆れた目で沙耶を見る。
「頑張れって何よ! そういう松浦は何にも変わってないね~。これはモテんわ」
「はあ!? 俺こう見えて意外とモテるんですけど?」
「どの顔が言うねん」
「喧嘩売ってんのかオイ。こんなアホそうな金髪ヤンキーなんかよりは100倍モテるわ」
「誰がアホで、ヤンキーやって??」
「お前しかいないだろ??」
ガミガミと二人はお互いを罵り合う。その様子を聡太と美優は苦笑して見ていた。
「ねえ、神谷君」
「ん、なに?」
いまだ罵り合う二人を置いて、美優と会話する聡太。
「後で、入り口の所で写真撮らない? この四人で」
「いいよ」
人の波に流れるように会場出ると、入り口に置かれた『入学式』の看板の前に来た。
「すいません、写真撮ってもらってもいいですか」
美優が同じ新入生に撮影を頼んでいる。すんなりと受け入れてくれて、美優は頭を下げた。
「じゃあ、みんな撮ろ。早く並んで」
入学式の看板を真ん中に、左から美優、聡太、沙耶、海斗が並ぶ。
「はい、いきまーす」
カメラマンの新入生の合図で、皆ピースを手に作った。
「ありがとうございます」
美優がカメラマンの新入生に近寄って礼を言い、スマホを受けとる。聡太も軽く頭を下げた。
「うん。良い感じに撮れてる。じゃあこれ、後で皆に送るね」
「おっけーい」
だが、美優はすぐに、あっ、となにかを思い出したように声をあげた。
「どうした?」
美優は聡太を見て、
「確か、神谷君、スマホ持ってないよね?」
マジで、と沙耶が驚く。まるで変わった人を目で聡太を見た。
「いや、あるよ」
「えっ、そうなの?」
聡太はスマホを鞄から取り出した。
「最近買ったんだってよ。妹に操作教えてもらったらしい」
「最近って…。これまでどうやって生きてたの?」
沙耶は理解できない表情を浮かべた。
「そっか、じゃあ送れるね。ならどうしよ。松浦君に送ればいいのかな」
「いや、普通に聡太に送ればいいんじゃない?」
すると、美優は何を思ったか、急に顔を赤くした。
「えっ、でも…」
ちらりと聡太も見る。
「ああ、連絡先? 別にいいよ」
聡太はスマホを操作し、QRコードを見せた。
「あっ、ありがと…」
美優は聡太のQRコードをスマホで読み取った。
数秒、美優は画面を見てぼっーとする。
「良かったね。美優」
ビクッと、体に電流が走ったように、その言葉で美優は我に返った。
「さ、沙耶!!」
沙耶は美優の様子を見てニヤニヤとしている。
「じゃあ、今もうここで送るね」
美優が操作すると、聡太のスマホに音が鳴った。
画面を開くと、『美優から新着メッセージが来ています』と表示されている。
聡太は美優から送られた写真を指でタップして、表示させた。
海斗の目が少し半開きになっているのに、思わず笑ってしまった。けど四人が笑ってる写真は良い写真と思えた。
聡太は嬉しさを顔には出さないように、画像を初めてフォルダに保存した。
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