第14話
卒業式。3年間通った学校に別れを告げる日を迎えた。
体育館には来賓を始め、卒業生の親。後輩な一、二年生が椅子に座っている。
主役である3年生にかけられる声は多い。校長始め、来賓の方が順にマイク通しておめでとうと祝辞を送ってくれる。その度に、礼を繰り返すのは、少々飽きてくる。
代表生徒が卒業証書を貰い、答辞を読み上げる。代表生徒が読み上げる内容には、3年間の行事の出来事、部活動など、高校生活の思い出が含まれていた。聡太もそんなことがあったな、と振り返った。
卒業生が退場します、と司会の合図によって、式が終わりを迎えた。多くの人の拍手に見送られ、体育館を去った。
クラスに戻り、担任の最後の言葉を聞き、クラス全員で写真を撮って、3年間の高校生活は終わった。
終礼後、卒業生はスマホを片手に持って、友達やクラスメイトと写真を撮り始めた。教室だけじゃなく、廊下にも卒業生が写真を撮り合っている。
聡太も3年間を過ごした仲間と写真を撮った。友人の渉。文化祭で最高の思い出を作った、海斗、勇太、誠也と一緒に撮り合った。
(ある程度撮ったことだし、もう帰ろうかな)
まだ教室、廊下にはたくさんの卒業生がいる。誰も帰っていないのでは、と思うくらいに。友人、クラスメイトとの最後の瞬間になるかもしれないから、一人でも多く思い出を残しておきたいのだろう。
その光景を見ながら、一人昇降口に向かおうとすると、
「神谷君! 一緒に写真撮ろー!」
数名の女子生徒に囲まれて、足を止めざるを得なくなった。断るわけにもいかないので、聡太は彼女らが手に持つスマホの画面に顔を入れた。
「神谷君、次私もお願い!」
「その次、私で!」
あっという間に人だかりができてしまった。聡太は困惑しながらも、写真にはしっかりと応じた。
「あ、あの、私も写真いいですか?」
声をかけてきたのは、二年生の女子生徒だ。聡太は初めて話す子だった。ポニーテールに髪を結った子だ。彼女の後ろに3人付き添いがいる。
いいですよ、と頼みを応じ、聡太は彼女と写真を撮った。
ありがとうございます、と女子生徒は言う。しかし、彼女はまだ何か言いたげにその場にいた。
「あの、先輩ちょっといいですか?」
彼女にそう言われ、聡太は少し人気のないところに案内された。
(この雰囲気はもしかして…)
何度もこの状況を体験したことのある聡太は、困った。だって彼女の表情がそれを物語っているからだ。
「ずっと好きでした。私と、付き合ってくれませんか」
恥じらいながら、勇気がこもった彼女の表情を見ると、胸が痛む。何回も経験したが、一向に慣れることはない。
聡太はいつものように断った。彼女はわかってたように、そうですか、と呟いた。
「その、進路先でも頑張ってくださいね! 私応援してますから」
彼女の目が赤くなっているのは、すぐにわかった。けど指摘することなく、聡太はありがとう、と感謝の言葉を口にした。
そうして彼女は去っていった。彼女の動向を見守っていた友人が彼女の元に集まって、互いに抱き合うと、彼女は堰を切ったように泣いた。その光景を遠目で見ていた聡太は、何とも言えない感情に襲われた。
「か、神谷君」
そんな聡太の背後に、声をかけてくる人物が一人。新谷美優だ。
聡太はびっくりして振り返った。
「ごめん、驚かせちゃって」
美優は目を丸くして言う。聡太の意外な表情を見れたからかもしれない。
「あ、いや…、謝らなくていいよ」
少し取り乱してしまい、恥ずかしい姿を見られた。体温が上昇した気がする。
「えっと、それでなにかな?」
聡太は美優にそう訊ねた。彼女と話すのは大学試験の日以来だ。
「あ、その…、写真一緒にどうかなって」
手にしたスマホを聡太に見せ、そう答える彼女。
「うん。いいよ」
聡太は気楽に応じると、美優はぱあと顔を輝かせ、ありがとう、と言った。
美優に近づき、スマホの画面に入る。一瞬、美優が驚いたように肩を上下させた気がした。
気になって彼女の顔を見ると、視線が合った。それもかなり近い距離で。
これには聡太も驚き、咄嗟に一歩後ずさる。もしあのままキスでもしたら大問題だ。
美優も驚いて、固まっている。顔はいつもより赤く見えた。
「ご、ごめんね! じゃあ撮ろっか!」
まるで何もなかったように美優は言葉を発するが、表情に冷静さを保てていない。
「あ、うん。こちらこそ…」
仕切り直しに、美優に近づきスマホの画面に入る。じゃあ行くよ、と彼女の合図でシャッター音が鳴った。
ありがとう、と美優は言った後、撮れた写真を確認した。うんうんと頷いているから良い感じに撮れたのだろう。
美優はスマホの画面をオフにした後、
「神谷君。その…、試験どうだった?」
と訊ねてきた。
「うん。受かったよ」
「ほんとに!? おめでとう!」
「あ、ありがとう…」
妹の葉瑠と同じくらいの喜びに、聡太は少々困惑する。自分は喜びより、安堵の方が強かった。
「新谷さんは、どうだった?」
同じ大学を受けた彼女の動向は、やはり気になった。率直に訊いてみる。
「その…、私も受かったんだ」
「そっか。良かったね。おめでとう」
照れたように笑う彼女に、聡太は祝福の言葉をかけた。
「ありがとう。神谷君とは学部は違うけどまた一緒だね」
そうだね、と聡太は頷いた。
「これからもよろしくね」
「こちらこそ。じゃあーー」
一段落つき、聡太は今度こそ帰ろうかと思った。しかし、
「あっ、ちょっと待って」
美優に引き留められ、聡太は足を止めた。
「神谷君、そのー、第二ボタン。あるよね」
「うん。あるけど」
聡太は学ランの第二ボタンをちらりと見る。第二ボタン以外はもう無く、唯一学ランにまだついている。
「その、もしよかったら、私にくれないかな…?」
顔を赤くして、意を決してそう言う彼女の瞳は真剣だ。
しかし。
「ごめん。実はもう渡す人がいるんだ」
聡太は彼女の願いを断った。
「あっ、そう、なんだ…」
その瞬間、残念そうに美優は目を伏せた。
「結構前から、欲しいって言われててね。だから、ごめん」
「そうなんだ。じゃあ、しょうがないか」
美優は残念そうに笑った。
「美優~! どこ~!」
すると、どこかしらか女子生徒の大きな声が聞こえた。
「あっ、もうこんな時間! 写真撮ってくれて、ありがと! じゃあね神谷君!」
彼女は慌てて声が聞こえる方角へ走っていき、聡太の前から去った。
やることも特にないので、聡太は昇降口に向かった。
下駄箱から靴を取り出し、地面に置いたところで、
「せ、先輩!」
一人の女子生徒に声をかけられた。
「乾さん」
後ろを振り返ると、そこには息を切らした春奈がいた。
「はあはあ…! やっと見つけた…」
「乾さん。もしかして、俺のこと探してたの?」
「はい…。そうです…!」
膝に手をついて、呼吸を整える春奈。聡太はそんな彼女の仕草に目を奪われた。
「だって先輩、教室に行ってもいないし、見つけたと思ったら、いつの間にかいないんですもん!」
顔を起こし、はあ、と春奈は深い息をついた。やっとまともに話せる状態に落ち着いてきたようだ。
「ここじゃああれだから、ちょっと別の場所に行こうか」
聡太は出した靴を再び下駄箱にしまった。
聡太の後ろを春奈がついていく形で、ある場所へ向かう。行き先を告げなくても、二人にとって行く場所は一つしかない。
「久しぶりに来たけど、相変わらず人いないね」
図書室の扉を開け、中を見た聡太は一言そう発した。
「今日は卒業式ですから、人がいないのは当然ですよ。よっぽどの本好きか勉強好きの人しか来ませんよ」
「そうだね」
春奈の言葉に、聡太は思わず目を細めた。勉強好きな人。間違いなく一番図書室で勉強していたのは自分以外に、勉強好きでここに勉強しに来る人は知らない。
「ここで、初めて先輩と会いましたね」
「そうだったね。もう1年、いや、もうちょっとで2年になるか。乾さんを知ってから」
当時のことを、聡太は頭の中で思い浮かべた。
「そうですね。最初はほぼ毎日ずっと勉強してるから、よっぽど勉強好きな人なんだなあ、って思ってました」
「確かに毎日のように来てたね。勉強好きは否定できない」
「でも、話してみたらちゃんと答えてくれるし、笑ってくれるので安心しました」
「何で安心するのさ」
「だって、もっと暗い人だと思ってたから」
「そんな暗かったかなあ」
「多少ですよ、多少。今はそんな雰囲気ないですよ」
春奈はそう言って微笑んだ。
「先輩は私のこと、最初はどう思ってたんですか?」
「えっ」
唐突に訊かれ、聡太は困った。春奈と出会った頃を思い出しながら、考えた。
少し考えた後、聡太は答えた。
「乾さんは、不思議な人だなって印象だったかな」
「不思議な人?」
春奈は首を傾げた。
「うん。さっき乾さん言ってたけど、結構暗いとか怖いとか周りから言われることはあったの。でも乾さんはそんな俺に対して、普通に話しかけてくれた」
あの時のことはよく覚えている。気さくに話かけてくれた彼女の表情が今も頭の中に残っている。
「普通、そういう印象の人は話しかけづらいと思う。けど乾さんは違った。だから不思議な人だなあって」
春奈は、ふーん、と頷く。聡太の口からそんなことが聞けてからか、嬉しそうだった。
「今はどうなんですか?」
「今?」
「そうです。今は私のことはどう思ってますか」
春奈の問いに、聡太はまたしても困った。
春奈のことをどう思っているか。考えたこともない質問に、悩む。
聡太は黙って考えた。けど、答えを出すより先に口を開いたのは春奈だった。
「私は、変わりましたよ」
「えっ?」
「先輩のこと。最初の印象から」
どう変わったのだろうか。聡太は気になった。
春奈はかつて聡太がよく座っていた席に近づき。その椅子に触れた。
「さっきも言いましたけど、はじめは勉強好きな人で暗そうな人。でも少しずつ話すようになって、そのイメージは無くなりました。口数は少ないけど、笑ってくれる。私の話をちゃんと聞いてくれて、ちゃんと答えてくれる。私はそれが嬉しくて、先輩と話すのが楽しかったです。だから2年になっても図書委員をやって、先輩と少しでもいいから一緒にいたいと思いました。けど…、まだ足りません。私はずっと先輩の近くにいたいです」
椅子から離れ、ゆっくりと春奈は聡太の前まで近づいた。
先輩、と春奈は聡太を呼ぶ。その顔は赤くなっているが、恥ずかしさはない。素敵な微笑みだった。
「私、好きです。先輩のこと。誰よりもずっと。誰よりも傍にいたい。それが先輩に対して最初に持ってた印象から変わったことです」
その告白に、聡太は何故か体が熱くなるのを感じた。何度か告白を受けたがこんな経験は初めてだった。
鼓動がいつもより早い気がする。何故だろう。今までこんなことなかったのに。
でも、返事の答えはもう決まってる。聡太は女性が苦手だ。春奈とは話す間柄だが、女性が自分の奥底に近づいてくるのは苦手だ。
あの頃から聡太の女性に対する認識はまだ改善されない。いつまでも前には行けない。
「乾さん」
春奈の想いに対し、聡太は返事をしようと名を呼ぶ。しかし。
「待ってください」
そう春奈に止められた。
「乾さん?」
あまりのことに聡太は目が点になった。
「返事は今はいいです。というよりしないでください。だってフラれるのは決まってますから。だから今じゃなく、もっと私のことを見てから返事をください」
「けど、乾さんとはーー」
もう会わないかもしれない。そう言おうとするより先に。
「私、大学行くので。先輩と一緒の。だから会えなくなる、なんてことはありません」
驚きの発言に聡太はまた目が点になった。
「そ、そうなの?」
「はい。絶対受かって、同じ大学に行くので。だから待っててくださいね」
「わ、わかった…」
「あっ、先輩に一つお願いがあるんですけど」
聡太は首を傾げた。
「その第二ボタン。私にくれませんか」
春奈は聡太の第二ボタンを指差した。
「ごめん。これは、ちょっと…」
渡せないことを、聡太はそう態度で示すと、
「そうですか、残念です」
「ごめん」
「じゃあ誰にあげるんですか? もしかして、好きな人とかいるんですか?」
春奈は気になるように聡太に詰め寄る。聡太は一歩後ずさりした。
「これは、その…」
苦しい表情を浮かべたが、聡太は中々口を割らない。
そんな表情が面白かったのか、あははと春奈は笑った。
「そんな顔しなくても。たぶんですけどそれ、妹ちゃんにあげる予定ですよね」
「う、うん。なんで、わかったの?」
もう何度驚けばいいかわからない。彼女にしてやられっぱなしだ。
春奈の言う通り、第二ボタンは妹の葉瑠にあげる予定だ。聡太は別に誰にあげてもよかったが、一ヶ月くらい前から、
『お兄ちゃん! 第二ボタンは私にちょうだいね! 絶対だよ!』
と、言われていたので、あげることにした。約束を破ったら葉瑠はきっとすごく怒るだろうから、欲しいと頼まれても断ることにした。
「そんなの、先輩のことずっと見てたからですよ」
妹と同じ名前が入った彼女が、可愛らしく笑みを浮かべる。
そんな彼女との関係はどうなるのだろう。彼女が今後、聡太にとってどういう存在になるのだろうか。今はまだわからない。
けど、きっと良い方向に行くはず。そんな未来が見えた気がした。
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