第12話
「そんじゃ、乾杯!」
乾杯、と4人でグラスをこつんとぶつけ合う。もちろんグラスの中はジュースだ。
文化祭が終わり、聡太達バンドメンバー4人は打ち上げのために学校近くのファミレスに来ていた。
「うはぁ! 上手い!」
まるで酒を飲んだように、大胆にリアクションしたのは海斗だ。
「いやあ、でもほんとによかった! 大成功だったな!」
そうだね、と勇太はテーブルに置かれたポテトを一つ取り、口に入れた。
「大成功だな。観客も大盛り上がりだったし」
誠也もそう言って笑みを浮かべた。
「確かに。観客も盛り上がってくれたな。最初の歓声聴いた時は思わず鳥肌立ったぜ」
「俺もだ」
海斗の言葉に、誠也が頷く。勇太もうんうん、と頷いている。
「でも、今回のライブ。間違いなく聡太がいなかったら、盛り上がらなかっただろうな」
海斗は聡太を見て、そう言葉にする。勇太も誠也は海斗の言葉に納得するように、口角をあげた。
「聡太が入ってくれたから、最高のライブができたんだ。礼を言わないとな」
ありがとう、と海斗は聡太に感謝の言葉を口にした。
聡太は気恥ずかしくなって、海斗からの視線を逸らした。
けど、すぐに海斗に視線を戻した。
「俺の方が礼を言わなくちゃいけない。海斗が誘ってくれなかったら、俺はステージの上に立つこともできなかったからな。今年も観客席で眺めているだけだった」
聡太はステージから見る景色を脳裏に思い返した。
自分の煽りを観客が全力で返してくれる。手前の席の人から奥の人まで、一人一人が自分に視線を向けている。その表情は喜び、笑顔、期待でいっぱいだった。
こんな世界があるなんて知らなかった。ステージの上から観客を笑顔にできる。聡太は人生で一番と言っていいほど、興奮をした。本当に夢のような空間だった。
「だから、こちらこそありがとう。皆と演奏ができて良かった」
聡太は全員に向けて感謝をした。しかし、3人はぽかんと固まって聡太を見ている。
「えっと…?」
少しの沈黙に聡太は困惑した。けど、すぐに3人は反応を見せた。
「いや驚いた」
「うん。びっくりした」
「ああ」
3人はそんなことを揃って言う。
「聡太から素直に感謝されるなんて、あんまなかったからな」
「確かに」
「そうだな」
聡太は思わず苦笑した。自分はそんな冷たい人間だと思われていたのか。
「まあ、何はともあれ。ライブ大成功だ! 今日はいっぱい食べようぜ!」
そうして打ち上げは夜遅くまで行われた。
今日をもって皆とのバンド活動は終わる。刺激的な毎日だった。それがなくなるのはやはり寂しい。けど、この4人と過ごした日々は忘れることのない思い出として深く刻まれている。
この3人と出会えて良かった、聡太は心の底からそう思った。
「お兄ちゃんかっこ良かった! 本物の歌手見たいでビックリしたよ! エミちゃんもビックリしてた!」
自宅に帰ってくると、妹の葉瑠が一番にそんなことを言ってきた。
「私、最初の曲とチューブみたいなの口に咥えて、変わった声出してから始まる曲が好き! 歌詞も良いしメロディーも良かったな~」
葉瑠は胸の内を全部吐き出すように捲し立てる。それだけ今日のライブを楽しんでくれたのだろう。聡太は妹の言葉が嬉しかった。
「でねでね! あとエミちゃんのお母さんも来てて、動画撮ってくれたの! 後で送ってくれるって言ってたから、何度でも今日のライブ見返せるの! お母さんにも見せてあげたいなあ」
聡太は熱く語る葉瑠の姿を見て、笑みを浮かべた。
(有志、やって良かったな…)
葉瑠の姿を見ていたら、何だか自分も嬉しい気持ちになった。
文化祭が終わり、聡太の日常は勉強漬けの日々に戻った。
放課後に図書室に籠って、勉強。家に帰ったら夕食を作る。何度もこなしてきた日常。だが、有志の練習を数か月行ったこともあって、前より楽に感じた。
「珍しいね。乾さんが勉強なんて」
放課後に図書室に行くと、カウンターで勉強している乾春奈がいた。彼女がここで勉強している姿を見るのは初めてだった。
「ちょっと、私も頑張ろうかと思いまして」
彼女は顔挙げると、普段見ない眼鏡をつけていた。聡太は思わず眼鏡姿の彼女を凝視した。
「えっと…、今日はコンタクト忘れて、仕方なく眼鏡をかけてるだけです…」
恥ずかしそうに目線を逸らす春奈。そんな彼女の表情を見るのも新鮮で、聡太はくすりと笑ってしまった。
「そう。頑張ってね」
春奈にそう言って、聡太はいつもの席に腰を下ろす。
「頑張ります。先輩の後を追えるように」
彼女が何か発したようなので、聡太は視線を向けた。
「どうかしましたか。先輩?」
ふふ、と妖しい笑みを春奈は浮かべた。聡太は不思議そうに首を傾げた。
◇ ◇ ◇
季節はあっという間に冬となり、ついに試験本番を迎えた。
(大丈夫。自分がこれまでやってきたことを出すだけ)
聡太はその意気込みで会場に向かった。
会場まで数百メートルとなった時、道路脇から現れた女子生徒と危うくぶつかりそうになった。
「ごめんなさい。あっ…」
謝罪した女性生徒は顔上げると、びっくりしたように目を大きくした。聡太も彼女と同様に驚いた。聡太は目の前の女子生徒を知っている。
「新谷さん…」
聡太はその名を口にして、彼女の手を見た。参考書らしきものを持っていた。
新谷美優は固まったように聡太を見つめている。何か言いたそうな表情をしていた。
しかし、先に口を開いたのは聡太だった。
「新谷さんも、ここ受けるの?」
そう。聡太が気になったのはそこだ。彼女も同じ大学を受けるなんて意外だったからだ。
「う、うん。そうなの」
美優はぎこちなく首を縦に振った。
すると、彼女は続けてこんなことを言ってきた。
「その、もしよかったら、大学まで一緒に行かない?」
大学はもう目に見えている。多くの受験生が大学に入っていくのも確認できる。
「うん。いいよ」
聡太がそう言うと、彼女はありがとう、と嬉しそうな顔をした。
わずか数百メートルだが、彼女と二人きりで話すのは実に久しぶりだった。1年生の頃以来だろう。
美優にどこの学部を受けるのかと訊ねたら、彼女は人間学部と言った。人間の心理に興味があり、学んでみたいと、彼女はそう理由を口にした。
反対に彼女にも訊かれた。聡太は受ける学部を答えた。彼女とは違う学部だ。
美優はこれから起こる試験に対して、「神谷君は自信ある?」と訊いていた。
「どうだろう。あるといったらあるかもしれない。ないといったらないのかも」
「なにそれ」
面白かったのか美優はクスクス笑った。
「自分がやってきたことを出すだけ。その力が出せれば大丈夫って信じてる」
「自分のやってきたことを信じる…。そうだね」
美優は自信なさげの顔から、吹っ切れたように、自信がある表情へと変わった。
「ありがと、神谷君! 絶対、受かろうね!」
そうして、受験する校舎が違う聡太と美優は別れた。絶対受かろう。その言葉が強く胸に響いた。
(よし、頑張ろう)
不思議と自信が沸いてくる。彼女の言葉を背に、聡太は会場の教室へと向かった。
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