第9話
文化祭二日目。二日間の最終日となる今日。
聡太は妹の葉瑠と一緒に店を回っていた。葉瑠は今日を楽しみにしていたのか、いつも以上にニコニコしている。
「お兄ちゃん! 次あそこ行こ!」
指を指して、大きな声で言う葉瑠に聡太は苦笑する。さっきから食べて、歩いての繰り返しに疲れを見せない妹に感心したくなる。
「おいしいー! お兄ちゃんも一口あげる!」
葉瑠が手に持つクレープを聡太の口元に近づける。お腹は空いていないが、聡太は一口チョコバナナ味のクレープを食べた。
「うん。おいしい」
葉瑠は聡太の手を握り、あちこち移動する。完全に振り回されている状態だが、嫌ではなかった。
「いらっしゃいませ。あっ、神谷君」
葉瑠は聡太のクラスが出すカフェに行きたいと言うので、3-5の教室の入り口を潜った。給士役の女子生徒が少し驚いた顔を見せる。
「ん? その隣の子は? もしかして妹?」
聡太は、こくりと頷く。
すると、クラスメイト(ほぼ女子)がこぞって聡太と葉瑠を囲む。
「きゃああー! 可愛い!! 神谷君の妹めっちゃ可愛いって噂だったけど、マジじゃん!」
「やば! なにこれ! 小学生で完成してない!?」
「可愛すぎる! ウチの妹にしたい!」
などなど、クラスメイト達が歓声をあげる。
聡太は葉瑠に目を向ける。葉瑠はキョトンとして、女子生徒の質問攻めに答えていた。
そういえば、と聡太は一昨年の文化祭を思い出す。同じように葉瑠を連れていった時、お手洗いで葉瑠の元を離れた聡太だったが、帰るとすごい人だかりが出来ていた。
葉瑠の容姿は兄の聡太からは特に考えたことはないが、こうも人気者だと葉瑠はいわゆる美少女なのかもしれない。
聡太は葉瑠と席について、軽食を食べる。葉瑠がおいしそうに食べると、女子生徒は目を輝かせて、「カワイイー!!」と歓声をあげる。
そんな状況で、聡太はどういう顔をしていいかわからなかった。
◇ ◇ ◇
「そういえばお兄ちゃん。お兄ちゃんは何時からステージに立つの?」
3-5の教室を後にし、外に空いていたベンチに腰を下ろしていた二人。葉瑠は不意にそんなことを訊いてくる。
「1時30分からかな」
スマホを取り出して時刻を見ると、11時32分とと表示される。あと二時間だ。
葉瑠には既にステージに立つことを伝えてある。葉瑠は「絶対見に行く!」と嬉しそうだった。
「もう少しだね。グループの人とは集まらなくていいの?」
「まだ大丈夫だよ。1時間前になったら集まる予定」
そっか、と葉瑠は呟く。聡太と別れた後、葉瑠は同級生の友人と合流する予定だ。
聡太は残りの時間、葉瑠が行きたい所につれていった。そうこうしているうちに、あっという間に時間は過ぎ、葉瑠とはお別れになる。
「じゃあ葉瑠、お兄ちゃんいくからな」
「うん、頑張ってね! 私楽しみにしてるから!」
妹の言葉に聡太は目を細めた。それから頭を撫でてやった。
「もう、なにするのー」
葉瑠は頭を抑え、ぷくっと頬を膨らます。
「じゃあ、行ってくるな」
ばいばーい、と葉瑠が手を振る。聡太は片手をあげて返した。
◇ ◇ ◇
開演30分前。
幕が降りたステージの端から、聡太はわずかに顔を覗かせた。
既に多くの人が設置された椅子に座っている。皆、パンフレットを見たり、横に座る友人と話している。
聡太は顔を引っ込め、メンバーのもとに戻る。
「もう結構いるね」
「そうか。おおー、緊張してきた」
そう返したのは松浦海斗だ。このグループのリーダーである。
「でも、楽しみだね」
「ああ。後は楽しむだけだからな」
小川勇太、椎崎誠也も続いて口を開く。三人は今、本番の用の衣装を身に纏っている。無論、聡太も同じだ。
海斗が衣装を作れる人と繋がりがあり、前もって頼んでいたのだ。黒基調の衣装。皆がこれがいい、と案を出して決めた。
衣装だけではない。いつもはセットしない髪も、ばっちりセットしている。海斗はいつもしているが、聡太ら3人はしないから、見慣れぬ姿についさっき思わず笑ってしまった。
開演10分前。
勇太が客席の状況を見て、聡太達の元に戻ってくる。
「満員だよ。奥までぎっしり。生徒だけじゃなく、外部の人もたくさんいる」
その言葉に聡太は気持ちを引き締める。
「そうか。でも良かった、満員になってくれて」
「そうだね」
聡太と同じように、海斗も気持ちを引き締めたように、真剣な顔をしている。
「よし、皆、気合いいれるぞ」
海斗の言葉に4人集まって円陣を組む。
「今日まで早いようで長かった。まず俺の呼び掛けに集まってくれて本当にありがとう。練習大変だったけど、俺はすげえ楽しかった」
「やめてよ。これから始まるんだよ? 終わりじゃないから」
勇太が笑って返す。海斗も笑って「そうだな」と言う。
「俺たちなら絶対大丈夫。最高なパフォーマンスができる。最高に熱いライブができる。だから皆、今日は最後まで楽しもう」
「そうだね」
「ああ」
勇太、椎崎、そして聡太も頷く。
「最高に熱いステージしようぜ! 行くぜぇ!!」
「「おお!!!」」
◇ ◇ ◇
『ピーンポーン』
そんな合図が、会場の人達の熱気を徐々に上げた。
『会場の皆様、お待たせいたしました。間もなく、文化祭有志発表のラストステージを開演いたします』
おおー!と歓声と拍手が巻き起こる。
『今年のラストを飾っていただくのは、3年生男子4人で結成されたバンドグループです』
誰? 誰?と観客がざわめく。
『開演に先立ちまして、グループのメンバーを紹介したいと思います』
放送委員の声が体育館全体に響き渡る。皆、誰なのかを気になる様子で耳を傾ける。
『ドラムス、3-4組松浦海斗さん』
おおー、と観客がざわめく。
『ベース、3-3組椎崎誠也さん』
「誠也出るの? 知らんかった!」
「椎崎君、ベースやるの? 意外~!」
観客がまたもざわめく。
『ギター、3-1組小川勇太さん』
「おおー! 勇太! マジか!」
「小川君!? ってか超意外!」
さらに観客が湧いた。だが、次に発表される人物が観客の度肝を抜く。
『ボーカルピアノ、3-5組神谷聡太さん』
その瞬間、観客から一段とでかい歓声が上がった。
「聡太!? マジか! マジか!」
「神谷君が歌うの!? 嘘!?」
「きゃああー! 神谷くーん!!」
一段と大きい歓声の中には二人の女子生徒も混ざっていた。
「えっ、神谷君が歌うの? 本当に?」
新谷実優は驚きで呆然としている。
「嘘! 先輩が歌うの? 全然知らなかった!」
乾春奈も驚きで混乱していた。
歓声の中、放送委員の声がまたも響き渡る。
『文化祭担当の田村先生がリハーサルを見た時に、こう感想を口にしています。「プロのバンドかと思った。」「神谷君の圧倒的な歌唱力。私は一瞬で彼らのファンになった」と』
会場から笑いと衝撃が混ざり合う。
「圧倒的歌唱力だって! 神谷君歌上手いんだ!」
「あの怖い田村先生が? ってか田村先生こんなキャラだったの?」
会場のボルテージがますます高まる。
音楽が響き、会場の照明が点滅を繰り返す。
『会場みなさん! 楽しむ準備はできていますか!!』
「おおおー!!」
放送委員の呼び掛けに会場が一つになる。
『それでは、有志発表最後のステージです!! 最高のパフォーマンスを、熱いステージをよろしくお願いします!!』
そうして放送委員の声が途切れ、4人の登場を促す音楽が鳴り続ける。会場は音楽に合わせ、手を叩いて4人を待っている。
そして、音楽も鳴り止み、会場の照明が消えて真っ暗になった。会場手拍子も収まる。
会場全員の視線は一つに注いでいる。ステージに降りた幕だ。幕だけが照明に薄く照らされている。
すると。スピーカーからピアノの音が響いた。徐々にゆったりとしたバラードが響き渡る。
バラードと曲調と共に照明が照らされ、幻想的な世界に包まれたかのような空間に変化する。
そして、少しずつ幕が上がった。
幕が上がると同時に、会場から拍手が沸き起こる。
足元が見え、そして全身が見えると収まっていた歓声が再び熱を取り戻す。
バラードの登場曲が終わると同時に、幕が上がりきる。淡く照らされたステージには4人のシルエットが浮かぶ。
左から誠也、海斗、聡太、勇太。会場の皆の視線が4人に集まる。
◇ ◇ ◇
照明が照らされたステージに聡太は立っている。
目の前にはピアノと口元に設置されたマイクがある。前を向けば勇太が見え、横を見れば暗闇の中に多くの観客が自分に視線を注いでいる。
そんな舞台でも不思議と緊張はしなかった。どうしてだろうか。緊張より楽しみの方が強い。
イントロが流れると同時に、ピアノを弾く。それだけで観客が沸いた。
淡く水色のライトと白のライトが聡太を照らす。
そしてマイクに口を近づけ、聡太はいつものように声を出した。
文化祭史上、最も熱く、最も盛り上がった、伝説のライブの幕開けだった。
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