第8話

文化祭当日。天気は快晴、絶好の天気だった。


『ーーでは文化祭開幕です!!』


文化祭実行委員の掛け声によって始まった文化祭は初日から多いに盛り上がることになった。


聡太のクラス3-5組はカフェを出店する。衣装にもこだわっており、被服部の女子生徒達が気合いを入れて制服を作ったとのこと。


給士係と調理係は交代制で行う。聡太は給士係の主に午前を当番としていた。


本当は調理をやりたかったが、なぜか女子の意見で給士になった。理由は定かではない。


お客様に提供するメニューは至ってシンプルだ。コーヒー、紅茶、サンドイッチに簡易なデザート。小さな喫茶店としては十分なメニューなはずだろう。


午前中。聡太は制服に着替え、カフェ仕様に設置された教室に姿を出していた。開店して30分ほど。不思議と中は盛況していた。


聡太は忙しく出来た品を運ぶ。慣れない事に最初は戸惑ったが、何度かやるうちに所作は落ち着いたものとなった。


それよりも気がかりなことがあった。先ほどから周りの視線が痛い。チラチラと視線を感じる。主に女子生徒から。


「……かっこいい。あの神谷君の給士が受けれるなんて至福すぎる…」


ぼそぼそと聡太を見ながら話す女子生徒。その声は聡太には届いていない。


「あの! 写真一緒に撮ってもらってもいいですか…?」


教室を徘徊していると一人の女子生徒が緊張気味に声をかけてきた。スリッパの色を見て赤色だから2年生だ。


「ああ、いいですよ」


聡太はそう言うと、女子生徒は聡太の横に立ち、恥ずかしそうに手にピースを作る。撮影者の友人が「はい、チーズ!」と合図し、スマホからシャッター音が鳴る。


「あ、ありがとうございます!」


そうして女子生徒は教室を足早に去っていった。「良かったねー!」と友人がそんな声をかけながら。


聡太はやれやれと困ったように頬を掻いた。開店してからずっとこんな調子だ。校内の女性生徒はおろか一般の女性にまで写真をお願いされる。断るにも断りづらい。というより断ることはできない。


聡太はどうしたもんかと頭を悩ませる。


そんな時、3人の女子生徒達が入って来た。


その女子生徒達に視線を向ける。聡太はその人物のことを知っていた。


一人は1年生の時クラスが同じだった新谷美優だ。あと二人は美優とよくいる佐藤と勝野という女子生徒だ。


新谷美優はかつて聡太に想いを伝えた人物だ。あの日以来、聡太は彼女と全く口を交わしていない。廊下ですれ違い、姿を確認する程度だ。


聡太は美優と目が合う。彼女は目を少し大きくすると、すぐに目を反らした。


ぎこちない関係で少し近づきずらい思いもあるが、仕方ない。聡太は給士係の役を全うするため彼女達に近づき、案内を始めた。


「いらっしゃいませ、こちらの席へどうぞ」


もう慣れた所作で彼女らを案内する。すごーい、と声が聞こえるが反応はしないようにする。


メニュー表を渡し、その場を去る。美優は聡太と目を合わせることなくメニュー表を見ていた。


少しして聡太は彼女達に呼ばれ、オーダーをとる。数分してテーブルに料理とドリンクを持っていった。


聡太は担当した美優達を見ると、教室を見渡して会話している。凝った教室の装飾に驚いているのだろう。


他のお客も担当しながら、聡太は業務を遂行する。


すると。


「あの、すいません」


美優の友人、佐藤が手をあげて聡太に声をかけてきた。彼女はショートカットが特徴な女子だ。


聡太はすぐに向かい、彼女らの前に立って、「どうしましたか」と訊ねる。


佐藤は美優を一回見た後に、


「神谷君、今少しいい?」


「時間? ありますけど…」


聡太が答えると、佐藤は美優に「ほらほら」と何やら急かしている。


その様子に、聡太はぽかんと立ち尽くしていると、


「あの、神谷君。写真一緒に撮っても良いかな…?」


美優は恥ずかしそうにそう口を開いた。


「ああ…、別にいいですけど…」


なんだそんなことか、と内心思いつつ聡太は美優に近づく。開店から写真サービスばかり受けていたからこれも慣れてしまった。


聡太の隣に美優が立つ。「はい、寄って寄って」と勝野がスマホを手にもってカメラマン役をする。


「はい、チーズ」の合図でカシャリと音が鳴る。美優は顔の横にピースサインを作っていた。


「うん、おっけー! 良い感じ!」


勝野は写真を確認すると、うんうんと頷く。


「ありがとう」


いえいえ、と聡太は返事する。美優はまだ何か言いたそうに横に立っている。


「どうかしましたか?」


聡太は気になって訊ねてみる。


「えっと…」


美優は歯切れ悪く反応した後、


「神谷君、この後ってーー」


「あっ! 美優いた!」


美優が何か言いかけたのと同時に、入り口から女子生徒の声が被った。女子生徒は手にクレープを持っている。3年の店で買ったものだろう。


「サヤ!」


美優は驚いて入り口を見る。サヤと呼ばれた生徒は美優の元に抱きつかんばかりに、勢いよく近づいてきた。


「もー、どこいってたの。回ろうって行ってたじゃん。咲と朱里もひどいよー」


「ごめんごめん。美優がどうしても行きたい場所があるって言ってたから」


もー、とご立腹の様子のサヤ。すると彼女は気づいていなかったのか、ここでようやく横の聡太の顔を確認する。


「…あっ、もしかしてお邪魔しちゃった感じ?  ごめんね美優」


サヤがそんなことを言うと、美優は顔を真っ赤にして、


「もー! サヤ! なに言ってるの!」


「いいとこだったっぽいし、続きやっていいから」


「も、もう行くよ!! いつまでもここにいちゃダメだから!!」


美優はサヤを出口に無理矢理引っ張る形で、そのまま出ていってしまった。


「ごめんね神谷君、困らしちゃって。あっ、これすごくおいしかったよ、ごちそうさま」


佐藤は聡太にそう告げ、勝野とともに出口へ向かっていった。


(なんだったんだ? 一体?)


美優は何を言いかけたのか、聡太は少し気になった。



その後も忙しく聡太は接客をする。


当番終了まであと30分ほど。あともう一踏ん張りだ。


そんな時、二人の女子生徒が入店してきた。うち一人は聡太の知っている人だった。


乾春奈は聡太と目が合うと、「あっ、先輩」と口にする。聡太も「乾さん」返す。


春奈は物珍しそうに、足元から順に聡太の全身を確認する。


「似合ってますね。その制服」


「そうかな? ありがとう」


聡太は春奈ともう一人の女子生徒、坂井を席に案内する。


毎度同じような流れでメニュー表を渡し、オーダーを取り、その後品を提供した。


「そうだ。先輩、写真一緒に撮ってください」


いいよ、と聡太は返事する。春奈がスマホを手にしているのを見て、聡太は彼女の横につく。


パシャと音がして、春奈と聡太の画像がスマホに写しだされる。


「ありがとうございます」


笑顔を浮かべる春奈。


「そうだ先輩、この後って時間ありますか?」


「特に、ないけど?」


「じゃあ、この後ーー」


春奈がそう言いかけたとき、『ピンポーン』とアナウンスが流れた。


『2年4組、乾春奈さん。至急、図書室に来てください』


アナウンスが終わると。


「わ、忘れてた。図書委員の仕事。しかも何でこのタイミングで……」


春奈はふるふると体を震わせている。


「乾さん?」


聡太が訊ねると、春奈は残ったジュースを一気に飲み干した。


「ごちそうさまです! では私はこれで!」


何故か怒り気味に春奈は言うと、坂井を連れて出ていってしまった。


(何で怒ってるんだ…?)


自分が何かしたのかな、と聡太は不安になった。


その後、聡太は同じクラスの渉と店を回るのだった。




そんな聡太をよそに。二人の女子生徒は。


(勇気出したのに、誘えなかった……)


はあ、と大きくため息をついたのだった。







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