第7話
聡太は放課後に集まって練習をすることがぼぼ日課となった。聡太にとっては図書室で勉強する時間が減ったことにより、不安を感じていたが、学業に支障をきたすことはなかった。期末テストも十分の成果をあげることができ、変わらず1位を取れた。
文化祭までの時間は日に日に過ぎて行き、気が付けば夏休みに突入して、勉強と練習をこなす毎日。
聡太にとってほぼ勉強しかなかった夏休みが、今年はとても濃い期間となっていた。
こんなに楽しいことを見落としていたのか、と少し自分を情けなく思うと同時に後悔した。だから一日一日を大切にしようと決めた。
バンドメンバーとはもう打ち解け合えるようになり、お互い名前で交わすようになった。三年生になってから出来た新たな友人。彼らはもう聡太にとってかけがえのない人たちとなっていた。
そうして夏休みが過ぎると、二学期が始まった。そして、日にちは早いことに、有志発表予選会は当日を迎えることになった。
文化祭は来週9月末に開幕する予定である。既にクラスでは飾りつけや居残り作業して、装飾の色塗りや機材の準備等が着々と行われていた。聡太のクラスはカフェをやるらしく、クラスの何名かが調理室で料理の特訓をして、残りはクラスの装飾準備をしている。
聡太ら四人は現在、体育館に集まっていた。まだ椅子は設置されていないが、広い体育館の隅に大きな特設ステージが構築されていた。ライブ会場で見るものと変わらない、迫力のある舞台だった。
それに驚いているのは聡太達だけではない。今この場には有志発表に参加するグループが何組も集まっている。10組は以上はいる。
同じようにバンドをする者。コスプレをしてダンスやらお笑いをやる者etc…。まさに多種多様な状況だった。
『皆さん、集まり頂きありがとうございます! これから有志発表のトリを飾る予選会プラス順番決めをしたいと思います!』
眼鏡をかけた甲高い声が特徴の文化祭実行員の女子生徒がステージに立って発言した。
『今、この場には15組の参加者がいます。まずはじめに有志に参加していただきありがとうございます。参加する人が少ないとどうしようかひやひやしていましたが、昨年より多い参加者に本当に助かっています! 今年の文化祭も盛り上がりそうなので良かったです!』
実行委員の話にクスクスと笑い声が聞こえた。
『さて、今回有志のトリ決め予選会なのですが、この場にいる全組がトリをやりたいというわけではなく、トリじゃなくてもいいという組もいます。まずその方たちは後で指定の紙を配布し、土日のどちらでやりたいか、また先にやりたいか後にやりたいか希望を聞きますので、グループで相談し合って記入してください。予選会で残念ながら落ちてしまった組にはまた後程配布をします。順番は毎年実行員がしっかり話し合って決めますので、そこの所はご了承ください』
続いてトリを希望の方々について説明します、と実行委員は続きを話す。
『これから持ち時間5分で演目を披露していだだきます。採点は私はじめ文化祭実行員5名と先生方が忖度なく行います。各グループが演目を披露する際、他のグループの方は別室に移動していただきます。本番前に多くの人が内容を見てしますと、内容が有志に参加しない生徒に広がってしまうことを防ぐためです。有志発表は毎年多くの方が楽しみにしていますので、可能な限り情報が漏れないように配慮をしたいと思います。また有志に参加する方は他の生徒にむやみに話さないように気をつけておいてください」
ここまでの説明に何か質問はありますか、と実行委員。誰も発言はなかったので、先に進める。
『では! これから予選会を行いたいと思いますで呼ばれた方はステージに上がって準備してください。またそれ以外の方は別室にお願いします! では○○〇〇さん、ステージに上がって準備してください!』
そうして別室に移動したり、ステージに上がったりと各組移動を始める。聡太達の出番は最後なのでまだ当分先だった。
体育館から近い別室で聡太達は待機する。そこには他の組もいて、室内は賑やかなものだった。
「お前たちとこ何するの?」「私たちはー」と各組何をやるのかをお互い訊いている。
「松浦のとこ何やるの?」
聡太の組にも話しかけてくる者も当然いた。三年の野球部だ。引退してからか髪が縦生えているのが特徴的だった。
「バンド。岩崎の所は?」
「俺たちはダンスよ。ってかバンドやるのかよ。超かっけえじゃん。誰がボーカルするの」
「聡太が歌う」そう言って海斗は聡太の肩をポンと叩いた。
岩崎と呼ばれた野球部は聡太にちらりと目を向けてきた。
「へえ。彼が歌うんだ。何か意外だったわ。俺てっきり勇太か松浦が歌うのかと思ってたわ」
それは悪かったな、と聡太は目を伏せ、心の中でツッコんだ。
「いや、やりたいとは思ってたけど、ねえ?」勇太は海斗に言う。
「ああ。あの歌を聞いたら聡太しかいねえな。俺らが歌ったら質が下がっちまう」
岩崎は再度へえ、と聡太に視線を向けた。好奇心が宿る目でもあり疑惑も混じった目だ。
「マジで聞いたら惚れるぞ。楽しみにしとけよ」
海斗は絶対的な自信があるかのようにニヤリと笑う。岩崎も口角を上げて、
「そうだな。楽しみにしとくよ」
そうして岩崎は自軍の元に戻っていった。
すると。
「俺、絶対勝てると思うんだよな」
不意に海斗が誰に言ったわけでもなくそう口にした。聡太含め、勇太、誠也が彼を見た。
「聡太の抜群の歌に、俺達の演奏。これまで色んな人とバンドやってきたが、ここまでの完成度は初めてだ」
「確かに」
「間違いないな」
勇太、誠也が順にそう頷く。
「それに前ライブハウス借りて、マスターに聴かせただろ? その時のマスターの顔、忘れもしないぜ。あの辛口のマスターが目を点にしてたからな」
夏休みにあった出来事だ。サングラスをかけた初見怖そうなマスターを前に演奏したことがあった。
「あのマスターが、『プロでも通用するぞ』と言った時は、めっちゃ嬉しかったな。あんなこと言われたの初めてだったから」
「ああ。あのマスターがあそこまで言うとは思わなかった。それだけ聡太に引き込まれたんだろう」
勇太、誠也は思い出したように笑みを浮かべた。
「だから絶対大丈夫だ。俺達は勝って、トリを飾る。これは決定事項だからな」
海斗の言葉に、聡太は胸が熱くなり、気づけば口角を上げた。
時間が経ち…。
「では松浦海斗さんの組、ステージに来てください」
文化祭実行員の女性生徒が別室に呼びに来た。
「んじゃ、行くか!」
おおっ! と全員に気合が入った。
体育館に移動し、ステージに上がると自分たちの位置に着く。海斗はドラム。誠也はベース。勇太はギター。そして聡太はボーカル。今日は時間がないからピアノはない。審査員から見て左に誠也。後ろに海斗。真ん中に聡太。右に勇太の順だ。
『では! 今から5分間。自由に発表してください。ではいきます! よーいスタート!』
女子生徒がストップウォッチを押した。それを確認すると、ドラムの海斗に視線を送る。
海斗が頷き、両手に持ったスティックを、カッカッカッ、と叩き始める。
そして聡太はすっと息を吸い、歌の入りに合わせ、マイクに自分の全力をぶつけ込んだ。
息ぴったりに音が鳴り止んだ。およそ4分間の曲が終了した。
しばし訪れる静寂。誰も言葉を交わさない。けどメンバーたちと重ねる視線を見ると、それは練習通り、いや練習以上のパフォーマンスができたと訴えてくる目の色をしていた。それは一人だけでなく、全員がそうだった。
パチパチパチ…、と審査員から拍手が響く。文化祭実行員を統率する教師だった。
それに合わせ拍手の音がどんどん大きくなる。1人、2人、3人、と増えていき、全員が素晴らしいと言ってくれているかのように、手を叩いていた。
全員で礼をして、ステージを降りた。後は結果を聞くだけだ。
『えー、では審査結果を発表したいと思います』
始めの時と同じで、全組が集合し、ステージで喋る実行委員の女子生徒を見つめる。
『今年の文化祭の有志発表。トリを飾っていただくのは…、3-4組松浦海斗さん達のグループです!』
その言葉に、全員が顔を合わせた。
「よしっ!」
「やった!」
「よっしゃ!」
ハイタッチして喜びを爆発させた。聡太は冷静だったが、内心喜びは皆と同じだった。
『どのクループもとても素晴らしい演目ばかりでした。非常に迷いましたが、話し合い、厳正なる審査で今回選ばさせていただきました』
眼鏡の実行委員の女子生徒はそう言って、当日の予定やら、今後の案内やらを話す。全部聞き終えて、現場は解散となった。
有志発表の組がいなくなった体育館で。文化祭実行委員の6名と担当教師の田村だけがその場で残った。
「いやー、でもすごかったね。最後の」
「うん。プロのバンドかと思ったよ」
「それにボーカル! 神谷君がやるって知った時びっくりした!」
「ね! こういうのやらないタイプだと思ってからびっくり! しかもめっちゃ歌上手いし! 普段クールだけど、歌になるといつもと雰囲気違うし、超カッコよかった!」
キャアキャア盛り上がる女子生徒達。担当教師の田村はそれを見て思わず口を緩めた。
先ほどの演奏を思い出す。まるでプロのミュージシャンみたいだった。田村も神谷聡太の歌を聞いた時、全身から鳥肌が立った。
これは確定だな、と演奏中に田村は予感していた。
手元の回収した点数用紙をざっと見る。
各審査員の点数、自分がつけた点数には各組ごとに分かれている。5点。7点。9点。10点。グループによって点数はバラバラ。
だが。
一組だけ全員が10点をつけている。それは自分を含めてだ。
先ほど、『厳正なる審査で』と言っていたが、この用紙を見ればあの言葉が嘘だとわかる。
(こんなこと初めてだな…)
田村は用紙を見ながら思った。これまでずっと担当してきたが、全員が10点をつけるなんて初めてのことだった。
(今年の文化祭は、例年以上に盛り上がりそうだな)
田村は誰もいなくなったステージを見て、迫る文化祭を待ちわびるように、笑みを浮かべた。
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