第6話

聡太の通う高校では毎年9月頃に文化祭を開催する。土日に2日間。県内ではなかなかの規模を誇る文化祭だ。学校内が盛り上がるのはもちろんのことだが、外部からもたくさんの人が来客し、お年寄りから子どもまで、幅広い世代がクラスの催し物を見て、食べて、楽しんでくれる。


その文化祭ではもちろんのこと有志発表がある。2日とも何組かがお笑い、ダンス、音楽、その他諸々発表するのだ。


有志の中でラストを飾る日曜の午後は、ひと際大きな時間枠が用意されている。およそ2時間ほど用意されており、その時間なら何でもやってもいい。もちろん早く終わるのも可だ。とにかく見る人を楽しませることが求められる。


その有志発表のラストでは、過去にライブを行った人もいるとのこと。校長、理事長、誰のツテかわからないが、照明、ステージ、音響。本格的にやってくれるらしい。


昨年の有志発表のラストでは、人気アイドルグループを真似したダンスと歌のライブだった。黄色い歓声が沸き上がり、終始盛り上がっていたのを聡太は覚えている。


その有志発表にまさか自分が誘われると思っていなかった聡太は、自宅のリビングのソファーに寝転び、どうしようか考えていた。


誘ってくれた松浦海斗には、その場で「ちょっと…」と断わろうとしたが、


「そこを何とか!」と頭を下げられた。


海斗によると、既に3人集まっているとのこと。皆、3年生で4組の小川。1組の椎崎と、聡太が関わったことのない人だ。全員軽音部らしい。


他の軽音部を誘えばいいじゃないか、と訊ねたら、断られたと海斗は言った。理由は、彼らのように上手くないから、入りづらいとのこと。


話を深く聞くと、小川、椎崎、海斗は軽音部ではトップレベルに演奏が上手いとのこと。他の同級生、下級生がその輪に入るのは少し気が引けるのもわからなくはない。


なら何故自分が誘われたのか、と疑問に思った。海斗は聡太の心を読んでか、ピアノが弾ける人が欲しかったと答えた。


聡太は小さい頃から中学入る前までにピアノを習っていた。コンクールで賞を取ったことは何度かあるし、相当な腕前だ。絶対音感まではいかないが、それに近いものを持っている。聡太の実績はおそらく渉が海斗に伝えたのだろう。だから誘われたのかと、合点がいく。


さらに海斗は有志発表のラストでライブがしたいと強く言った。世に出ているバンドのカバー、そして自分たちが1年の時や中学の時から作った曲を披露したいとのことだ。


彼の強い思いに、聡太は決めれず、一旦保留の答えを出した。


もし、やるといったらすぐに練習をしなければならず、勉強に割く時間は減るだろう。やらないといえば、彼らはまた別の人を探し、聡太はいつもの日常に戻るだけだ。


だが。


「頼む! 神谷君しかいないと思ってる! そこを何とか!」


あそこまで深々と頭を下げられ、真剣な口調と表情で言う彼の言葉が頭の中に焼き付いて、何度も反芻していた。


さて、どうしたものか。答えが一向に決まらないまま悩んでいると、玄関のドアが開いて、「ただいまー」と声が聞こえた。妹の葉瑠だ。


「おかえり」リビングにやってきた葉瑠に、そう聡太が言うと、


「お兄ちゃん! 今日返ってくるの早いね」と少し驚いた顔をした。


「今日は少しにして、早めに切り上げてきたからな。何か頭回らなかったし」


「えー、珍しい。なに、なんか悩み事?」


葉瑠は気になる様子で聡太を見下ろしてくる。ここで何もないと言うと、葉瑠は話すまで訊いてくるから、早々に悩み事を打ち明けた。


「文化祭の有志発表に出ないかって誘われたんだよ」


「えっ、お兄ちゃん、あの大きなステージに立つの!?」


「まだ立つと決めたわけじゃないけど」


なーんだ、と少し拍子抜けしたのか、葉瑠は落胆した表情を見せた。


「バンドを一緒にやらないかってな。ピアノが弾ける人を探しているらしい」


聡太は今日あったことを葉瑠に要点を掻い摘んで説明した。


「へー! すごいじゃんバンドなんて! 私、お兄ちゃんがバンドで歌ってる姿見たい!」


葉瑠はやってよ、といわんばかりの輝いた瞳で訴えてくる。


去年、聡太は葉瑠を文化祭に連れてきたことがあり、有志発表を一緒に見た。葉瑠はダンス、歌、お笑い、全てを見て楽しそうに、「自分もいつかやりたい」と口にしていた。自分はいいや、と思っていた聡太だったが、まさか今悩む羽目になるとは思ってもなかった。


「どうしようなあ…」


うーん、と部屋の天井をぼんやりと眺める。


「でもお兄ちゃん、珍しいね。こんな悩むなんて」


「そうか?」


「そうだよ。いつもならその場で、『いや、いい』とかよく言うもん。でも今回は違う。はっきりとはわからないけど、私にはやりたそうに見える」


「そう見えるか?」


「うん。何となく」


なんだそれ、と突っ込みたくのを抑え、再度考えた。


「けどお兄ちゃん、後悔しちゃダメだよ。そこまで悩むということはやりたい気持ちが少しでもあるってことだと私は思う。ならいっそやってみた方がいいよ。やらないよりかはマシだよ」


妹の言葉に、はっとした気持ちになった。確かにそうだな、と心の中で呟いた。


「……わかった。やるよ」


「えっ! ほんと!?」


葉瑠は嬉しそうに、顔を輝かせた。


「ああ。葉瑠の言う通りだ。どこかやりたい気持ちがあったのかも知れない。だからやってみるよ」


聡太は起き上がり、妹の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「やったー! 私、絶対見に行くね!」


「まあ、出れたらな。けどなんか恥ずかしいな」


そうして聡太は有志発表に出ることを決めた。



翌日、出る決意を松浦海斗に伝えると、彼は「おお!」と両肩をがっしり掴んで揺らしてきた。


「ありがとう! その言葉を待っていた!」


「ちょ、痛い。あと苦しい…」


すまない、と苦笑いを浮かべた海斗。


「よし、これでメンバーは揃ったから、とりあえず今日の放課後にでも一度全員で集まろう。誰が何を演奏するかを決めないといけないからね」


わかった、と聡太は首肯した。



放課後。軽音部が活動する音楽室に来てほしい、と言われた聡太は音楽室に足を運んだ。中に入ると、既に海斗以外のメンバー全員が来ていた。


「よし、じゃあ全員揃ったし、始めますか」


海斗の声に皆が彼に視線を向ける。


「なら最初は軽い自己紹介からで。神谷君は俺達と関わりのない人ばかりだから、名前だけでもちゃんと言っておこう」


そういう流れで自己紹介が始まった。先陣を切ったのは海斗だった。


「えー、松浦海斗です。趣味は音楽を聴くこと、楽器を弾くことです。得意な楽器はベースです」


よろしくお願いします、と海斗を締めた。他のメンバーから「名前だけじゃなかったのか」と声が聞こえる。


「名前だけじゃつまんないだろ? じゃあ、次。勇太から順に時計回りで」

 

指名された小川勇太おがわゆうたは「んんっ」と喉をならしてから話出した。


「小川勇太です。趣味は音楽を聴くこと、歌うことです。得意な楽器はギターです」


よろしく、と言って勇太は頭を小さく下げた。

「俺と一緒じゃねえか」と海斗は苦笑を漏らす。


じゃあ次、と海斗が促す。


椎崎誠也しいざきせいやは背筋を伸ばし、足を大胆に広げて話出した。


「名前は椎崎誠也。趣味は音楽だな。得意な楽器はドラムだ」


よろしく、と言って誠也は笑みを浮かべた。


「じゃあ最後、神谷君」


海斗に指名され、聡太は皆から視線を受ける。全員関わりがないから、好奇心のある目線が聡太に刺さった。


少し気恥ずかしさを感じながら、聡太は簡単に自己紹介をした。


「神谷聡太です。趣味は特にありません。楽器は小さい時からピアノをやってたから、ピアノを弾けます」


よろしくお願いします、と聡太は頭を下げた。

先ほどまでなかった拍手がパチパチと起こった。


「全員の自己紹介も終わったことだから、まずは今回の目標を軽く確認しとくか」


そう言って海斗は軽く全員を見渡す。


「目標としては文化祭二日目の有志のラストに出ること。ラストに出場し、ライブをすることだ」


けど一つ大変なことがある、そう海斗は人差し指立てた。


「予選会で勝たないといけない。ラストに出たい奴は多く、毎年競争だからな。実行委員に披露して1番になったグループがラストを飾れる仕組みだから、そこで1番にならなければラストには出れない」


そうなのか、と海斗の話に聡太は心の中で相づちを打つ。あの舞台に立つまでには大変そうだ。


「そう言うわけだから予選会でトップになるために今日から頑張ろう。じゃあ早速、役割分担から決めていくか」


はい、と手を挙げる者が一人いた。「なんだ勇太」と海斗は挙手した小川勇太に訊ねた。


「俺、ボーカル兼ギターやりたい!」


子供のように元気いっぱいに答えた勇太。聡太より10cmほど小さい背丈に、可愛いと異性から思われる容姿をしている。


「俺はベースでいい。歌あんまり上手くないからコーラスでいい」


椎崎誠也は既に心に決めていたようで、落ち着いた様子で言う。癖毛の頭に、どこか落ち着いた雰囲気を持っている。背丈は聡太より少し小さいが1番大人な雰囲気を持った男だ。


「俺はどーすっかな。ボーカルも少しやってみたいが、ドラムもやりたいんだよな」


腕を組んで悩む海斗。


「神谷君は何がやりたい?」


誠也からそう訊ねられ、聡太は悩んだ。特にこれといって希望はなかったため、


「ピアノが弾けるから、ピアノで良いかな」


「ピアノ以外には弾けるの?」


「ギターとかは軽く弾いたことはあるけど正直言って全然。だから唯一自信持ってできるのはピアノだけ」


ふーん、と誠也は頷く。それから顎に手を置いて少し考えたのち、全員に向けて言った。


「勇太、海斗の実力は知ってるけど、神谷君のはまだだからな。明日1回実力を見てからってのはどう?」


勇太、海斗は共にそうだな、と納得する。聡太は黙って三人の様子を見守った。


「なら今日はここまでにして、また明日やるか」


今日の活動はこれで終了、解散。今日は元から図書室で勉強する気はないから、早く家に帰れる。家に帰るまでにスーパーでも寄っていくかと聡太は考えた。


しかし。


「よし、なら親睦を深めて行くか! カラオケ!」


聡太は立ち上がって、その場で固まった。


「どうした? 神谷君」


「いや、カラオケって…」


海斗に聞かれ、困りながら答える。


「神谷君が来てくれたら親睦会かねてやるって前から決めてたんだよ。もしかして今日、用事あったりする?」


いや、と聡太は口にする。特に用事はないが、早く帰れるから家でのんびりしようと思っていただけだ。


「なら行こう! カラオケ! 神谷君の歌も聞きたいし」


勇太と誠也は既に音楽室を出て、扉の向こうで待っていた。「早くー」と勇太が声をかける。


これは断りずらいな。聡太は観念して、行くこと決めた。


「わかった。でも、家で飯作らないといけないから7時までで良い?」


「もちろん! ってか、神谷君料理すんの? 顔だけじゃなくて、行動もイケメンかよ!」


そうして四人は学校帰りにカラオケに寄った。




「これは……」


「ああ…、もう決まりだな」


「ボーカルやりたいと思っていたけど…、これはすごいね…」


カラオケにて。三人は聡太の声に魅了され、思わずそう口していた。


95点、97点、98点。聡太の歌の上手さに三人は驚くばかりだった。


そして翌日、聡太のピアノの腕を見て三人はまたしても驚愕の色を浮かべた。


三人はとんでもない人がメンバーに入り、その才能を羨ましいと感じるとともに、喜んだ。


三人は話し合い、そして決めた。


ボーカル兼ピアノ。聡太は三人から推され、バンドの顔を任されることになった。






























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