第4話

2年生になった春奈は前年と同じように図書委員会に入った。1年の時は仕方なく入ったが、今回は違う。自ら進んで立候補した。


理由は単純だ。好きな人と会うためである。会って話をする。それだけのことだけど、誰にも譲りたくはなかった。


クラスで真っ先に手をあげた時は、友人たちが「マジで」と驚いた顔を見せていた。


「春奈どうしたの。前からあれだけ図書委員嫌だって言ってたのに」


「いや、良く考えてみたら意外と楽しかったかなーっと思って」


好きな人がいるから、とここで言うと絶対追求されるに決まっている。嘘はあまり上手ではないが、ここは嘘をついておいた。


晴れて前年と同じ図書委員となった春奈は放課後、慣れたように図書室に入り、カウンターの席に腰を下ろす。昼休みも放課後もそうだが図書室に人がいるのは数名程度だ。この景色にも慣れたものだった。


少し経って、入り口の扉が開かれる。春奈は視線を移すと、ある人を視界に捉えた。その瞬間、胸が大きく跳ねた。


神谷聡太は図書室に入ってくると、すぐにカウンターにいる春奈に気づいた。彼は春奈に近づいてくると、


「乾さん、また図書委員なんだね」と口にした。


「はい。やってみたら意外と楽しくて、またやろうと思いました」


本当の気持ちは胸に隠したまま、春奈は答える。


「そっか。今後も図書室は利用するつもりだから、またお世話になるね」


少し口角をあげそう言った彼は、そのままいつもの南の窓側の席に座る。


彼は口数はあまり多い方ではない。むしろ当初は一言、二言しか話さなかった。もっと誰とでもすぐに打ち明けられるタイプの人だと、春奈はそんなイメージを抱いていたが、実は逆だと気づいた。彼は心を開くまでが長く、どちらかというと人と距離を置くタイプなのではないかと。


それでも春奈は彼と話を始めてから、少しずつだが彼に話かけた。彼は鬱陶しい顔をすることなく、口数少なく答えるだけだったが、日が経つにつれて、口数が多くなってきた。先程みたいに彼から声をかけてくる、なんてことも増えた。春奈はそれが嬉しくて仕方なかった。


イケメンは女癖が悪い。そんなことを友人達はは揃って口にするが、そうじゃない人もいる。


事実、彼がそうだ。女友達は少ないはず。彼を狙っている人は多いと思うが、彼の内面を知っている人はあまりいないのではないだろうか。


少しは他の人よりも自分は信頼されているのではないか。春奈はそう思っているが、彼が春奈を信頼していると裏付ける証拠は一つもない。


それでも、自分は他の人よりは彼に近づいているはず。それだけは強く自信があった。



彼と出会って1年と少し経つ。彼と話す場所は図書室だけだった。一緒に帰ることも、一緒にご飯を食べたこともない。図書室だけ。それだけでも十分幸せだった。


けど、彼との関係を進展させるためには変化が必要だ。


一緒に帰りませんか? どこかに二人で行きませんか? そのくらいの変化がないと彼の深い心の中には近づけない。


春奈は化粧室の鏡を前に、頬を両手で挟むように「よしっ」と叩いた。自分に勇気を入れる時はいつもこうするのがルールだ。


化粧室を出て、図書室へ向かう。しかし途中で教室に忘れ物をしたことを思いだし、進路方向を変えた。


教室に忘れた教材を取りに戻り、再度図書室に向かった。図書室までに色々な生徒とすれ違うが、春奈は知らない人ばかり。


「まだ神谷くんのことが好きだから、白川くんの告白断ったの?」


その声が急に聞こえた時、春奈は不意に足を止めた。声のする方角を見る。2階と3階をつなぐ階段の踊り場からだった。


3年生の紺のスリッパだけは春奈の位置から見えていた。顔が見える位置に行こうと、階段に近づいた。


窓の反射で顔が暗く見えたが、そこにいた人物の顔はわかった。春奈はその人物のことを知っていた。


(確か…、新谷美優さん)


この学校では知っている人も多い女性だ。可愛いと評判の人でクラスの男子が彼女のことで盛り上がってたし、友人が彼女と知り合いということもあって、「遊びに行った」、「一緒に買い物した」と時々話に出てくる。春奈は彼女とこれと言って関わりは一つもない。


何度か学校で見たことあるが芸能人と評されてもおかしくないだろうと思った。それくらい綺麗な顔立ちをしている。世の女性が羨ましいという顔はまさにこういう人だと。


しかし、彼の名前が出てくるとは思いも知れなかった。春奈は彼女に気づかれないように、話を聞いた。


「美優って、白川くんと同じクラスだったけ?」


「ううん。一回も同じクラスになったことない」


「えっ、じゃなんか他に関わりあった?」


「いや、特にないと思う。文化祭や体育祭の時とかに、写真を一緒に撮ったくらい?」


「じゃ、まさに突然来たって感じか。前から好きだったとか」


「本当、突然。好意持たれてたとは思わなかった」


「そっかー。でもいいの? 振っちゃって」


「うん。だって、私好きじゃないし」


「好きじゃなくてもさ、白川くんかっこいいから、付き合ってみよっかなって、ならなかったわけ?」


「うん、思わなかった。だって…」


「神谷くんのこと好きだから?」


その言葉が出て、春奈はびくりとする。


「うん」


「一途だねー」


春奈はもっと近くで声が聞きたい欲に襲われるが、ぐっと我慢した。


「でも、辛くない? 振られた相手のことを想い続けるのって」


「辛いよ。すごく」


「だよね。私だったら耐えられないわ。だから頑張って好きな人を忘れようして、他の男子のこと考えたりする。美優はそういうことしないの?」


「しない、かな」


「前から聞きたかったけどさ、何でそこまで神谷君なの? 美優モテるから他の男子にも結構コクられたりするじゃん? しかもカッコいい人から何人も。それでも神谷君がいいの?」


「…うん。そうだね。まだ諦めきれないかな」


「そっか…」


コツコツと足音が聞こえて来た。彼女らが降りてくるのがわかった。春奈はハッとしたように、素早く彼女らにバレない位置に移動した。


「こりゃ、大変な恋をしたもんだね~。友人としては心配でならないよ」


「あはは。本当、大変な恋をしたもんですよ」


春奈は廊下の壁から顔を覗かせると、彼女らの姿はもう見えなかった。


春奈は図書室に戻り、いつものカウンターに着いた。彼を見るといつものように勉強をしていた。


彼との変化を求めたい。その心は春奈にあるが、変える勇気が今はなくなってしまった。

先程入れたはずの勇気はもうゼロになってしまっていた。


彼のその凛々しい横顔を見ると、とても遠い人に思えてきた。


校内でも有名な人の告白を断った彼に、自分なんかが相手にされるわけがない。彼と距離が少し近くなった気がしたのは、単なる勘違いだったのかもしれない。


自分が男だったら間違いなく付き合うと思う。でも彼は断った。その理由はわからない。でもあれだけの人でもダメになると、一体誰が彼の隣にいられるのだろうか。


不安、恐怖が心を蝕んでくる。彼に近づきたいけど、近づけない。


春奈と聡太の関係は、一向に縮まる気配はなかった。

























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