信ずる心の涙と共に——

 澪が強くそう願うと、何かが頭を暖かく撫で、驚いて辺りを見回す。しかし、その正体が掴めない。そして再び頭が暖かく撫でられ、澪は頭に両手を乗せた。


「……え? なにかが、頭に」


 訳が分からずにいると、目の前を細い何かが抜けた。そして左手に何かが当たった。右頬に何かが触れた。次々に反応する感覚を重ねるうちに、それが何なのか察してきて、澪は右手を手前に出す。そして、それは手の平に落下した。


「——雨?」


 澪の一言で、三人は顔を上げる。そして雨はパラパラと勢いを増し、乾いた神社を潤していく。若者達はその場を動かず、雨を受け続ける。何故なら、異様な光景が空にあったからだった。



「雲がないのに……雨だと……?」



 竹中はその空に心が奪われた声で言ったが、星や月が輝く綺麗な夜空からパラパラと静かな雨が降り注ぐ。暖かく、濡れても不快感の無い雨に全員が顔を上げ、空から落ちるその雫を黙って見つめる。


「母さ……ッ今……起ッ……でぇ……なぁ」


 全員が雨に意識を持っていかれていたが、その声に全身で後ろを向いた。空から落ちる、暖かくて優しい雨は、寝かされた勇遂にも注がれる。紫に染まった手足の指は血色が良くなり、腹部の手術痕は残っているが、息をしようと激しく上下している。


「勇……くん?」


 澪が雨足より弱い声を溢すと、それに返事をする様に勇遂が上半身を起こした。いつも通りの、ぶっきらぼうで目つきの悪い、威圧的な顔を覗かせて。


「あぁ……何やってんだお前ら……っていうか、いっでぇえッなんだこの腹の傷⁉︎」


 雨の中、雑に放置されたとしか思えない状況に、勇遂は怒りながら腹を抱えた。流石に縫合されたばかりなので、ほぼ刺された時と変わらない痛みが彼を悶絶させる。


「つぅか……ここ、啼澤神社……ふごぉッ⁉︎」


 突如何かが、勇遂に容赦なく飛び付き、勢いよく地面に背中を叩きつけられた。反動が腹に響き、目玉が飛び出る程の痛みが彼を襲う。


「がはぁ! 腹いでででッ、マジで死ぬ…ッざっけんなよ、誰だぁ⁉︎」


「勇くん……ッよかった……よかったようぉぉ…あぁ…わあぁああぁああっ!」


 澪が勇遂の胸に飛び付き、首の後ろにがっつり手を回して強く抱きしめながら大声で泣き出した。温かい雨は降り続き、もはやどれが涙がわからないくらい、彼女の顔から雫が伝っている。


「み…ッ高城ぉ⁉︎ 離れろ、死ぬ! 腹に体重かかって傷が裂けるぅ!」


 完全に澪が全身を預けているので、いくら勇遂といえども、のしかかる重力に身体が悲鳴をあげる。


「やっぱお前は……高城さんを泣かせるクズだ」


「おはよう……安西君……よかった……本当にぃ…」


 澪が上に乗ったまま勇遂が空を見ると、竹中と春日が腰を下ろして見下げていた。二人も雨で顔が濡れていて、まるで泣いているかのようだった。


「勇くんのばかぁ! 死んだら、明日…私が殺しちゃうからあ!」


「な……ッこ、殺すだと……ッ⁉︎」


 内気な澪から放たれたれた物騒な言葉に、勇遂は度肝を抜かれ、黙ってしまった。快晴の夜空から降り注ぐ雨は、更に勢いを増し四人を優しく包み込み、生きる熱を与えていく。


 信ずる心の涙と共に在りたいと——若者達に寄り添うように、雨は四人に触れる。何度も、何度も。……何度も。

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