注がれる若き涙

「おい……どうすんだよ。このままじゃ安西がもたないぞ!」


「分かってる……ッ分かってるよ!」


 竹中と春日が言い争いをし始めた。勇遂に何も起こらず、状況が悪化していく。勢い任せで来た故に、他の手が思いつかない。


 同じく何も出来ないままの澪は、ジッと勇遂を見つめていた。頭の中は、どうしたら彼を救えるかでいっぱいだ。


「勇くん……ねぇ、勇くん……」


 たまらず話しかけたが、勇遂の身体が井戸水と血でどんどん冷たくなっていく。酸素を自分で吸う力が弱まり、腹部の動きが鈍くなってきた。


「ちくしょう……やっぱ迷信なんじゃねえのか⁉︎」


「そんな事ない……ッちゃんと拝殿でお願いするとか、やり方があるかも……ッ」


 竹中と春日の言い合いを一瞬で止めたのは、澪の行動だった。呼吸が弱くなった勇遂の口に、唇を添えて人工呼吸で澪の肺から勇遂の肺に息を送る。


「……」


 内気なはずの彼女は何回も静かに唇を重ね、積極的に呼吸の手助けをする。澪が好きな竹中、勇遂が好きな春日はそれを見て頭が冷え、大人しくなった。


「勇くん、もう少しだけ……頑張って、今……神様にお願いしてみるから」


 澪は勇遂に生きる力と、秘めた想いを吹き込むと立ち上がり、井戸の前まで歩くとゆっくり正座し、両手を合わせて祈祷する。現代泣女巫女として神と繋がり、お願いするしかない。


「高天原に神留り坐ます、皇親漏岐…神漏美の命以いて——」


 澪は、神事で唱える祝詞のりとをすらすら声に出す。泣女になってから何度も口にした大和言葉で神に歩み寄る。


「——此く宣らば、天津神は……天のいはとを……おし……ひらきて——」


 しかし次第に言葉が崩れていく。澪は煩わしくなった。単刀直入に言いたいのだ、勇遂を助けて欲しいと。早くしないと彼が死んでしまう。


「——此く聞食……て……罪といふ……つみは、あらじと…………」


 澪は焦る。まだまだ祝詞のりとは続く、全て口にしなければと思いながらも、勇遂に触れた唇に残る、彼の風前の灯の冷たい熱が、口から出る言葉を溶かす。



「しな……との……。……ッ! 天津神あまつがみ様ッ、泣沢女神なきさわめ様ぁ! お願いします! 勇くんを助けて下さぁいッ!」


 澪はとうとう耐え切れず、心から叫び出す。泣女の巫女の立場を脱ぎ捨て、ただただ高城澪という一人の女子としてわがままに願った。


「このままじゃ、勇くんが死んじゃう! やだ……いやだよぅ……神様……助けて……助けてよぉ……」


 澪は力尽き、涙を流しながら地面に丸まった。生気をどんどん失っていく勇遂を、彼女は受け入れられない。体を震わせる。両手で顔を覆う。


「……高城さん。…ッおい! 神様ァ!」


 呆然と彼女を見ていた竹中が立ち上がり、澪の右隣に飛び付くと、片膝を付けて言った。


「安西を助けてやってくれ! あいつが傷付いたのは……俺の……俺のせいなんだ。……安西が死んだら、謝れなくなる……」


 竹中も涙を両目から流し、頬に伝わせながら真っ直ぐに井戸を見つめて、再び腹の底から叫ぶ。


「……謝りたい、安西に……ごめんって言いたいんだ、生きたあいつにごめんって言わせてくれ……言わせてくれよぉ!」


 竹中の神頼みに、春日も引っ張られる。澪の左隣まで飛び出し、膝を折ると必死に土下座した。


「私からもお願いします! 安西君を助けて欲しい……だって、まだ……私、告白の返事——聞いてないから…」


 春日は地面に涙を落としながら、必死に頭を擦り付け、頼んだ。願った。


「ダメでもいいから……安西君の返事が、聞きたい……やっと好きって言えたの……安西君の声が、聞きたい……お願いだから助けてよぉ!」


 澪は涙をぽろぽろこぼした顔を上げて、両側で必死に頼み込む二人の顔をそれぞれ見た。そして澪は再び、真っ直ぐ井戸を見つめた。遠慮して言えなかった全てを、口から放つ。


「私——勇くんがいなかったら、頑張れなかった、泣いたり…笑ったり出来なかった…勇くんがいないと、私生きていけない……生きて……いけないよぉ……だって、勇くんが——大好きだから……」


 澪は感情が抑えられず、わぁああと泣き声を上げた。涙を静かに捧げ続けた泣女は、想いを込めた言葉も添える。届く様に、強く、大きく、高く。


「どうか勇くんを……助けてください! お願いします……神様……!」

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