想いが加速する


 真夜中の道路を二人の女学生と、人を背負った男子学生が走り抜けて行く。車も通らず、人もいない、静かな空気と、三日月と星が輝く晴れた夜空が存在するだけだ。


 あれから澪と竹中と春日は勇遂を連れ出し、啼澤神社を目指していた。そこは辺鄙へんぴな地な上に、タクシーに重体患者を乗せようものなら、大人が黙ってはいない。結局自分の足を頼りに、向かうしか無い。


「はぁ、はぁ……竹中君つよ……流石陸上部の男子……」


「ひぃ……はぁ……本当……だね……ッ……追い付け、ないよ…」


 女子達は息を切らしながら走るが、50メートル程先にいる竹中に追い付けない。彼は輸血袋や点滴を制服にピン留めし、勇遂に管を繋いだまま背負っていた。


 それにも関わらず、彼は疲れた表情を見せず走り続け、背後に離れている女子達に声をかけた。


「春日さん、高城さん! 自分のペースでいいよ! 俺が先に行って、安西を井戸に連れてくから!」


 大声でそう伝えると、竹中は更にペースを上げて走り出す。背負っている勇遂は意識を失ったままで、酸素供給は本人の呼吸しかない。事は一刻を争う。置き去りにされた女子達もまた、足を急がせる。


「はぁ……はぁ……安西君、大丈夫だよね……? 間に合うよね……」


「はぁ、はぁ……大丈夫、礼美ちゃん……ッ勇くんは強いから……ッ……」


 お互い息を切らす寸前だが、勇遂から離れたくなくて追い付こうとしてるのは澪も春日も一緒だった。


「はぁ……ねぇ、澪ちゃん……ッ」


「なぁ……はぁ、なあに、礼美ちゃあん……」


「安西君がぁ……ッ昔から、澪ちゃんをお……ッ泣かせてばかりなのって……なにかあ、理由がぁ……あるのお?」


 澪は息継ぎをしながら黙った。それは親友である春日にすら言えなかった事。泣女の事は、神事関係者以外に話してはいけない仕来しきたりだからだ。


「なんかぁ……安西君とお……はぁ、……澪ちゃんって、啼澤伝承の、ナキサワメと、百姓の男と……重なるからさぁ……ッ」


「……はぁ、それは……勇くんに……聞いて、みてよ…ッはぁ……」


 女子達が脳に酸素が足りない状態で話す一方、竹中と勇遂は遥か先にいた。啼澤神社がある丘はもう目と鼻の先だ。


「……おい、安西」


 竹中は丁寧に勇遂を背負って、走りながら話しかけた。そこに女子達はいない、男同士腹を割って話す時だった。


「俺は高城さんが好きだ。優しくて、内気で、純粋で、顔かわいいし、胸もそこそこあるし——守ってあげたくて、仕方がなかった」


 ハッハッと丁寧な息遣い、振動を極力軽減する足運びと体幹使い。陸上部として仕上がっている。それを勇遂に示し続ける。


「体力面で俺は安西に死んでも負けない。絶対、生きたお前を井戸まで連れて行く」


 じわりと勇遂の腹部から血が滲み、竹中の背中を温かく濡らす。無慈悲な現実を拭い、鼓舞するように竹中は腹の底から声を出した。



「こんなクズに負けていいのか、安西ッ! 気張れや独占野郎ーッ!」



 目の前に神社までの石段が見えてきた。怪我人を背負って上がるのは、一苦労だろう。険しさに額から汗がダラダラ流れる。


「こんな形で高城さんを譲って貰うのは、俺は認めないからな……ッ」


 竹中は勇遂に話しかけながら、百段ほどある石の階段に足を乗せて一段一段登っていく。背負う命と張り合うように、彼は踏ん張りながら駆け上がる。

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