親切心が嫉妬する

 刺された勇遂は近くの大学病院に運ばれた。救急対応は早かったが、傷が深く出血量が酷い。現在も緊迫した処置が続けられている。


 時刻は既に19時をまわっていた。澪と春日は病院の受付ロビーで身を寄せ合い、勇遂の回復を願う事しか出来ない。絶望寸前の二人の目の前に、緊急外来のフロアから雅彦が深刻な顔で近付き、気付いた澪は立ち上がった。


「雅彦おじさんッ……勇くん……勇くんは⁉︎」


「……かなり、危ないらしい。……覚悟してくれって言われちゃったよ」


 残酷な報告は、無事を願う女子達の心を打ち砕く。妻に続いて息子も失いかけている雅彦は、若者達に気が回らず、医者から言われた事をそのまま話してしまう程、精神は追い詰められていた。


「そんな……勇くんが……このままじゃ」


 先に挫けそうになった内気な澪の言葉に、隣にいた春日も動揺を抑えられない。控えるべき言葉が滑り出す。


「安西君が……死んじゃう……死ッ……!」


 春日は自分の言った事にハッとして、勢いよくその場から走り出した。澪は礼美ちゃんと呼ぶも、彼女は振り返らずそのまま外へ向かっていく。雅彦はその様子を見て、声を振り絞る。


「……澪ちゃん、ごめんね。心配かけて——あとは勇遂次第だ」


「雅彦おじさぁ…ん…」


 澪は、わああと泣き出し、雅彦に飛び付いた。現代泣女は一生分に近い涙を流し続ける。祈り、不安、願い、恐怖。たくさんの感情が混ざり合い、その涙を作り出す。


 それを感じた雅彦は優しく澪の頭を撫でて落ち着かせると、少し腰を落として澪に目線を合わせる。


「入院の手続きとか、準備があるから——俺は一回離れるけど、勇遂の根性を信じる事、まかせていいかな?」


 澪はこくりと頷き、雅彦は優しく微笑み返すと澪の肩を押してロビーの座席に座らせ、スマホでタクシーを呼び出しながら、その場を離れた。


「勇くん——勇くん、……頑張って」


 両手を合わせ、顔の前でガッチリ固めて勇遂の回復を信じる。死なないで欲しいと願う度、普段の彼の姿が目に浮かんだ。


「……こんなに怖いなんて——知らなかった」


 過剰な程、毎日涙を気にしている勇遂の思いが、澪にもやっと分かった。身近な人が死ぬかもしれない——それはとても恐ろしい事なのだ。


「……天津神様、ナキサワメ様…歴代泣女様……お願いします、勇くんを助けてください……お願いだから……」


 どうしようもない恐怖を、普段尽くしている神と御役目を全うした泣女に願う事にした。澪は必死に届くよう願う。今を生きる泣女の巫女として、強く願う。



「高城さん……」



 澪は顔を上げ、声がする方に向く。そこには呆然として立ち尽くす竹中がいた。急いで来たのか、彼はマスクをせずに息を切らしている。


「竹中くん……⁉︎」


「安西が刺されたって騒ぎ知ってさ……この病院ってやっと分かって、来たんだ。安西は——大丈夫なのか?」


「今治療中なの……刺された傷が深くて、危ないって……」


 澪は座席から動かず、涙声で現状を伝える。聞いた竹中はまだ呆然と立ち尽くしていた。


「……ちょっと嫌な思いさせるだけの、つもりだったんだ——」


「……え?」


「まさかヤバいやつに目ェつけられるなんて…想像出来なかった、不特定多数から悪口言われるだけで良かったのに——こんな事にまでなるなんて思わなくて、こんな——」


 立ったまま静かに動揺する竹中を見て、澪は察してしまう。確認の為にゆっくり立ち上がり、彼を真っ直ぐに見つめる。


「……まさか、ネットに勇くんの情報流したの……竹中くんなの——?」


「……俺がやった。高城さんを独占するアイツが許せなくて……つい」


 パァンと竹中の左頬が叩かれた。竹中が恐る恐る視界を戻すと、怒りを抑えながら涙をこらえる澪の顔と、伸びた右手があった。しかし彼女は何も言わない。



「マジで、ごめん……なさい」



 竹中はヒリヒリ痛む左頬を撫でながら、謝罪した。その言葉は勇遂と澪に対して言ったが、罪悪感に頭を押さえつけられ、顔を上げられなかった。

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