体調不良

「デェックショイッ!」


 勢いのある勇遂のくしゃみが、授業前の短い休み時間を過ごす生徒達がいる教室内に炸裂した。一部の者は密かにクスリと笑っているが、当の本人はマスクをして机にダランと上半身を横たわらせている。


「勇くん大丈夫? 昨日濡れたまま寝るからだよ……」


 流石の澪も、体調不良の勇遂が気になって仕方がない。心配そうに隣の席から話しかける。


「うっせぇなぁ……自業自得だからほっとけ」


「そういう訳にもいかないよ……ッ」


「おれに話しかけくんなッ! ……伝染うつるだろ」


 勇遂は具合が悪い顔を隠す様に突っ伏した。相変わらず彼は学校では、澪への当たりが強い。しかし彼女にしか分からないぶっきらぼうな優しさがキュンと胸をときめかせる。


「あの……高城さん」


 澪の背後から静かに話しかけたのは、竹中だ。ずっと勇遂を見つめていた彼女は慌てて振り返る。


「え…ッあ、竹中くん、どうしたの?」


 返事をした澪は、竹中に視線を合わせる。彼はマスクをしていたが、目元で微笑んでいた。


「次の移動授業さ、俺らが準備の当番じゃん? そろそろ行かないと……」


「あっ……そっか。ごめんね、ちょっと待ってて!」


 竹中と高城。「た」から始まる苗字なので、二人は出席番号が前後である。次の移動授業は視聴覚室でのビデオ授業の為、椅子を配置したりプリントを配らなければならない。澪はすっかり忘れていたのか、慌てて筆記用具を探す。


「ゲホッ…ゲホッゲホッ……」


 そこに勇遂の具合が悪い咳込みが聞こえ、澪は視線を隣の席に移す。とても授業を受けられるような体調ではない。彼女は不安を抑えられなかった。


「ゆ、勇くん……早退しようよ……」


「ゲホッ…ゲホッ……あぁくそ……静かにしろ」


「でも……せめて保健室に……」


 言葉を交換する二人の間を断つように竹中が間に入り、突っ伏した勇遂を見下す。


「おい安西。具合悪いならさっさと帰れよ」


「……あぁ……?」


 勇遂はむくりと顔を上げる。しかし声に勢いが無く、正直誰の相手もしたくない程にだるそうにしている。


「そもそもその体調で学校にくるな。誰かに伝染うつしたらどうする、もうすぐ期末なんだぞ。真面目な奴に迷惑かける前に早退しろ」


「……てめぇもゲホッ…マスクしてんじゃん」


「お前がばら撒く菌を貰いたくねぇからな」


「……」


 昔から竹中と勇遂は、先生が手を焼くほどの険悪な仲であるが、今回は勇遂が押されている。言われたい放題だ。澪が竹中を止めようと声を出す。


「た、竹中くん……」


、許さねぇからな……安西」


「……」


 勇遂は竹中の眼光を見る。そして今の発言の意図を察したのか、ふらりと席を立ち学生カバンに手を伸ばした。


「わぁったよ、バイ菌は失せりゃあいいんだろ」


 ヤケクソ気味に竹中に向かって吐き捨て、椅子を押し退けて帰ろうとした。



「高城、あとで…やる事やったか、芳江の婆さんに……おれが確……認する……か……」



 歩き出した途端に勇遂の視界がぐらつき、平衡感覚を失った身体は跳ねる勢いで、床にバタァンと倒れた。

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