透明な世界に収まる二人
社の屋根下で雨宿りしながらスマホを操作する澪に、勇遂はゆっくり近づいた。
「よ、澪。神事お疲れ。ここにいたのか」
「……あっ、勇くん。こ、今年も終わったね……」
突如現れた勇遂に、澪は軽く焦り出す。千早衣装を今までにないくらい褒められた時を思い出し、ポッと頬が赤くなる。
「ていうかお前、こんな所で何してんだよ」
「えっ…うん……神事の後は、いつも歴代泣女様がいるこの祖霊社にあいさつするって決めてて……」
「ふーん」
興味なさげに勇遂は言うが、澪はゆっくり背後の祖霊社の奥に視線を移す。静かな雨が社を形作る上質な檜屋根を叩く。
「ここに来るたび私——歴代泣女様の分も、たくさん生きなきゃって思えるの」
「そりゃ、いい心掛けだな」
「——私。一人で泣かなきゃって、無理矢理怪我して泣いてた時期さ……芳江おばあちゃんに引っ張られて、ここで反省しなさいッ……って夜中まで閉じ込められたんだぁ……」
「うわ……昭和くせぇやり方だな。今なら虐待になっちまうぞ」
乱暴気質な勇遂ですら、引いてしまう。あの細目で穏やかな芳江でも、鬼の一面は存在するらしい。しかし、それ程澪にとっては馴染み深い場所であるという事だ。
「えへへ……帰り際には、井戸水を汲み上げた手水舎で怪我した所を洗うのもお決まりだったよ。そういえば勇くん、私の事探してた?」
「あー……お前、今日まだ泣いてないらしいな。芳江の婆さんに聞いたぞ」
「えっ……今日は、朝起きてすぐ泣いたよ? 雅彦おじさんに確認して貰ったし……勇くん。私、芳江おばあちゃんの事待ってるの、傘預けてて……」
勇遂は真顔で話を整理する。泣女の命に関わる事なので、基本的に涙に関する嘘は理解者内ではご法度だ。
そして芳江が持っていた水色の可愛らしい傘。あれは明らかに澪のものだろう。芳江の年代的にスマホを持ってそうにないので、澪との連絡手段が無い癖に帰っている。そう、彼はしてやられた。二人っきりになるよう仕向けられたのだ。
「……あのババア……」
「ゆ、勇くん⁉︎ 顔怖いよぉ⁉︎」
面倒を押し付けられた勇遂は、ぐぬぬと顔を歪ませる。使える傘は彼が手に持つコンビニで買ったビニール傘のみ。澪のタクシー帰りに便乗するのもいいが、彼の中にある男のプライドが、女の子の立場を利用するなと許さない。
「……帰るぞ、おら」
「え?」
澪がキョトンと首を傾げる。言葉が足りない。もう一声。
「おれの傘に入れってんだよ! 一緒に帰るぞ!」
「……ッ」
ようやく勇遂の口から適切な言葉が放たれるが、もうやけくそ気味だ。一方澪は照れを隠せない。それはいわゆる相合傘というものだからだ、控えめな女子にはハードルが高い。そして誘い方があまりにもかっこよすぎる。
「早く入ってこいよ! 止むまで待つつもりじゃねぇだろうな?」
澪は首をふるふる振って否定すると、顔を俯かせたまま、ゆっくり勇遂の傘に入った。グイグイ来る彼に、彼女の乙女心が刺激される。顔を合わせられないだろう。
「じゃあ、いくぞ」
「……ぅん」
澪はこくりと頷き、二人は肩を並べて歩き始めた。
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