安堵の雨
しゃん……しゃん……と、神楽鈴の転がるような音が響く。それを両手から振って鳴らしているのが、現泣女の巫女である澪である。
燃え盛る焚き火を間にして、彼女が井戸の前に正座し、鈴の音と共に
ドンドンと太鼓がその地を揺るがし、
「……とてもお綺麗ですね、勇遂様」
それを遠目に見ていた勇遂の隣に、芳江が歩み寄る。先程澪の衣装に見惚れ、感情が昂ぶった彼には奉納の舞をする彼女がより魅力的に見えるのだ。
「澪って……あんなに綺麗なのか」
今更……と、芳江は鼻で呆れるが、がっつり彼女を見ている彼の水を差す訳にもいかない。
「どうでしょう、お嫁様に迎えたくなりましたか?」
「あいつはいい嫁に、なるかもな……」
「んまぁ……では、早速許嫁のお話を雅彦様と——」
「……おれはダメだ。澪を早死にさせる」
「勇遂さまぁ……」
じれったいなあと、芳江が眉を寄せるが、勇遂の顔は真剣だった。自分の役割は澪を幸せにする事ではなく、死なせずに幸せを長続きさせる事。安西家の役割は泣女を支える——雅彦から何度も躾けられた言葉が彼の思いを強める。
「今までの泣女がどんな人生歩んできたかは、家の書物で色々見てきた。…泣女を嫁にして安西家の男が支えてきたのが多いんだ。親父と母さんみたいにな」
「はい。ですから澪様と勇遂様も……」
「それじゃあダメだ。……澪は他の奴と結婚して、泣女として死なせないようにするのがおれだ。……その方が、幸せは長続きする絶対に」
芳江は口を挟もうとするが、言葉が出なかった。それもまた、安西家のお役目として正解の方法と言える。
「……勇遂様は、それで宜しいのですか?」
「……」
目の前で舞う澪を、勇遂は静かに見つめた。彼女は両親に見放され、涙を流す事を放棄した途端死ぬ命運を背負っている。少しでも不幸から遠ざけてやりたいと、彼は確信する。
「おれは、澪に幸せになって欲しい」
「……。勇遂様がそう仰るなら、
芳江が聞きたかったのは、勇遂が澪を引っ張り幸せにするという言葉。しかし、彼が言ったのは遠目に澪の幸せを願う言葉である。
そこにぽつ……ぽつ……と空から雨が降ってきた。しかし奉納の舞は続けられる。流れる雲のようにふわりと舞う澪をずっと見ていたので、空の天気が変わった事に二人は気が付かなかった。芳江が赤い番傘を広げて、勇遂に手渡す。
「……ナキサワメ様の雨で御座います。毎年お目にかかりますが、どこか気分が晴れ晴れする雨で御座いますね」
「……本当だな」
二人は軽く空を見上げる。雲が覆い、薄暗い空から降る静かな雨。それは神格化した
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